15.アウトロー・ジャンクション

 面談室はテレビに出てくる尋問室のような部屋だ。簡素な造りで安っぽいスチールデスクと古びたパイプ椅子が対面するように置かれている。


「名前は?」

「メルキアデス。メルキアデス・アルバレス。メルキアデスで構わない」


 ずいぶんと母音の強い英語だ。肌は黒。黒人系だ。毛は細かい巻き毛で、頭の上に盛られたような髪型だ。

 大きな目で、彼は僕を凝視している。おそらく値踏みをしているのだろう。

 彼の背筋は丸められ、神経を尖らせている。緊張感が僕の肌を通して感じられた。


「言葉は?」

「ポルトガル語。スペイン語。英語。日本語は少し」

「日本語はどのレベルだ?」

「日常生活ぐらい。細かいのは無理だ」

「九州で仕事をしていたようだが?」

「来日した時に、工場で働いていたんだが、工場長が偉そうに、同胞を虐めていたのでね、殴ってやったら首になってしまった。それからプッシャーをやっていた。そこがヤクザの縄張りだったものだから、相手を刺したら大騒ぎになった。仲間集めて、襲ったら、警察に駆け込みだ。で、ここへ逃げてきた」


 メルキアデスの視線は忙しく動く。答えながら視線が一カ所におさまらない。

 彼が腕を掻くと、濃い腕毛が音をたてて抜け、指に絡み付いた。薄汚れた灰色の面談室には日の光が少なく、何もかもが暗く見える。

 僕の後ろに立っているシャフバンダルは、黙ったままメルキアデスを観察している。


 メルキアデスの言葉は淡々としていたが、アクセントが強く、語尾も消えていない。

 初めての面談にも関わらず、物怖じはしていない。肝は据わっているようだ。彼の動揺でパイプ椅子が床をこする事はなかった。


「出身はブラジルでいいのか?」

「ああ、そうだ。最初はバンジド、英語で言うとバンデッド。ギャングでリーダーやっていた。十歳の時、市警を三人殺したら有名になった」


 僕は両手を組んで、メルキアデスを見る。

 十代で人を殺すのは、彼の国では当たり前らしい。自慢する訳でもなく、訥々とつとつと語られる彼の人生。

 日本では異質なのだろうが、彼らの国では当たり前。平行した価値観が交わる事はなさそうだ。


「十歳で殺しか。早熟なんだな」

「俺の国ではザラだ。その内、コマンド・ヴェルメーリョに誘われた。それから抗争の毎日だ。俺は部下五人を連れて、殺しばかりやらされていた。キリがねえ。それに幹部の一人と馬が合わなかった」

「ほお、お前はその幹部をどうした?」

「殺してやったよ。それで、俺はアジアに逃げてきた。ここなら追いかけられないと思ってね」


 彼のジェスチャーはリカルドほど大きくない。適度に押さえられ、静かな感じがある。抑制された動きだ。

 ただ、目の動きだけが落ち着きがない。白目に赤い血管が浮かんでいた。瞳孔は開いておらず薬物中毒の面影は見えなかった。


「何ができる?」

「銀行強盗、誘拐、殺し、強盗。これぐらいだな。やるなら仲間を呼び寄せるから、チーム行動させて欲しい」

「わかった。明日にまた来てくれ」


 メルキアデスが面談室から出て行った後、シャフバンダルと話をする。先ほどメルキアデスが座っていた椅子へと腰をかける。軍人らしく音を立てない動きだった。


「グループ行動はできるようだな」

「ああ、軍経験はないが、目鼻はついているように思う。俺の下において、最初は様子を見てみたい」


 シャフバンダルは後ろ手を組みながら、メルキアデスが出て行った出口を見ていた。


「人手不足はそんなに深刻か?」

「そうだな。南米系の人間をまとめる奴がいない。リカルドは少し奔放過ぎる嫌いがある。後、人の好き嫌いが激し過ぎる」


 リカルドは手柄をたてようと躍起やっきなのだろう。自分の仲間を引き連れて、周囲を威嚇いかくする言動が目立っている。


「ただ、リカルドはブラジル人コネクションに通じている。日本に居るブラジル人は二十万。それに繋がるチャンネルは残しておきたい」

「そうか。リカルドの待遇を良くした方がいいか?」

「この前、お前が言っていたブラジル人の連絡リストを完成させたいなら良くするべきだろうな。コピー品や麻薬取引を円滑に進めるならリカルドは必要不可欠だ」

「そうだな。シャフバンダル。中東やアフリカ系はどうだ?」


「お前が言った通り、密に連絡取れる奴だけ抽出し、連絡リストは作成している。もう少し時間がかかる。この前みたいに、誰かに見付かる心配は無いはずだ」

 桐生が僕を見付けたのは、アラブ人の繋がりを通してだ。再発を防ぐ為に、証拠隠滅は確実に行う必要がある。


 シャフバンダルはその後、僕に質問をした。

「この前、ウノが言っていた覚醒剤の仕入は、どうなんだ?」


 立ち上がり面談室を歩くシャフバンダル。くたびれた黒の軍靴が、乾いた音をたてる。

 僕は座っていたパイプ椅子に背中を預ける。背もたれが泣き声をあげた。


「イタリアのンドランゲタと話がついた。来月からは、中国経由で入ってくる」

「順調だな。後で、仕入料と金額について教えてくれ。金の管理もしていかなくてはならない」


 シャフバンダルは満足そうに頷いた。軍靴の音は止まり、彼は煤けた窓を見ていた。最初の時ほど彼は報酬にこだわらなくなってきているようだ。

 シャフバンダルは何を目的にしているのか?


「最近は金の事を言わなくなったな」

「ああ、組織を運営しているのも、悪くない。軍にいた頃を思い出す」

「そうか」

「最近は人数も増え、弛みが見えるような気がする。軍律を定めて、気を引き締めていかないとな」

「ああ、そうしてくれると助かる。まだまだだ。僕達はもっと大きくなる」


「ウノ。俺はな。同胞から裏切られたんだ。ハラブジャでクルド人を虐殺している時、背後から毒ガスを散布された」


 重い支え棒がとれたかのように、シャフバンダルは語りだした。僕の方を振り向くと、彼の顔は満足そうに目元を緩めていた。


「胸くそが悪くなる仕事だった。俺は反対したが前線に突っ込まれた。毒ガスで助かったのは偶然だ。ヨルダン。そこからアフガニスタン。そして、シリア内戦」

「苦労したみたいだな」

「傭兵から麻薬の輸送。なんでもやった。何もかも失ったが、ようやく、見つけた。やはり、俺は戦争が好きだ。戦争をする軍隊が好きだ。これから組織を強くする必要がある。誰にも負けない軍にする必要がある」


 シャフバンダルの目に活力が宿っている。

 彼は組織を運営しているのが楽しいのだろう。強大になってゆく僕達の組織……



 ただ、僕はそんなのはどうでも良かった。



<Supplement>

 Personal Profile

 名前:メルキアデス

 性別:男

 年齢:32

 身長:180cm

 特徴:元コマンド・ペルニーニョでの殺人部隊のリーダー。

  コマンド・ペルニーニョに居た事もあり、殺人に関して何ら躊躇いを持つことが無い。

  コマンド・ペルニーニョでは十に満たない子供が殺人を請け負うことも多々ある。

  組織内でも抗争が発生することもあり、猜疑心が強く、抜け目がない性格。


 イメージ:安全確認済み


 https://en.wikipedia.org/wiki/L%C3%A1zaro_Ramos#/media/File:L%C3%A1zaro_Ramos_13072007.jpg


 コマンド・ペルニーニョ

 (安全確認済み)

 https://en.wikipedia.org/wiki/Comando_Vermelho

 

 (概要の部分を翻訳:綾川訳)

 コマンド・ペルニーニョは、ブラジルの犯罪組織で、主に武器と麻薬密売をしている。

 1969年に設立。1964~1985年のカステロ・ブランコ大統領による軍事独裁体制時、普通囚人と左派政治囚が集められ、ファランゲ・ベルメッラが結成。

 1980年初頭に、ファランゲ・ベルメッラはコマンド・ペルニーニョに名称を変更。

 政治的なイデオロギーを失ったとされている。


 コマンド・ペルニーニョは、リオデジャネイロの一部を支配、1980年代半ばのコマンド・ペルニーニョの指導者の間で権力闘争から現れたライバル・ギャングであるテルセイロ・コマンドとのいくつかの小規模紛争(2001年と2004年)を繰り返す。


 コマンド・ペルニーニョは厳密な階層構造を持っておらず、独立した組織の集合であるが、有名なボスにはLuiz Fernando da Costa、Isaias da Costa Rodrigues等があげられる。



 ンドランゲタ

 (安全確認済み)

 https://ja.wikipedia.org/wiki/ンドランゲタ

 イタリアのマフィア。世界30か国以上に400以上の支部を持つ犯罪組織。

 既に公的機関にも影響力を持っており、取り締まることが不可能になっている。

 彼らが持つ拠点についてだが、執筆現在のンドランゲタは北米、南米に限られている。


</Supplement>

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