12.ノッキング・バックドア

 家の玄関から出ようとしていると、陽子からのメッセージが届いた。


 『ショッキングな映像をありがとう。依頼者もさぞかし喜ぶ事でしょう。とても良い仕事だわ。今度お願いする時は注文をつけてもいいかしら?』


「心臓が縮み上がったの間違いじゃないのかよ」

 玄関先のポーチで、僕は苦笑まじりに呟いた。


 現金は直ぐに送ってこられた。

 夏希についてはニュースにもなっていない。死体は既に始末済み。決して見つかる事はない。


 愛人という身分柄、彼女が失踪したとしても、それを公にする事はできないのだろう。

 件の製薬会社の専務の胸中はどうなのだろうか?


 彼の心に消えない足跡を残せていたら、僕も仕事のしがいがあったというものだ。


 電車の中でスマホを操作する。Torブラウザを起動して、ダークウェブへとアクセスする。

 それは多層的に暗号化されたネットのアンダーグラウンド。


 電車車内では路線の隙間を拾い、定期的に振動している。

 そんな中、僕が見ているページは武器の販売サイト。記載されている言葉は英語、フランス語、スペイン語にアラビア語。


 本来的にはアクセスする事すら適わない。

 この手のビジネスには厳格なチェックが必要で、それを通った者だけが許される。


 小型拳銃からRPG。地対空ミサイルまで販売している。eBayのごとく賑やかに商品が並べられている。


 ダークウェブは素晴らしい。情報の宝庫だ。

 そこには何でもある。僕がC4爆弾を作りたいと思ったら、手元にあるもので作れてしまう。

 ダークウェブ上では日本語のページは少ない。だから、必然と英語での検索となってしまう。

 だが、C4爆弾や毒ガスも日用品で作成する方法が英語で紹介されている。


 もっともフェイクも多い。

 ナパームで検索をかけると、ガソリンとオレンジジュースでできるとある。


 あれは嘘だ。


 興味があるならダークウェブで、ナパームの作り方を調べればいい。毒ガスなど簡単なものだと農薬からつくることができる。


 僕達は麻薬販売網を強化する為に、ハッカーにアプリの製造を依頼した。

 送信ボタンを押した時、微妙に電車車内が傾いた。カーブに差し掛かったのだろう。


 依頼したアプリは表向きは一般的なアプリ。だが、裏モードで暗号化されたメッセージがやり取りできる。また、GPS情報を取得することができる。

 このアプリを会員に配布することで、何処の誰が何をしているのか管理できる。


 ダークウェブでは様々なビジネスが展開されている。違法なものだろうがなんだろうが関係はない。

 注文した場合にはルートに気をつけている。

 発送先は僕が指定した会社。中国の港にある貿易会社だ。


 アジアから高級家具や美術品を輸入した事があるなら、その会社名を目にした事もあるはずだ。

 その会社は共産党員を役員として据えているらしく、他の中国籍海運企業に顔が利くらしい。


 中国の港湾の貨物取扱量、コンテナ取扱量は世界一。

 全てを事細かく調べていたら、港湾に荷物を積んだ船が右往左往する事だろう。


 貿易代行業者も、自分達が何をしているのかは知っている。

 彼らは金が必要だった。

 不景気で彼らの会社傾いていた。従業員の給料も遅滞している有様だ。


 治安の悪化は貧困から忍び寄る。

 暗闇は玄関から入っては来ない。裏口からやってくるものだ。


 不平等は僕達の苗床だ。

 広がる所得格差は嫉妬と憤懣を呼び、僕達はそこをノックする。


 僕達は格差を埋める為の手段を提供している篤志家とくしかだ。

 モラルで腹は膨れない。


 電車は外国人街へと到着した、構内で交わされる会話は日本語より他の言語が多い。

 混じり合う原色に近い色彩感覚。スパイスや油の漂う匂い。

 様々な混じり合った文化は混沌を生み出していた。


 赤字の貿易代行会社は老舗で様々な知識を有していた。

 僕達の荷物は予備審査制度を使い、迅速に処理されるらしい。

 他に北米から建材が輸入されるから、それに何かを便乗させられると言っていた。


 僕は外人街を歩き、古ぼけたビルの中へと入る。

 僕達が買い付けたものだ。窓には鉄格子がはめられていて、まるで刑務所のようにも見える。

 五階建ての地下二部屋。中は外目よりも広い。それだけ壁が薄いからだ。


 天板の剥がれたテーブルに、歪んだパイプ椅子。残されている備品はそのまま使う事にした。

 五階を僕の部屋として、四階をアラブ人、三階を南米人に割り当てる。


 二階は壁を破って広間にした。

 一階はアジア人。今は劉と王が帰ってきた時だけしか使われない。


 このビルを買い付けたものの、登記などはしていない。

 ここは治外法権区域だ。国とは違うルールが適応される。

 実際の所有者がここに来て、権利を主張しようものなら、そいつは生きてここからは出られない。


 玄関を入ると、ロビーにリカルドがいた。

 英語読みだとリチャードだが、面倒なのでリカルドと呼んでいる。


 彼はコロンビアからやって来た。地元では誘拐ビジネスに手を染めていたと言う。

 プロの誘拐グループで、コロンビア、ベネゼエラ、エクアドルで活動してたらしい。


 日本に来たのはいいものの、独特の文化についていけず、仕方なく風俗産業で勤めていたのを、引っ張ってきた。


 彼と彼の仲間三人とで打ち合わせをしたら、随分と国の事情が違っており、彼らのやり口は強引過ぎるのが判明した。

 今は日本の国情に合わせるように調整中だ。

 彼らが活躍するのは、まだ先になるだろう。


「よう、ドン。今お帰りかい」

「ああ、リカルド。今、帰ったよ」


 リカルドは陽気な雰囲気をもった男だ。

 今までの連中とは雰囲気が違う。心の奥に巣食った暗さがない。

 ラテンの血がそうさせるのか。髪の毛は黒で、緩いウェーブがかかっている。

 眉毛は濃く、肌は白かった。強くて平坦な英語を話す。


 彼はタバコを落とし、足でもみ消した。

「日本には慣れたか?」

「そうは言っても、食事はこの辺りで済ますからね。ほとんどカレーと中華料理だ。久しぶりにアヒアコを食べたいよ」

「アヒアコ? 何だそれ?」

「スープだよ。うまいぜ」

「今度作ってやればいい」

「俺は料理はできないんだよね」

「南米の女でも連れてくればいい」

「こんな所には連れて来れないだろ? ここの雰囲気は最悪だ。多分、世界で一番ひどいんじゃないか? 貧民窟よりひどいぜ」

「その内に慣れるさ」

「ドン、タバコを持ってるか?」


 リカルドはチェーンスモーカーらしい。

 ボケットから出したタバコの空箱を振りながら尋ねてきた。

「いいや。そう言えば、ここの連中も吸わないな」

「そうそう。酒も飲まない奴が多い。玉付いてんのか? あいつら」


「イスラムは宗教的に禁止されているらしい。中国人の二人は飲むだろう?」

「あいつら英語通じねえ。何を言っているのか、全然わからねえんだよ。俺の仲間も胡散うさん臭いって言ってたよ。英語ぐらい喋れよな。ドン、あいつら何を考えているんだ? いっそ、殺した方がいいんじゃないか」


 陽気に見えても根元は同じだ。

 この男の殺すという言葉は、腹が立ったという意味ではなく、本当に殺すという意味だ。

 育ちの凶暴さが口から顔を覗かせる。


「馬鹿を言え。あいつらは覚醒剤の販売をさせている。今、あいつらほどに忙しい奴は他にいない。ああは見えても、二番目に金を稼いでいる」

「一番は誰だ?」

「僕とシャフバンダルだ。この前の五千万で九億二千万」


「ちっ。そんだけか。俺がここに慣れたら、一ヶ月もあれば、追いついてやる」

 下種な一面が出てきた。

 さっきまでの陽気さは、どこかに飛んで行ったようだ。

 最早、粗暴さだけが残っているだけだ。


 彼は煌々こうこうと輝く目をこちらに向けてきた。

 リカルドは声を荒げたりした際には必ず僕を見る。


 位置関係を計っているのだ。

 見くびられたら、そこをつけ込んでくる。


「欲求不満なら、近隣の街に繰り出して、そこら辺にいる日本人を締め上げろ。日本人はどの国に行っても例外無く金を持っている。ATMみたいなもんだから、金が欲しくなったら、奴らのケツを蹴り飛ばせ。涙と一緒に金を出すぜ」

「俺の国には日本人はほとんどいなかったからな。さしずめここは神様の貯金箱みたいなもんか」

「そうだ。小金は持っているから、間違いもないさ」

「ああ。しかし、警察が多いんだろう?」

「多くもない。全ての場所に警官を見張られていたら、国家予算などいくらあっても足りないさ」

「だけど、まずはここに慣れないとな」


 リカルドは自分では頭が良いつもりかも知れないが、彼は単純だ。

 こちらの話に直ぐついてくる。

「いいか、この国には黄金が埋まっている。宝島だ。島国だから誰も手をつけてない。いくらでも稼げるぞ。そこらにいる十代でも百ドルぐらい持っている。カードを持っている奴もいるぐらいだ」


「マジかよ?」

「本当だ。三つ先の駅は高級住宅街になる。押し込み強盗してやると、二・三万ドルは軽く稼げる」

「ああ、楽しみになってきた」

「もっとも強盗をする時は事前に教えろよ。あいつらハイテクで守っている場合があるからな」


「強盗か。懐かしいな。犯して、金が稼げて、最高だよな。絶望している金持ち主人の前で、そいつの娘をファックするのは、いつだって最高の気分だ。俺の国では金持ちはいつだって悪人だ。この国でもそうなんだろう? 俺は悪人を懲らしめるのが大好きだ」


 彼らの倫理観は母国の階層で形成される。

 全ての人間の価値観を共有する?

 お笑い草だ。自国民以外と接触した事のない、平和ボケした幻想でしかない。


「その内強盗班に加えてやるよ。遠征になるがな。その時にはお前がそいつらのリーダーになれよ」

「おいおい、いいのかよ」

「ここでは稼げる奴が一番偉い。それがルールだ」

「ドン。俺は稼ぐぜ。見ておけよ」

「ウノ。来ていたのか?」

「ああ、シャフバンダル。今、着いた所だ。何かあったのか?」

「他の連中が強盗したいと行って来た。何件か候補を持って来ているみたいだから、アドバイスをしてやれないか?」

「わかった。今行く」


 もうすぐ僕達が輸入するテロリストが来るはずだ。


 その日がくるのが待ち遠しい。


<Supplement>

 Personal Profile

 名前:リカルド

 性別:男

 年齢:35

 身長:170cm

 特徴:コロンビアでの誘拐ビジネスグループリーダー。

 コロンビアでは誘拐はビジネスになっており、常態化している。

 年間三千人ほど誘拐事件に巻き込まれていた時期もある。

 こういった誘拐ビジネスはゲリラ組織が下請けに発注することがあり、

 リカルドはその実行犯グループのリーダーだった。

 (26/2/2012にFARCは”身代金目的の民間人の誘拐は今後行なわない”と声明を発表しているが、こういった下部組織を使って誘拐をしていた。)


 FARCは元々政治的な理由で組織されている組織。

 歴史を遡れば、1959年のキューバ革命に端を発する。

 コカインをベースとして資金を調達。誘拐ビジネスを展開させていた。

 2010~2011年に政府との対立で、相次いでリーダーを失う。

 2016年にはコロンビア政府と、ゲリラ組織のコロンビア革命軍FARCが和平合意を結び、2017年では、合法政党として活動を行っている。


 尚、リカルドのような下部組織に政治的な理想はない。誘拐は生活する手段でしかない。

 生活費を稼ぐ為の手段として、誘拐ビジネス、コカインに関わるビジネスをしていた。

 来日にあたっては、ブラジルの国籍を違法取得。それを使って入国している。


 イメージ:安全確認済み

 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/24/WagnerMoura.jpg


</Supplement>

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