17.イーヴル・ネーム

 変化は何気ない所から這ってくる。気付かなければそれまでだ。破滅は不注意を介してやってくる。


 外国人街に停電が起こった。

 元々、金のない連中が燻る吹きだまりだったので気にする者もいなかった。各自の母国語のどよめきがあった後、英語が飛び交う。


「停電かよ」

「強盗に気をつけろよ!」

「俺を誰だと思ってやがる。俺の国では停電から三秒で暴動だぜ?」

「お前の国は電気がそもそもないだろうが」

「なんだと!」


 ビルにいた連中が暗闇の中、好き勝手喋りだす。ここにいる連中も、今では三十人を超える。

 国籍はバラバラだが、統率はとれている。


 この頃はフェイク品も扱うようになった。中国から入る偽ブランド品だ。

 金になるのであれば、何でもやった。欲望と不正に汚れた金が僕達の所に集まってくる。


 窓の外では、真っ暗な街にロウソクの火が広がってゆく。

 太古の時、火が獣を寄せ付けなかったように、今の世でも、それは有効だ。明かりが人の行動を制限する。人が衝動的な行動を起こさせるのは、心の闇であり夜の闇。


「おい、ラヒーム」

「どうした、ウノ」


 ラヒームはロウソクを片手に僕達の所にやってくる。広間に取られた古びたソファーの一角が幹部のスペースになっている。


 申し訳程度のローテーブルが置かれており、ラヒームはそこにロウソクを立てた。赤い光が幻想的な色で悪夢のような現実を浮かび上がらせる。凶悪な顔をした男達は警戒感に目を光らせている。


「この街では停電が今まであったか?」

 僕はラヒームに問うた。

「俺が来たのが三年前だけど、その頃から無かったな」


 ラヒームの目は、それがどうした、と言いたそうだった。

 僕が目線を逸らすと、ラヒームはアラブ人の人溜まりへと向かう。

 問いかけを幹部連に向けてみた。


「シャフバンダル、メルキアデス。お前達は何か感じるか?」

「やって来るであろう修理工を見張る。それと、そいつに接触する人間がいるかどうかの確認。停電が計画的だとすると、呼応する奴がこの街にいるという事になる」


 シャフバンダルの回転は早い。違和感を感じているのは僕だけではなかった。視線を動かしメルキアデスの方を見る。

「お前はどう思う?」


 メルキアデスは手にしていたビールをローテーブルに置いた。

 ロウソクの光で暗い部屋の中、彼は手元が狂わせたのかビンを倒し、ビールが床に溢れる。


「シャフの言う通りだ。停電を修理する事にかこつけて何かを仕掛ける可能性がある。例えば盗聴器」

「シャフバンダル、メルキアデスと組んで、今度来るだろう修理工を見張るように手配してくれ。盗聴器もそうだが、カメラが設置されるかもしれない。そうした場合は、即時、壊せ」


 シャフバンダルの報告によるとメルキアデスは筋が良いらしい。規律もしっかりしており、組織行動も問題ないらしい。

 メルキアデスの肌の色は黒く、黒人に近い。髪は縮れ、目付きが悪い。


 メルキアデスは、僕やシャフバンダルの顔色を見て行動する節がある。今まで小競り合いの真ん中に立ってきた男だ。用心深さが身に染み付いている。


 ロウソクが部屋内のあちらこちらで灯されてゆく。その小さな火を囲んで、現地語の歌を歌い出す奴がいた。談笑の輪が広がってゆく。


 シャフバンダルが騒々しいと一喝すると、それらの声は聞こえなくなったが、少しすると小声で会話を始める。


「おいおい、何を相談してるんだ。男ばっかりが顔寄せ合って何なんだ。気持ちわりい」


 三人で話をしていたら、リカルドがソファーの背から身を乗り出すようにして、会話に割り込んで来た。

 僕達が話しをしているのを聞きつけたようだ。この所、問題行動を起こす事も多く、幹部として承認をして欲しいらしいのが見て取れる。



「そんなおっかない顔で睨むなよ。俺の国でも停電は結構あったよ」

「何か思う所があるのか?」


 リカルドはシャフバンダルの隣に座った。僕の正面に陣取って目に入るようにしたいらしい。

 彼は長い足をローテーブルの上に放り出し、シャフバンダルにたしなめられた。


「まあな。俺が来てから、南米系でも新しい奴が増えている。気になる事があってさ。ここ一週間。誰とも繋がりがない南米人を見かけるようになった。このビル周辺でだ」

「シャフバンダル。アラブ系でも、そうなのか?」

「今の所は見当たらない。アジア系についてはわからんな。俺では見分けがつかん」


 リカルドがロウソクでタバコの火をつけた。タバコの穂先がリカルドの呼吸に合わせて、その明かりを強める。


「そうか。劉と王に後で確認しておくか。それで、リカルドは他に何か言いたい事がありそうだな」


 リカルドは僕の返事を待っていたらしい、話題が自分の所にやってきて満足そうな笑みを浮かべた。


「スパイはどうか置いておいて、修理工が仕掛るのを防ぐ方法はあるぜ」

「何だ、言ってみろ」


 全員の視線がリカルドに集中している。彼はソファーで寛いだ姿勢で息を吸う。タバコの明かりがチリチリを音を立てて燃えた。

 彼は咥えていたタバコを指で外した。煙が吐き出され、白い筋がロウソク上で踊る。


「報酬は? ただで仕事をするほど、俺はお人好しじゃない」

「内容による」

「なんだ、そりゃ?」

「とにかくお前の思う所を聞かせろ」


 僕は腕を組み、リカルドから距離を取る。ロウソクの向こう側でリカルドは笑みを浮かべていた。

「修理工は車で来るだろう? それを奪ってしまえばいいんだよ。どうだ、ナイスアイデアだろ? これで中に盗聴機材か何かあれば、間違いなく警察がここに探りを入れに来てたってことだ」


 雑なアイデアだ。乱暴すぎてリスクを考慮できていない。だが、リカルドをくすぶらせておくと、面倒臭くなる。

 リカルドは僕の目を覗き込んでいる。彼の瞳にロウソクの火が揺れていた。


「リカルド。それでいけ。修理工は殺さず、そのまま放置。手下含めて二百万払おう」

「楽勝だよ。ドンは威張って座ってりゃいいぜ」


 大きな口を開き、彼は自分の足を打つ。そして両手を大きく開いて、任せてくれとアピール。

 彼のジェスチャーは大きくて、うるさい。

 メルキアデスはすました顔をしているが、シャフバンダルは眉をひそめている。顎髭の下で口をゆがめているに違いない。


「それとな。お前が直接出てきて指揮はするな。どこで面を取られるか、わかったものじゃない。他の奴にやらせるようにしろ」

「俺としては修理工の連中をブッ殺したいんだけどね」


「そうなると、ここに警察が介入する口実を与える事になる。装甲車十台に警官が千人もやって来たら、ここだって直ぐに壊滅させられる」

「そこまで根性あるか? ここの警察。間抜け面しか見た覚えがないから、そんな事なんて起こらないと思うがな」


 リカルドは軽く見ているが、警察を決して甘くみるべきではない。シャフバンダルとメルキアデスには常々そう言っている。

 二十九万強の兵隊をもつ機関だ。割り当てられている予算の大きさもあり、小国家と言っても差し支えない。


「各自、内通者を調べるようにしてくれ、内通者一人辺り百万出そう」

「わかった」

 全員の返答がバラバラに返ってくる。リカルドは吸い終わったタバコを床に捨て、足で踏み潰す。


「それとなあ、ドン。俺さ、以前にERPACに属していた友達がいるんだ」

「リコ、それは何だ? 何になるんだ?」


 耳聡みみざとくシャフバンダルが聞きつけた。彼の耳は全方位に向いている。


「まあ、聞けよ。シャフバンダル。FARCはコカペーストをいくつかのERPACに卸していたんだよ。だから、そいつらと交渉してコカインを仕入れようと思うんだ」


「ERPACとは何だ?」


 メルキアデスは知っているようだが、僕とシャフバンダルは聞いた事がない。

 二人で彼に答えを促す。


「知らないのか? 薬物犯罪組織だよ。北米では有名なんだがな。アジアの連中は知らないのか? そこでボス。なんとか海路を用意できないか? 俺達で仕入れちまうんだ」


 コカインだろう。日本ではコカインがほとんど流通していない。成功すれば大金になる。

 僕達の手元には貿易代行業者がある。既に海路は稼働をさせており、コカインを輸入するなら、そこに混ぜてしまえば問題はない。

 僕がシャフバンダルの方を見ると、彼は黙って頷いた。


「ああ、そうだな。建材を送る船便がある。南米の船舶を横付けさせ、積み込んでしまえば、問題ないだろう」

「そうこなくっちゃ」

「結構なビジネスになるな。シャフバンダルと一緒に進めておいてくれるか?」

「へへっ。シャフバンダル。よろしく頼むぜ。きっと大金になるぜ」


 リカルドは気安く、隣に座っているシャフバンダルの肩を叩く。


「余り、調子にのるな。何事も落ち着いて、慎重にだ」

「ところでウノ。あいつらはどうしている? お前に言われて呼び寄せたが、は何をしているんだ?」


 


 それは以前にインドネシアから韓国経由で密入国させた連中の事だ。彼らはジェマ・イスラミアの指導員をしていた。

 爆弾や武器の扱いに長けているが、他の犯罪行為については素人だった。


 リーダーの名前はアサド。彼は七つの国籍と十の名前を持っている。


「彼らは他に使おうと考えている。しばらく、好きにさせておく」


 ロウソクの芯が燃える音が、部屋の中を満たす。


「なあ、俺達のグループ名は何にする? 決めとかなきゃ格好つかねえだろう?」


 リカルドが僕に聞いてくる。彼はポケットにしまったタバコを、もう一本取り出し、火をつけた。


 煙がかかったシャフバンダルが嫌な顔をする。


「そんなもの必要あるのか?」

「よくねえよ」


 リカルドの反発に、シャフバンダルも頷いている。メルキアデスは何も反応していない。この場の空気を読んでいた。




「僕達のやっている事はビジネス。社会の敵。パブリック・エネミー・インクで良いだろう」



<Supplement>

 FRACについては”12.ノッキング・バックドア”のSupplementを参照。


 ERPAC 

 https://es.wikipedia.org/wiki/Ejército_Revolucionario_Popular_Antisubversivo_de_Colombia


 (日本語のドキュメントなし。英語ドキュメントは翻訳権の許諾が面倒だった為、スペイン語を選択。以下は概要の部分を要約:綾川要約)


 |コロンビア人民革命反共主義陸軍《ERPAC 》(造命名)は、武装化されたドラッグディーラーであり、麻薬密輸(Bacrimの一部)に関わっていた組織から発生した犯罪組織である。 コロンビアでの内部武力紛争では麻薬密輸は重要な一因である。


</Supplement>

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