The Bigning Of The End
26.アクロス・ザ・バトル・フィールド
外国人街のビルの中、幹部席でシャフバンダル、メルキアデスと顔を合わせる。
僕の横には秋代が居る。
「どういうつもりだ。ウノ。そいつは人質だろうが?」
「何だ。その女を気に入ったのか? 自分の女にするつもりじゃないだろうな」
シャフバンダルとメルキアデスの反応は正反対だった。シャフバンダルが怒りの感情を露にしているのに対して、メルキアデスは笑っている。
幹部以外の連中は二人の感情の出し方の違いに迷っている。
英語で交わされる言葉の槍に驚いたのか、秋代が身体を縮ませ僕の後ろに隠れた。手が背中に添えられ、暖かさが伝わってくる。
忘れてしまっていた、懐かしい感触だった。
「ああ、この女の身代金を要求するのは、まだ先だ」
「そんな事で、他の連中が納得するとでも思うのか?」
「このまま何もしないと言う訳じゃない。現時点においては、身代金の要求をしない。それだけだ」
シャフバンダルはまだ言い足らなそうだ。歯がみしている様子が見える。
だが、背中にいる部下達の雰囲気を察してか、顎髭を押しのけ、剥いた歯を収め、言葉を飲み込んだ。
彼は顔を寄せてきた。爆発しそうになる感情を押し殺してはいたが、こめかみの血管が破裂しそうだった。
「いいか、ウノ。お前はトップなんだぞ。俺達は日本の風土や、警察の事がわからない。お前がいないと、情報収集ができない。だがな、何でも許されるわけじゃない」
「彼女は保存食だ。彼女を取引に使うのは、まだ先だ」
「今は言い争っても仕方がない。だが、俺は納得できない。お前がどう言おうが、その女がおかしいまねをしたら、直ぐにでも殺す」
「ああ、それは構わない」
シャフバンダルが舌打ちをした。濃い顎髭が不快さを隠そうともしない。
「もういい。ウノ。出るぞ。早速交渉だ。この仕事を早く終りにさせるんだ。もう沢山だ。早い所、落ち着いた状態にしたい。その女の処遇も全部、落ち着いてからだ」
皆に聞こえるように、彼は大きな声で言った。僕にはわからない各国の言語が、あちらこちらから漏れ広がった。
******
シャフバンダルが運転をし、車にはメルキアデスと僕。
それと秋代が乗っている。他に電話に使うノートPCとスマホは僕の膝の上。
僕と秋代は後ろ座席に座っている。彼女は何も言わない。伸ばされた髪がシートの上に映えた。
彼女には、僕が仙道達也で有る事。そして、日本人である事は隠すように命じている。
僕の正体を薄々知っている奴もいるかもしれない。だが、表面化はしていない。
僕が仙道である事が宣言されると、誰もがとぼける事ができなくなる。誰もが決断をせまられる。
結果として組織がおかしくなる。口にした瞬間に、僕が彼女を殺すだろう。
計画はやり直しになるが仕方がない。幸い、彼女は賢く、理解も早い。他の人質より静かにしている。
秋代を交渉に連れて来た理由は単純だ。ビルに残すと何をされるかわからないからだ。
野獣の前に美肉を置いて、何も無い訳がない。
相手を信じたければ誘惑は残さないものだ。神より僕は慈悲深い。
日の落ちた山間は暗い。夕方というのに、先の道が見えない。砂利を噛む音が車内に満ちる。
電灯は少なく、闇の海を渡ってれば、こんな気分にもなるのだろう。ヘッドライトの部分だけが、闇を削って姿を見せる。
エンジン音が響く。排気ガスが車内に漏れている。
効きの悪いサスペンションが軋み、ショックが緩んだシートを蹴り上げる。刈り揃えて縮れた髭を毟り、メルキアデスが口を開いた。
「それにしても、ウノ。どういう風のふきまわしだ。これまで、お前は女に興味がなさそうだったから、ゲイだと思っていたぜ」
「そうか」
「そっけない返事だな。それで、どうしてその女を助けようと思ったんだ?」
「助けるわけじゃない。僕には計画があるんだ」
「何だよ、それ? 聞かせろよ」
シャフバンダルも運転しながら、聞き耳を立てている。
「今、話すべき事じゃない」
「ちっ」
曲がりくねった県道を進むと、隣県にさしかかる前に廃屋がある。僕達はそこを舞台に交渉をする。
その先を行った県境にはカメラが備え付けられている。それに補足されないようにしなくてはならない。
廃屋へ続く林道に車を隠し、ランタンに火を灯して廃屋へと進む。マントルが燃える音が低く僕達を撫でる。
道は草の匂いで満ちている。蒸れるような青臭さ。歩を進める度に、葉の細い雑草が身を擦らせ微かな音をたてた。
シャフバンダルは僕と秋代の後ろだ。銃を手にして付いてくる。秋代が逃げ出したら、彼は迷う事無く秋代を殺す。
むしろ、彼は殺す為にも秋代が逃げてくれないかと考えているのかも知れない。
蝶番の軋む音がし、ドアが仰々しく開く。
中に閉じ込められていた、建物の腐ってゆく臭いがドア口から吐き出されてきた。
「着いたぜ」
「おかしな真似はするな」
中に入ろうとしない秋代に、シャフバンダルは苛立ちを隠そうともしない。白い歯が夜に浮かぶ。
「すいません」
秋代の英語はたどたどしい。つぎはぎな発音だった。適当な場所を探し、ノートPCの電源を入れる。
起動画面が表示され、パスワードを入力していると、秋代が声をかけてくる。
「あの、何をしようとしているんですか?」
「ああ、これから身代金を要求するんだよ。折角、誘拐したんだ。換金しない馬鹿はいない」
「……」
「秋代。他の二人は日本語がわからない。だから、僕と会話をする時は、英語で喋るようにしろ。そうでなければ、彼らに不要な疑いを抱かせる事になる。いきなり頭に風穴を開けられかねない」
「ア、アイ アンダースタンド」
彼女との日本語会話は二人を刺激した。秋代の言葉が終らない内に、激しい口調で問い詰めてくる。
「おい、ウノ。何を言っている。コイツは何を言っていたんだ?」
秋代はその剣幕に怯え、僕の影に隠れる。
「この女は、なぜここに連れてこられたのかと聞いてきたんだ。そして、僕は身代金を要求すると答えた。それだけだ」
二人は僕と秋代を交互に見た。嘘が隠れていないか、彼らは探る。
「おい、ウノ。何のつもりかわからんが、こんな状況の時に、日本語で会話をするのは止めてくれ。どんな些細な事でも命取りになる。そう言ったのはお前だろうが」
「ああ、彼女にはお前達がいる時は、英語で喋れと教えた。これから、日本語で喋る事は無い」
「どうだかな。今は信用するしかないから、これ以上は言わないが、次に同じような真似をしたら、間髪入れずにその女を射殺するからな」
「ああ、わかったよ」
僕は慣れた手順でスマホとノートPCを接続をした。そして、ソフトを起動させ発信を行う。
これでPCから出力される合成音声は、電話に直接入力されて相手に届く。相手の声がPCから出力されるようになる。
生活音を拾わないように準備をしている。虫の鳴き声一つで警察の動きが変わる。
交渉はいずれもうまくいった。既にテレビでは誘拐に失敗したチームの報道がされている。
人質は全て殺害。交渉相手もそれを見ていたらしく、誘拐の事を伝えたら、すっかり気が動転していた。
「どうだ。ウノ」
「交渉は成立だ。後は受け取りに行くだけだな」
僕はノートPCを閉じる。
詰めてた息を吐き出す二人。シャフバンダルが質問をしてきた。
「本当に受け取りできるのか? あいつらが警察に連絡していない保証はあるのか? 今回余りに警察の出動が多いから、見張りは撤退させただろう?」
「誘拐事件が発生した場合、警察は受け取り場所に捜査員を配置させる。犯人を取り押さえる為にだ。だから、指定場所を見張っておき、疑わしい奴が居れば、警察に通報したものと見なす」
「それだと指定場所に見張りを配置しなくちゃいけないだろう。今でさえ警官が多すぎて、見張りが展開できないから困っている」
シャフバンダルは納得していない。以前に軍に騙された経験からか、納得するまで説明を求めてくる。
彼の言い分も理解できる。
先の三件の誘拐未遂事件により、非常線までは張られていないものの、検問などが頻繁に行われている。
だが――
僕は口を開いた。
「僕が指定する全て場所はライブカメラが設置されている所だ」
「ライブカメラ。何だそれは?」
「インターネットを通じて、景色が見られるようにカメラが設置されている場所がある。場所によってはカメラにを回転させたり、拡大させる事もできる」
「そんなものがあるのか?」
メルキアデスの表情から感情が消えた。驚いているらしい。
「そうだ。身代金を持った相手をライブカメラが設置されている場所に移動させる。複数箇所回らせたら、捜査員が配置されているか判断できるだろう。警官がいるようだったら、金の受け取りは中止。人質を殺す」
「そうか」
「相手の場所は携帯電話のGPS情報を開示させるプログラムをインストールさせ、それで相手の現在地を把握する。交渉開始は明日の午後十二時だ。時間はあるはずだ」
シャフバンダルとメルキアデスは黙ってしまった。僕が命を繋げる事ができる理由はこれだ。
日本の情報に精通しているという事だけだ。彼らが日本語を習得し、ネットの使い方を覚えたら、僕は必要無くなるだろう。
「さあ、帰るぞ。帰りも検問に気をつけろ。ダークウェブに内通者から伝言があるか確認してみる」
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