40.キープ・オール・アウト

 僕は強制入院になった。

 さしたる審議も行われず、閉鎖病棟に入れられた。


「自殺すんなよな。お前に死なれると、警察庁長官の地位が危うくなるんだよ。だから、勝手に死ぬな」


 これだけ多くの人間を殺したのだから、死刑になるのだとばかり思っていた。


 それほどに僕の凶状はたぐまれだったのだろう。

 割り当てられた部屋には窓がない。

 三畳ほどの部屋だった。僕には拘束服が着せられている。


 便所もあるこの部屋は、排泄物の臭いがする。

 独房なので何も物音は聞こえてこない。僕が息を止めれば、完全に無音になるだろう。


 僕は完全に世界から孤立した。


 薬が出される。全部で一七錠もある。

 錠剤のシャープな輪郭は、計算され尽くされていて、これらが毒物であるという事実を忘れさせる。


 これを飲めば楽になれるのだろうか?


 薬を嚥下する。余りに数が多いので、三回にわけて飲んだ。

 コーティングされている為、味などしなかった。


 現在の毒物は無味無臭。シート入りで薬局で販売されいてる。


 飲んでしばらくすると、眠たくなった。

 意識は朦朧とし、眠気の向こうで誰かが、手招きをしているようだ。


 繰り返される投薬は僕の意識を削ってゆく。


 僕の思考はまとまらなくなり、果たして自分が存在しているのかもわからなくなる。

 自分の手足がついているのかも疑わしい。


 まるで夢の中にいるようだ。気が付けば朝になり、振り向けば夜になっている。

 時間感覚が喪失し、自我が風前の砂のように崩れてゆく。


 医者はこの薬は心の痛みを取り除くと説明した。

 そして、その薬は僕自身も取り除いていく。


 結局、僕が家に取り戻った、携帯音楽プレーヤーは取り上げられた。


 秋穂が聞いていたイヤホンで、音楽が聞けないのが残念だ。でも、音楽はいつでも僕の頭の中で聞ける。


 それで良かった。

 それだけで十分だ。


 執着心も、こだわりも忘却の彼方へ消えていった。


 外と内。

 自分とそれ以外の境界線が消失してゆく。


 劉、王、胡、ラヒーム、シャフバンダル、メルキアデス、リカルド、陳。


 連中の顔もどこかへと消えた。

 今や彼らの姿形や、声まで混ざってしまっている。


 会っても僕は判別できないだろう。

 何もかもどうでもよくなった。

 近いうちにこの僕という意識も消えてしまうのだろう。


 地平線が、水平線が消えて行く。全てが白に溶けて行く。


 僕は頭の中で音楽を再生させる。


 ピンクフロイドだ。

 秋穂のお気に入りの曲。邦題は『現実との差異』、英語でOn the turning away。

 日本語訳にすると、目を背けるとでも言うのだろう。

 この歌は誰もが見てないふりをしている、だから、そんなのは止めようと歌った曲だ。


 秋穂はそういう世界を望んだのだろう。



 僕は無力だ。



 安らかな調べが僕を満たす。



<Ending Music>

 (18/10/2018 安全確認済み)  

 https://www.youtube.com/watch?v=KjGXnSdVwCY

</Ending Music>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る