Cheating, Changing And Crushing

01.サイコパス・ダイアリー 1/3

 僕達は屠殺場に住んでいる。


 ドキュメンタリー、映画、ドラマ、小説、漫画、アニメにゲーム。どのコンテンツを見ても死が溢れている。まるでスパイスのように人は死に、そのむくろをさらす。

 主人公は死者を三分後には忘れて新しい愛に生き、死者は蘇って戦う。


 死はエンターテイメント。そんな気さえしてくる。


 ここは僕の部屋。コンテナマンの動画をアップする。

 机の上にPC。ベッドと大きめの洋服タンス。

 家具はそれだけだ。

 それらは全て一分の隙もなく掃除されている。全てのものは整理整頓され、生活感が全くしない。

 カタログから切り抜いてきたような部屋。

 モノトーンで統一されており、全ての家具は息を止めたかのようだ。

 唯一違う点は、僕が生きて生活している。それぐらい。


 一階では母親が眠っている。

 父親はいない。ほとんど居た事がない。母親は正妻ではなく、側妻そくさいだからだ。


 父親は厚生労働省に勤めている。医薬品、化粧品、食品などの有効性や安全対策。

 麻薬・覚醒剤対策の施策などを所管をしている部署の局長だ。

 母親の話によると、とても偉いのだそうだ。

 彼は三十の頃に母親を見初めて、妾にしたらしい。


 彼が家に来るのは年に有るか無いか。当然、遊んでもらった記憶など全くない。

 だから、僕は父親が家に帰ってくるという感覚がわからない。

 家に父親が居るというのは僕にすれば異常事態だ。


 夜中の二時。厚手の遮光カーテンを開けると、閑静な住宅が整然と並んでいる。

 綺麗に舗装された道路には、規則正しく並んだ街灯が、明るく道を照らしている。

 時折、思い出したかのように車が通るが、防音処理がされている僕の部屋に音は一切届かない。

 この部屋で人を刺し殺しても、外に悲鳴が漏れる事はにありえない。


僕が見ているのは、ダークウェブにある世界のグロ動画が集められているサイトだ。

 世の中には色々な生命や人生があるように、その死に様も多様を極めている。


 僕がアップしたコンテナマンに世界各地のユーザーが食らいつく。

 まるでピラニアのように、彼らは他人の死を貪り、そして欲情する。


「何だこれ?」

「マジうける」

「オッサンばかりじゃねーか。女はいねえのかよ?」

「俺の国でも良く似た事件があったよ」

「アジア人の死体は何時だって俺をホットにさせやがる。グッジョブだ」

「この前のテロ動画の方が百倍クールだぜ」


 一分も立たない内に、二十を越えるコメントが並んだ。

このサイトには色々な死体が陳列されている。


 綺麗な死体。

 無残な死体。

 悲惨な死体。

 美しい死体。

 血に染まった赤い死体。

 腐食して腐っている青い死体。

 化学薬品で皮膚が変質した白い死体。


 昆虫採集標本箱のように、そのサイトには多種多様の死体画像が保管されている。潰れた臓物。糜爛した筋肉。溶けた脂肪に、腐る骨。人間の博物館のようだ。

 人間という物質の終末だ。


 僕は深海で押し潰されるかのように生きている。

 メディアが演出する幸せは僕には届かない。

 僕だけではないはずだ。

 掲示板やSNSを見てみれば、不満や不平が溢れている。


 煽ってやると、彼らは異常なほどに興奮する。

 それは死にそうな人間があげる悲鳴のようだ。

 互いに貶し合い、否定しあうさまは、共食いをしているナメクジ共。

 何もしようとせず、彼らはスローに死んでいる。

 内面に鬱屈うっくつを溜め込んでいる。

 爆発させたらどうなるのだろう。他愛の無いことを考えた――


 僕は高校生。名は仙道達也。

 有名な進学校に通っている。

 周りに言われるままに、偏差値の高い学校に入学し、人生を怠惰に消費している。


 成績は良い。

 聞かれている通りの事を、答えていればいいのだから簡単だ。

 そこには答えが存在している。


 だけど、生きるというのはそうじゃない。

 他の皆に世界がどう見えているのかわからないけれど、僕には世界が灰色に見える。

 色彩が完全に欠落してしまっている。


 ディスプレイの横に置かれた薬に視線を移す。

 抗鬱剤三種と睡眠薬三種。

 この薬は母親のものだ。母親が鬱病になり、僕は彼女を心療内科に連れて行っている。

 ここ最近、心のバランスを崩しているので、嫌がる彼女を無理に連れて行っている。


******


 担当は蒲田いう医者で、この世界ではベテランとして通っている。

 灰色のスーチル机に乗り出すように腕を組んでいた。


 彼はこう説明をした。

「この病気はね。脳内物質のモノアミン神経伝達物質の欠如が問題なんです。セロトニンという物質と、ノルアドレナリンという物質が不足して引き起こされるんです。日常のストレスでですね。本来、分泌されていた脳内物質が出なくなるんです」


 医者の言葉に母親は不安そうに訊いたものだ。

 母親は自分が病気であることに驚いたらしく、指が細かく震えていた。


「その脳内物質とは何ですか?」

「セロトニンは、安らぎを与えてくれるホルモンといわれるほど幸福感を左右します。これが不足すると、気分が落ち込んだり。不安感に襲われたり、睡眠不足になったりします。ノルアドレナリンも同様です」

「こんな病気になるなんて」

「大丈夫です。誰でも心の問題は持っているものなんですよ。だからここに来たのは、別に恥ずかしい事じゃありません。不足している脳内物質を分泌させる薬を処方しますから、それを飲んでいたら、今よりましになりますよ」


 蒲田は、落ち着いた口調でそう言った。

 確信に満ちた目で、疑いを持たせない。

 彼は母の日常生活の話を聞きたがった。

 どのような原因で発症したのか、調べる為らしい。

 母親は口ごもって答えられなかったので、僕が代わりに答えた。


 こいつは信用ならない。


 診察室に飾られている観葉植物は、揃いも揃って枯れていた。


******


 僕は睡眠薬をシートから取り出し、それを手の平の上で転がした。

 小粒なピンク、長細い白、真ん中に線の入ったオレンジ色。

 簡素で清潔感のある錠剤達。

 まるで、工業製品のようだ。


 僕がこの薬を飲んだら、薬は食道を下り、腸へと達する。

 そこで消化吸収された化学物質は枯れ葉剤のように体中にバラまかれ、三十分もしない内に眠りにつくらしい。

 睡眠薬で眠るというのが、どのようなものなのか興味はあったが、止めておく。

 母とは違い、僕は鬱病ではない。


 しかし、精神的には問題があるのだそうだ。

 心理学的用語で僕の事を表現するのであれば精神病質、つまりサイコパス。

 ネットの情報によると、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念も無く、社会の規範を犯すとある。

 人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞うらしい。


 随分な言われようだ。


 連続殺人犯や放火魔、それにカルト宗教の教祖がこれにあたるのだそうだ。これぐらい、否定的なイメージを人々に植え付ける必要があるのだろう。


 自分がサイコパスと自覚したのは、クラスメートの他愛ない会話からだった。


******


「なあなあ、仙道ちゃん。今から、俺が言う質問に答えてくれねえ?」

「何だよ、それ?」

「いいからいいから。じゃあ、行くぜ」

「ああ」

「あなたは妹と一緒に、おばあさんの葬式に行った。そこで黒の髪に黒の洋服を着て黒の靴を履いた男に魅力を感じた。その男はあなたとあなたの妹さんの理想のタイプだ。そしてその翌日、あなたは妹を殺した。どうしてそうしたと思うか?」

「どう答えればいいのかわからない」

「自分の立場で考えるんだよ。どうして、妹を殺したのかって理由を」

「何故そんな面倒な事するんだ?」

「いいから、いいから。ノリだよ。ノリ。ちょっと考えてみろよ」

「妹を殺せば、その男と葬式でまた会えると思ったからだろ」

「うっわー。仙道ちゃん。サイコパスだ。マジやっべー。仙道ちゃん、マジやっべー。やっぱ、こいつサイコパスだ」


 質問した奴は、僕をサイコパスだと言って笑って去って行った。しかし、その言葉は僕の心から立ち去らず、しっかりと留まり続けた。


 家に帰ってネットでサイコパス診断を検索し、片っ端からやっていった。

 全部ではないけれど、ほとんどの回答が僕をサイコパスだと判定していた。


 自分の正体がわかったような気がした。

 言われてみれば、思い当たる節がある。

 ジグゾーパズルのピースがはまったような、そんな感じ。

 幼少期から何かと周囲から異質なものを見る目で見られていた思い出ばかりだ。


******


 例を挙げてみよう。

 小学生になった頃、僕はハムスターの耳を切った事がある。

 ハムスターが主人公のアニメがあった。

 そこでのハムスターの耳は丸かったのに、実際のハムスターの耳が尖っていた。

 だから、切ってみた。


 僕は怒られなかった。

 先生も含めた全ての生徒が凍り付いたように動かなくなったのを覚えている。


 今はその行為が社会的なルール上、やってはいけない事に該当するのは理解できる。

 しかし、彼らが僕のやった事を見て、どのような気持ちになったのか、未だにわからない。




 こういう話もある。

 小学生低学年の頃に観た映画で、主人公が女性の首を絞めて殺すシーンがあった。

 僕はそれを実践してみた。

 小学生の時のそれは、未遂で終わってしまったが――


 端から見れば僕の言動は奇妙に映るらしい。

 次第に友達もいなくなっていった。

 僕の心は孤独などでは痛まないらしい。

 そもそも一般的な感情もないのだそうだ。

 ネットにはそうあった。

 実際の孤独がどういうものなのか、僕にはわからない。


「心の無痛症なのね。君には愛情が欠けている。大きな愛が必要だ」


 そんな事を言っていた女もいた。その女の名は桑原秋穂。

 同期生だった。

 僕は彼女の事を秋穂と呼んでいた。


 彼女は死んだ。

 女子高校生が自殺。ニュースキャスターが事務口調で報道していた。

 


 秋穂から借りたままになっている携帯音楽プレーヤーにはピンク・フロイドのアルバムが入っている。

 そのアルバムの中には彼女のお気に入りだった曲がある。


 邦題は『現実との差異』。ソフトな感じがする曲だ。

 安らかなメロディーが僕の心を撫でる。


 夜の静寂に僕の意識は溶けてゆき、眠りへとついた。

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