13.メイク・ア・ビック・スマイル

 アラブ人達が撮影してきた写真を見ていると、彼らがどのような基準で強盗に入ろうとしているのかが見えてくる。


「お前達の選択基準は、単に家が大きくて、金を持っているように見えるかどうかだけだな。他の事にまったく気が払えていない」

「それはそうだろう。金がなければ、強盗に入る意味がない」

「ところで、写真を撮影している姿は、誰かに目撃されているか?」


 目を丸くしてアラブ人はお互いに顔を見合った後、首を振った。

 撮影している姿を誰かに見られているという意識がない。


「採点しよう。これらはいずれも難しい。入るべきじゃない」


 アラブ人は憮然とした。口々に不満を述べ始めるが、気にせずに一方的に喋った。


 アラブ系との会話では圧倒した者が勝つ。彼らには独特の交渉文化がある。圧倒しなければ、延々と言い合いをすることになってしまう。

 生活習慣が違う彼らに対して、全員の合意などヌルい事を言っていたら、数秒で食い物にされる。


「塀が低く、中の様子がわかる家を狙っているみたいだが、これはリスクが高い。罠のようなものだ。犯行現場が外から丸見えになってしまう。外から中が見えにくい構造の家を狙え。外から見えなかったら、どうにもできる」

「外から見えなくては、金があるかどうかなんかわからないじゃないか?」

「もっと他の部分に気を払え。家の住人がどのような格好をしているのかを見れば良い。車も一つの手がかりになる。あらゆる視覚情報を駆使して考えろ」


 アラブ人達は口を開いたまま何も言えなくなっていた。そこまで深く考えていなかったのだろう。

 彼らが犯罪を犯す抵抗感は拭いされた。だが、自発的に行動させるにはリスクが高すぎる。


 日本人からアラブ人の個人判別はできない。だが、彼らの容姿は日本人達にとっては目立つ。

 やはり、下見は日本人とよく似た容貌をしている中国人を使うのが良い。

 下見には人を選んでおく必要がある。


「強盗に入る時に、まったく音を出さないというのは、絶対にできない。最新装備で向かっても、気に障るぐらいに音が出る。家捜しするとなると、家具をひっくり返すからな。塀が高かったり、カーテンが引かれていると、人の好奇心はそこで止められる。リスクという概念を理解しろ」


 僕の言う事は正しい。しかし、正しい事を言っているだけだと、人はついてこない。

 それだと聞いている連中はプライドを踏みにじられた事を逆恨みする。


「もっとも、これほど入念に調べたのは、敬服に値する。よく調べたな。もう一工夫あれば良かった。実に惜しい。良い仕事だ。これほど良い仕事をしてくれるとは思ってもみなかったよ。皆成長したな」


 元々彼らは社会の脱落者だ。貧しいから日本に来ている。そうでなければ、本国で生活しているだろう。


 貧困は罪悪だ。

 人間性が欠如していると見なされる。


 人間には値札が付けられていて、値札に書かれている値段で人の価値はきまる。

 

 貧民は貧しさに喘ぎながら、自分の居場所が正しいのか、自分が生きていていいのか、常に自問している。


 どうして自分はもっと稼げない?


 この社会にとって自分の価値とは?


 このまま生きてどうなるのだろう?


 社会に自分の居場所を探し、見つからないまま、砂漠の中を流浪する。そして、彼らの中に無意識に刻まれる欲望はこれだけだ。


 金が欲しい。


「本当か? 俺、成長しているかな?」


 僕に肯定的な返事をもらった男は、縋るような目つきをしながら僕に尋ねてきた。

 疑問系の言葉の中に、自分を認めてくれという懇願が隠れている。髭の中、脂が浮いた顔が僕の答えを待っていた。


「自信を持て。僕が保証する。何もしないのが人間は一番楽だ。失敗をするのは仕方がない。貧困から脱出する時に、通らなくてはならない過程なんだ。富豪を見てみろ? 彼らは必ず一歩を踏み出している。根本の所で君と彼らは同じ。君は富豪へなる道の一歩を踏み出している。昨日までの君じゃない」


 褒められた奴は嬉しそうな顔をし、それ以外の連中は褒められた奴を嫉妬した。


 僕は犯罪リスクを数値化している。全ては数字。数字がでなければ意味がない。良心が痛むと言うなら、それも数字にすれば良い。


 電話がかかってくる。僕のスマホだ。

 何かと思って番号を確認するが、発信者は不明。


もしもしHello?」

「私よ。陽子」

ヘイHey,どうしてるWhat are you doin’ ?」

「どうやら、今は日本語で喋れない状況のようね。こちらが一方的に喋るから、適当に相づちをうちなさい」

Oh, it's greatそいつはスゴいいいねCome on好きなようにすればいいよDo it as you think it's right


「覚醒剤で三人警察に保護されたわ。名前と住所を送るから、後はあなたの好きにしなさい」

Thank youありがとう,僕の素敵な人 my sweetheart


 電話は切れた。メッセージ着信があった。

 スマホが震える。


 陽子から電話とは珍しい。彼ら生徒会が支払う現金はこれが理由か。

 つまり、彼らが運営する生徒会支配地域に影響を出ないようにするの為の現金をねじ込んできている。

 今更ながらに理解する。


「シャフバンダル、車を出す準備をしろ。もう一台必要だな。リカルド、車と運転手の手配をしてくれ。お前が使えると思う奴を二人用意しろ。これから出るぞ」


 シャフバンダルは何も言わずに従う。彼は手振りで、そこに集まっていたアラブ人の人選をする。豊かな顎髭で顎を上げると、緊張した面持ちで、皆が従う。


「何だよドン。何が起こったんだ?」


 興味本位でアラブ人を上から見ていた、リカルドは質問を挟んできた。


「覚醒剤取引で捕まった奴がいる。情報を遡られないように、捕まった奴の親会員を始末する。報酬は一人頭五十万。やれるか?」

「わかった。俺に任せてくれ」


 タバコを咥えて、リカルドは快諾した。歌でも歌いだしそうだ。後ろについてくる南米人達も

 

 ビル内が途端に慌ただしくなる。不安な顔をしている奴もいれば、興奮している奴もいる。それぞれどういう反応をしているのか頭に刻み付ける。


 対象者を確認する為に劉を呼び出し、携帯電話番号を調べさせる。


 桐生や陽子に言われ、販売制限を設ける際に、会員にはスマホに特定のアプリをインストールするのを条件にしている。

 ダークウェブでハッカーに作成依頼をしたものだ。通常アプリを装って、裏モードで起動をさせて取引を行う。会員にはGPSの位置情報をつかめる。

 顧客管理の一環だ。これで僕は彼らが何をしようとしているのか掴む事ができる。


 居場所を探すと、親会員と、また、その親に当たる会員はクラブにいるらしい。


 覚醒剤販売の新たな会員加入時には、必ず知り合いを紹介させている。もし、警察に発覚した場合、二つ上まで遡って殺されるという事は徹底して伝えていた。そのルールを徹底的に実行しなければ、全体に弛みが生じてしまう。



 陽子の電話があって、三十分後。

 僕達は親会員と、そいつを紹介した会員を捕獲した。電話で呼び出して、路地に入った所をズタ袋を被せた。


 連れに女が三人いたが、そいつらも一緒だ。外国人街に彼らを連れて行く。


 車から下りて周囲を睥睨へいげいすると、ビル近辺に居た連中が下を向いて去ってゆく。


 ここの連中は鼻が良い。面倒事を体が感じ取る。見ない、聞かない、話さない。

 それが守られている内は、安全だという事を、彼らは身体で知っている。


 地下へと続く階段に五人を転がした。大げさな音をして、転がり落ちる。


 地下室は換気が良くない。リカルドにタバコは吸うなと命令した。彼は舌打ちをして、口にしたタバコを捨てる。


 息を吸うと、湿った空気が心地よい。カビの臭いが心を落ち着かせる。


 裸電球が赤い光を灯す。ズタ袋を取ると一人は鼻血を出して気絶していた。暴れる奴はバールで殴りつけ、全員を椅子に縛り付ける。


「お前らの子会員が警察に捕まった」

「お前ら、なんなんだよ!」


 男二人に女が三人。

 大学生ぐらいか、体格が大きい。派手な柄モノのシャツが場違いだった。


 ズタ袋に押込められ車に運ばれ、殴られたのにも関わらず平静で居られるとは大したものだ。

 混乱もせずに大きな口を叩けるのには感心した。


「たいしたガッツだ。感心するよ。口も聞けなくなると思ってたからな。こんな反応は新鮮だ」

「お前、日本人かよ?」

「どうだかな」

「ざけてんじゃねえよ! 離せよコラ!」

「知らなかった訳じゃないだろう? 子会員が見つかれば、親会員は責任を取らなきゃならない」

「何それ? 聞いてないんですけど?」

「スマホをもらうぞ」

「やめろ! 何様だ、てめえ? 殺すぞ、コラ!」


 喚き続ける男を放っておいて、スマホを取り出す。


 不思議なもので、一人が叫んでいると勇気づけられたのか、他の連中まで騒ぎだした。

 枯れた野原に広がる火のようだ。


「ちょっと、離しなさいよ。犯罪でしょ? コレ? ありえないんですけど」

「何でウチらが、こんな目にあうわけ? 警察に言っちゃうよ? そうしたら、あんたら日本にいられなくなっちゃうんですけど?」


 強気な発言で自分を勇気づけているのだろう、彼らは口汚く僕達を卑しめる。


「何でウチら捕まるわけ?」

「さっきも言ったよな。子会員が捕まったからだよ」

「はぁ? チョー受けるんですけど。その人が悪いんじゃん。ウチら関係ないから。無関係だから」

「そうそう。俺らを大事にしないとさ駄目でしょ、ここは。俺ら結構売り上げに貢献してんじゃん。VIP待遇されてもいいんじゃねえの? その辺の所を良く考えろっつう話だよ。ドンチューアンダスタン?」

「やべっち、国際人。チョーカッコいい」

「やべっち、マジ惚れそう」


 彼らが元気だったのも、やべっちと言われた男の頬を銃弾で撃ち抜かれるまでだった。爆音が彼らの会話を完全に沈黙させた。

 思ったよりも反動があり、銃口が上向いた。射撃の練習もしておくんだった。


 圧倒的な暴力。平和に浸かって、ふやけた奴らには丁度良い。

 そろそろ目を覚ましてもらわなくては。馬鹿な奴らは扱いに困る。


 銃口から煙が昇る。熱くなった銃口を女の口に突っ込む。女が悲鳴をあげ、地下室の壁に反射した。


 頬を打ち抜かれた男は、呆然とした顔をしていた。

 銃弾で緩んだ顎から、血と一緒に歯と歯茎の肉が溢れて落ちる。無様な声が壁に反響する。僕はそれを聞いて低く笑った。


 悲鳴もあがらない。銃口を捻ると女の歯にあたった。

 更に奥に突っ込むと、彼女はえずいた。


「おい、何か言ってみろ?」


 他の者は息を潜めている。自分達の立場がようやく理解できたらしい。現実感が喪失している奴は、自分の立ち位置を教えるのにも手間がかかる。


 彼らが口にする言葉など、僕にすれば戯言。

 馬鹿馬鹿しいほど無力な彼らはそれを理解しただろうか?


 彼らのスマホを操作する。

 電話先、メール先。僕達がこいつらを運んでいる間に、他に連絡していないか確認する。


「シャフバンダル。ナイフをくれ」

「わかった」

「それと、スマホを持っている奴いるだろう? 今から録画しておけ」


 僕達が交わす乾いた英語を聞いて、女がすすり泣きを始めた。

 死神の足音が、ようやく彼女の耳に届いたらしい。本当に頭の回転が遅い。今頃になって状況が理解できたらしい。


 僕はナイフをその女の口にゆっくりと入れた。傷つけないようにゆっくりと。


「なあ。警察に言うんだって? 僕達の事を言うと、お前は言ったのか?」

「嘘、嘘だって、本気にしないでよ」

「さあ、どこまで生きてられるかな?」


 ナイフを入れていくと、真っ直ぐに腕が伸びなかったので、口蓋の肉に突き刺さった。

 上向きに刃先を突っ込んだからだ。そのまま力を入れて突っ込んでゆく。

 上顎に伝って刃先が進み、骨のでこぼこがナイフの柄から伝わってきた。


 息を荒くして血を吐き出す仲間の姿は衝撃的だったのだろう。誰かが失禁したようだ。

 閉鎖された地下室にアンモニアの刺激臭が色濃く漂う。裸電球の明かりがナイフのブレードを輝かせる。


「警察に? 何だって? もう一度言ってくれ。チョー受ける?」


 女はもう喋られない。

 そのままナイフを進ませると、扁桃腺にするりと潜りこんだ。


 女は扁桃腺が破れ、噴出した血が気道へと入り、咳き込み始めた。

 咳をした瞬間に、身体が傾き女はナイフを飲み込んでしまった。そして、女は動かなくなった。


 ナイフを引き抜き、次の女の所に行く。

「なあ、アレをもう一度言ってくれよ?」


 隣の女は口を閉ざしたままだ。決して開こうとはしない。

 濃い化粧が汗で弛み、安っぽい香水が鼻腔をくすぐる。眉は寄せられ、目には涙が浮かんでいる。

 彼女の染めた金髪はチープで、根元は黒くなっていた。

 口を閉ざしていれば何もされないとでも思っているのだろうか?


「アレ言って欲しいんだ。チョー受けるんですけど。言ってくれよ。チョー受けるんですけどってさ」


 僕はナイフを唇近くに持って行く。女の鼻息が荒くなった。鼻にかかった金髪が揺れている。


「口を開けろ? 困るんだがな?」

 小鼻が開き、鼻息は更に大きくなる。折れそうなほどに細い肩が激しく上下に動く。

 彼女の目はナイフに釘付けだ。電球の光を受け、刃は凶暴な輝きを帯びる。


 なおも口を閉じているので、そのまま真っ直ぐにナイフを突く。

 唇を破り、歯茎に当たった。思ったよりも硬かった。

 石を突いたかと勘違いしそうになる。


 女は首を反らして、ナイフを避けた。

「おい、手が空いてる奴。こいつの頭を押さえつけろ。どうにもやりにくい」


 二人の男がやって来て、女の頭を左右から固定する。そうなって始めて口を開いた。

 耳を覆うばかりの悲鳴をあげ始めた。口から心臓が出てきそうだ。


「なあ、お前さ。最後なんだから、あのカメラを見ろよ。あそこで録画してるだろ? 最後ぐらい良い顔で映りたいだろ? お前が死んだ後、録画した映像を他の連中にも見せるんだ。皆怖くて、きっと裏切らなくなる。お前らみたいに口答えもしなくなるだろう」


「わ、私、関係ないし。私はシャブを薦められただけで、やってないし」

「そうか。運が悪かったな。お前が死ぬのを見て、他の奴らは思うわけだよ。ああ、僕はこんな風にはなりたくない。こんな殺され方はしたくないってさ。こんなになるぐらいなら裏切らないでおこうって思わせるんだ。だから、お前にはできるだけ惨めに死んで欲しいんだ」


 彼女の前髪の根元としっかりと掴み、今度はナイフを縦にして、ゆっくりと突っ込む。やはり口を閉じたままなので歯茎を突いた。

 錆びた金髪を振り乱し、渾身の力で頭を振って抵抗するが、左にいたアラブ人が口を押さえた。


 面倒になってきたので、刃先を口に入れた時に、適当に掻き回す。

 歯にナイフが当たり、乾いた音をたてた。直ぐに殺しても良かったが、残念ながら刃が真っ直ぐ伸びなかった。


 舌を大きく削った後に、頬の奥を突く結果になってしまった。濃い目のファンデーションが破れ、ナイフの先が飛び出てきた。


「じゃあな」


 僕はそう言って、ナイフで喉の奥を突いて絶命させた。泡を吹くような音をさせて、彼女の命は飛んで行った。コンクリートの床に赤黒い染みが広がっていく。


 次は女ではなくて、男にする事にした。もとより、今、録画している映像は視聴用だ。

 それなりに工夫しなければ、見ている者を飽きさせる。


 細長い棒を持ってこさせた。

 錆びてもいない銀の棒は、真っ直ぐ延ばしていると、共鳴するかのような輝きを見せる。


 足を振り回し、抵抗する男の頭を固定させ、銀の棒を耳の穴に突っ込んでみた。

 意外と素直に吸い込まれた。

「なあ、声を出せよ」

「ど、どうしてですか?」

「どこまで人間が生きていられるのか、僕は知りたい」

「なあ、助けてくれよ」

「これから棒が、君の耳の穴から侵入していくわけなんだ。どうなるか知らないけど、脳があるから、奥まで突っ込んだら、いつかは死ぬとは思うんだ。問題はどこまで耐えられるかだ」

「嫌だ。死にたくない」


 僕が彼の言う事を聞く訳がない。僕は彼じゃない。彼が痛みにのたうちまわっても、僕はちっとも痛くない。

 スマホで撮影している連中の間から、押し潰した呻き声が聞こえてくる。

 怖いか?

 恐ろしいか?

 恐怖で僕はグループを支配する。そこで手抜かりを見せる訳にはいかない。


 男の口から幾つもの泡が出てくる。

 それらはよだれとなって、彼の口元をだらしなく垂れ下がる。

 噛み締められた歯の隙間から、彼の懇願が漏れてくる。


 奥へ奥へと棒を突っ込んでゆく。男はもがき、暴れる手に縄が容赦なく食い込む。

 それは褐色の皮膚を破り、血が滴となって滑り、縄を真っ赤に染上げる。


「痛いか?」

「痛いです。助けて下さい。お願いします」


 男は涙と鼻水で顔を汚している。満面汗だらけだ。電球の明かりを受けた、不快なボールを見ているようだった。


 ニキビの潰れた痕が脂がギラつく。頬を苦痛に歪ませ、唇を噛み血だらけになる。そいつに顔を寄せ、映像を録画している連中の方を見る。

 裸電球の明かりの下、五人の男が黙って、スマホをこちらに向けて立っている。レンズは何も喋らずに、こちらを見つめるだけだ。


 僕はこれから見るであろう観客に向けて手を振った。撮影している一人が後ずさった。


「カメラに向かって、どれだけ痛いか伝えろ。皆に教育する必要がある。さあ、どれだけ痛い?」

「し、し、死ぬほど痛い。助けて。助けて」

「もう、ちょっと押し込む。痛かったら言えよ」

「助けて。死ぬほど痛い。助けて。これでいいだろう? なあ、助けてよ」

「助けて下さいだろ? 立場を考えろ。お前と僕は同格じゃない。勘違いをするな」

「お願いだ」

「お願いしますだ」

「お願いします」

「上下関係を理解しろ。できない奴はどこでも通用しない。残念だったな」


 さらに一押し。

 男は叫びだす。僕の耳までが痛くなるほどだが、言葉はデタラメ。何を言っているかわからない。


 彼は目が潰れる程に固く、目蓋を閉じている。

 噛み締められた唇が裂け、血の滴が連なり、流れとなって彼の顎を落ちる。

 彼は震えを更に大きくして、喉が擦り切れる程に大きく息をしている。


「言えよ? どれだけ痛いか」

 男は何も聞こえないらしい。何を言っても叫ぶだけ。

 下唇が噛み切られ、捲れたあがった歯茎は血まみれだ。

 僕は更に棒を耳に押し込む。


 手に抵抗を覚えたので、一気に押したら何かを突き破った。気が付けば、彼は股を濡らして絶命した。

 糸が切れた操り人形のように、手がゴムのように垂れ下がる。

 まるで電池が切れた玩具。



「出て行けよ」

「何だ?」

「この国から出ていけよ」


 やべっちと呼ばれた男が何か言っている。

 銃で撃たれ腔内が歪んだ為か、彼の言葉は聞き取りにくかった。


「理解できない。何を言っている?」

「ここは俺達の国だ。俺達の日本だ。お前達がいるような国じゃない。出て行けよ。さっさと自分の国へ帰れよ」

「僕達はお前らの呼び出しに応じてやって来た。国際化の、グローバル化の必然的な流れだよ」

「知るかよ。そんな事。俺には関係ないだろうがよ」

「お前らは今まで何もしなかったんだろう? それがお前のアクションで、選んだ選択で、これが結果だ。関係ある」

「そんな事言われても知るかよ」


「世界は何でも教えてくれるとは限らない。学校の授業じゃないんだぜ? これは国際化の一環だ。グローバル・スタンダード。労働賃金は安くなり、治安は悪くなる。安かろう悪かろう、だ。悪は粗悪ではなく、凶悪という意味だったんだよ」

「知らないよ。そんな事、知らないよ」


「残念だったな。労働力と一緒に暴力や不法も流れてくるものとは考えつかなかったか? 平和でつまった脳みその皺を掃除しろ。さあ、カメラに向かってニッコリ笑え」


 男が小便をもらした。穴の開いた頬から、血で赤黒く汚れた歯が覗く。

 世間から隔絶された牢獄の中で、引きずったような泣き声だけが聞こえた。


「笑えって言ってるだろ?」


 僕の言われるまま、彼は顔を引きつらせた。笑っているつもりらしい。

 無言のカメラがこっちを見ている。

 向けられた携帯は録画中のランプを灯して沈黙している。


 僕は男の耳元で囁いた。

Heyヘイ, make a big smileニッコリ笑え



<Supplement>

 カクヨム上で描写に問題がある場合については、

 通報前に感想欄、もしくは下記の近況報告にてご連絡下さい。早急に対処します

 https://kakuyomu.jp/users/eed/news/1177354054887306964

 本作品にはテーマがあり、決して犯罪を示唆するものではありません。

</Supplement>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る