Social Contract Has Gone

06.招かざるゲスト

 山田と鈴木を最上階会員として、その下に子会員、更にその下の孫会員と階層は五を超えた。

 会員数は二百を超え、一週間の売り上げが百万以上になる。


 巷ではドラッグの取り締まりがうるさいとされている。

 だが、末端価格は下落傾向にある。より安価に入手する事ができる訳だ。

 これまでなかった市場が開けるという事になる。


 ここはステーキハウスの二階にある個室。僕の前に客がいる。

 下のフロアに流れていた音楽も届いてこない。

 ここでは重厚で豊かなチェロの演奏が流れている。


 赤いカーテンの向こうには、気取った一般客が食事を楽しんでいる。

 階下からはフォークやナイフの音は上がってこない。防音対策はされているらしい。

 ここでの会話は外へ漏れることはないだろう。


 僕が下校する時に、その客は僕を訪ねてきた。

 彼も高校生なのだろう。顔が若い。背は僕より高く、スマートだが筋肉質な体型をしている。

 短髪で顔の彫りが深く、顔のパーツがしっかりとしている。無骨な感じがした。

 ただ、彼には緊張感は無く、くだけた雰囲気がする。

 服はカットソー。それほどファッションにこだわりは無さそうだ。


 その男は口を開いた。

「取りあえず、自己紹介をすませておくか。俺は桐生って言うんだ。桐生衛司。ある高校で生徒会長をやっている」

「僕は仙道。仙道達也。生徒会役員でもなんでもないよ。ただの学生なんだけど。僕と話をしても、何もないと思うよ」


「得るものが有るか無いかは俺が決める事だ。そうだろう?」


 ドラッグ関係?

 表情を変えずに、思考を巡らせる。

 ドラッグ関係で僕の名前があがるのだとすれば、山田か鈴木のラインでしか考えられない。


 桐生の寛いだ表情からは何も読み取れない。

 ここはとぼけておいて、後で情報収集する必要がある。

 相手が何者かわからない内に会話をするのはリスクが高い。


「でも、僕には何もありません。わざわざ尋ねて来てくれて何ですが」

「仙道。中国語がうまいようだね。ああ、言葉が悪いのは勘弁してくれ。俺は敬語を使うのが苦手でさ。気を悪くしないでくれたら嬉しいな」


「僕が中国語が得意ですって? 何でまた? 僕にはさっぱり理解できませんよ」


 こいつどこまで知っている?

 頭の中で冷たいナイフの刃が起き上がる。


「どこで? うんまあ、こちらも頑張ったよ」


 朗らかに笑ってくる桐生。開けられた口から、健康そうな白い歯がのぞいていた。


 こいつを殺してしまうか?


「僕が中国語が得意だと、誰から聞いたのか教えて欲しいな」

「お前は麻薬を高校生相手に売ってる。その頂点がお前。否定するなら、それでもいいけどね。イスラムの連中に知り合いがいるんだよ」


 いきなり踏み込んできた。桐生は緊張すらしていない。

 彼は真っ直ぐに僕の目を見つめ、テーブルの上に写真を数枚広げた。


 広げられた一枚の写真を手に取ってみる。

 デジタルプリント用紙。データは他にある。


「おやおや。これは僕とそっくりじゃないか。これじゃ間違えられても仕方がない。まるで僕の生き写しみたいですね。気持ち悪いかも」


 写真には、僕と劉の写真がある。それにあの外国人街。

 撮影された覚えはない。合成の可能性だってある。

 笑って見せたが、殺意が僕の中で凝縮されてゆく。

 時間、場所、手配する人員……


「否定するならそれでいいけどね。先に言っておくよ。お前の販売網がすごい勢いで伸びててさ、それは一向に問題ないんだけど、俺達生徒会の運営エリアまで来てるんだよ。俺達としてはトラブルは避けたい。ところが、この薬物っていうのは厄介で、次から次へとキリがない。俺達の運営エリアでは、販売は控えてくれないかなというお願いだ」


「できないと言ったら。僕はどうなるですか?」

「俺はここから立ち去って、数日後には、君の仕入先のアラブ人が逮捕されている」


「怖い話だね」

「俺は君が何をしようと知った事じゃない。法律がどうとかは、どうでも良いんだよ。ただ、俺達が運営する地域で麻薬が出回るとさ、何とかしてくれという話が必ず上がってくる。俺個人としては麻薬だろうが、何だろうが、どうでもいい。ただ、組織の長となれば話は別だ」

「そうか。大変そうだね」


「もう一つ理由があってさ。仙道に興味があったもんだからね。これは一回会ってみようと思ってさ」

「光栄だ。でも、僕は桐生の事を何も知らない。呼び捨てで構わないかな?」


「もちろん。気楽にいこうぜ。俺の名刺を渡しておくか。これこれ」


 渡された名刺は生徒会名義だった。

 メールアドレスやURLが記載されている。携帯の電話番号やメールアドレスもある。

 本物かどうかは怪しい。

 人の話を鵜呑みにするほど、馬鹿らしい事はない。普通の学生を装うのも面倒だ。口調をガラリと変えて反応を見る。


「支配とか運営。言うのは簡単だ。しかし、言葉が大きすぎて、話が本当か信じるに値しない」

「ああ、俺達は金はあるからさ。海外にファンド会社を運営しているんだ。そこからあがる利益を使って、地域の自治体配下にある中小企業に株式を追加発行させ、買収したと考えてくれればいい。地域経済は回り、見返りに彼らは僕達の票田となる。市会議員や県会議員も思いのまま、という訳だ」


 態度を変えても、桐生は動揺していない。

 こいつ面倒臭いな。

 僕はそう思った。話を信じる理由が存在など何処にも存在していない。


 馴れ合うな。騙せ。騙されるな。


「桐生の支配地域を販売禁止にしても確実に止める約束はできない。知ってるとは思うが、マルチ商法みたいな形態を取っている。ある程度は調整できるが、完全にというのは無理だ」

「報奨金制度は面白いアイデアだな。不法滞在外国人達を使う所もいい。大したものだ。一ヶ月もしない内に県外まで伸びてるんだからな。ただ、こんな急激に伸びていると、末端から崩壊するぜ?」


 僕達の間に沈黙が横たわった。階下の賑わいはこの個室には伝わってこない。


 一拍置いて、桐生は言った。

「月に一千万出そう」


 意外な申し出。こいつは何を考えている?

 表情を動かしていない。桐生と会話と続けてみよう。


「もう一声と言えば上がるのか?」

「言うね。一県辺りで五百万。三県で一千五百万。どうだ?」


 警戒感を解くつもりらしい。彼は無防備に両手を広げて見せた。

 殺意は引っ込め、同意することにする。信じる必要はないが、金になるなら話は別だ。


 隠された条件は後で提示されるのだろう。

 だが、桐生とコミュニケーションを絶つ方が厄介そうだと判断した。


「わかった。金は手段であって、目的じゃないがな。ただ、僕にできるのはある程度のコントロールで、完璧ではない。それでいいか? 跳ねっ返りは、どこにでもいるものだ」

「それで構わない。俺が欲しいのは表向きの合意だ」


 桐生がテーブルに肘をついて手を組んでいる。余裕があるのが、忌々しい。


「投資のつもりか?」

「それはお前次第だろう? 俺が決める事じゃない。俺はお前を気に入った」


 間髪を入れずに会話を進ませる桐生。背もたれに体重を移し笑っている。


「僕はそうでもない」

「そういう所が良い」

「ウゼえな、殺すぞ桐生?」

「最高だ。そういう所が、また気に入った」


 一瞬止まったチェロの音楽が流れ出す。僕は頬杖をついた。

 どうするにせよ。桐生との関係は保留する事にしておく。正体が知れない奴と、腹の探り合いをしても仕方が無い。


「わかった。好きにしろ」

「次は何をする予定なんだ?」

「答える必要はない」

「そうだ。仙道は答える必要はない。ただ、話してくれたら、今後、俺達は君に協力する事もできると思うんだ。その中で、仙道が俺達に協力してくれたりしたら最高だな」


 僕は馴れ合いが嫌いだ。

 自分の時間を他人の為に使いたくはない。

 聞いている限り、彼はある程度の規模をもった組織を運営している。

 でなければ、僕を特定できる訳がない。


 だが、彼らのグループに参加するつもりはない。僕の時間は僕の為に使う。

 それ以外は全て無駄だ。僕には僕の目的がある。


 ドアにノックの音がした。

「どうやら料理が来たようだ。取りあえずは食事にするか。俺は腹が減ったよ。難しい話は止めようぜ」

「わかった」


 ドアが開いて、二人の給仕がやってくる。ワゴンの上に厚めのステーキが乗せられていた。

 青々としたサラザ、パンの焼けた香り。

 飲み物が数種置かれている。随分と仰々しい。僕は食べられれば何でも良い。

 シンプルでストレート。それが僕の信条だ。


「仙道は酒は飲むのか?」

「いいや。アルコールは脳細胞を破壊するからね。飲まないと決めている」


 肉をカットして口の中に放り込む。肉汁が染み出して、口腔内に甘い血と油が広がってゆく。



 肉を噛み締めながら、桐生の肉はどんな味がするのだろうと考えた。



<Supplement>

 Personal Profile

 名前:桐生衛司

 性別:男

 年齢:18

 身長:175cm

 特徴:変革型リーダーシップ

 別ストーリーDisposable Teensでの登場人物。

最高生徒会Supreme Student Councilの生徒会長。

</Supplement>

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