24.ティック・タック・カブーン
僕達が計画した誘拐が事前に警察にバレる事はなかった。
今までは。
僕達が送り出したチームは六。その内、三チームが警察に発見、追跡された。
発見されたのは、誘拐直後。いつもなら有り得なかったケース。
事前調査での行動パターン分析と、それに合わせた訓練が完璧だったからだ。
発見された三チームは人質を即座に殺害。そのまま逃走を試みている。
一つのチームは途中で交通事故を起こした。二名死亡、一名重傷、一名は軽症で動けるらしい。
僕が電話しているのは残ったリビア人。
交通事故で彼だけが軽傷で済んだ。だが、リビア人は混乱で言葉がまとまっていない。
「いいか。重傷の奴は殺せ。そいつが警察に捕まって、僕達の事を吐くのを避ける。いいか、必ず殺すんだぞ」
電話の向こう側からの声は興奮状態にある。音声に荒げられた息が混じっている。
「わかったよ、ウノ。俺は助かるんだよな?」
「殺し終わったら、今から言う所に行け。お前が行く事は、先に連絡しておく」
劉が麻薬取引で使っている所を教える。リビア人は何度も確認をしてきた。
彼の声は風邪をひいた子猫のように震え、今にも崩れてしまいそうだ。
劉へ電話をした後、僕は階下に降りて行った。蛍光灯がいつになく眩しく見えた。
そこでは、シャフバンダルとメルキアデスが対応に追われている。二人とも電話に向かって怒鳴り散らしていた。
僕は雑然とした部屋の中、シャフバンダルに問いかける。向こう側にあるテーブルでは地図を広げて、現在位置を把握していた。
「どうだ? 他は大丈夫か?」
「ああ、途中で見つかった二チームは現在逃走中だ。滅茶苦茶に逃げ回っている。早くなんとかしなくてはならない」
「仕方がない。車に爆弾を取り付けてある。それを起爆させる」
シャフバンダルとメルキアデスがこちらを振り返った。彼らの目は驚愕で見開かれている。
「いつの間に取り付けた?」
「アサドに言って取り付けさせた。何かあった場合の為にな」
シャフバンダルが
沈黙したまま、冷え冷えとした目で僕を見ている。黒い肌からは何の信号も出てこない。
「今までもそうしていた。これまでは言わずに済んでいた。だが、今回は失敗した」
「あいつらを身内とは考えないのか?」
「シャフバンダル、僕達は軍隊じゃない。必要とあれば切り捨てる」
シャフバンダルが汗ばんだ手で僕の手を掴む。圧倒的な殺気の気配がした。会話は止まり、周囲の視線がこちらに集まる。
「その二チームにはラヒームもいるんだ。簡単に切り捨てられられない。お前はどうして、そんなに冷酷になれる? 人を簡単に殺しすぎる。軍にも、人殺しを楽しむ連中はいた。しかし、お前の場合はそうでもない。無表情だ。何の感情もなく人を殺す。何を考えているんだ。ウノ!」
僕は彼の手を振り払う。握られた所を手で撫でた。指先に彼の汗を感じる。組織のヒビが益々広がった。
カーチェイスの対応で混雑している指令部隊で、僕を刺す視線に尖りが帯びた。
「非情になれ。作戦時は全体を見ろ。小事にこだわって、全体を見失うな。そう言ったのはお前だ。このままだと、僕達が危ない」
「努力をすべきだ。そうでなくては全体の士気が落ちている。その内に内部から崩壊してしまうぞ」
メルキアデスも対応に追われていたが、会話に入ってくる。縮れ毛を掻きむしり、手でシャフバンダルを制止した。
「シャフ。ウノの言う通りにするべきだ。彼らを守ろうとすればするほど、俺達の身は危険になる。それは避けるべきだ。爆弾があるなら起爆をさせて証拠を消そう。そうでないと、俺達は全員破滅だ」
「メル! お前もか!」
「ああ、そうだ」
二人の声で空気が割れた。沈黙の中で電話の呼び出し音だけが鳴り響く。
「彼らは滅茶苦茶に逃げ回っていると、お前は言ったな。Nシステムや街灯カメラにも引っかかっているだろう。逃げているつもりでも、もうどうしようもない。追っ手がついている。どう逃げたって、筒抜けだ。奴らが捕まるのも時間の問題だ。手遅れにならない内に始末する」
「勝手にしろ!」
シャフバンダルはそう言い残し、部屋から出て行った。ドアが乱暴に締められ、壁が震えた。
目線を横に凪ぐと、止まっていた回線に会話が戻り始める。
「ウノ。俺が言っていた奴ら。陳と繋がっている連中もこれで葬れる。しかし、ラヒームまで始末しないといけないとはな。少し残念だ。シャフバンダルは反対しているようだが俺は賛成だ。奴らは今直ぐ殺すべきだ」
「ああ」
僕は呼び出し音を無視して電話をした。それは車の下に取り付けられた、起爆スイッチに通じている。
アサドの作った爆弾はC4爆弾だ。車の底に取り付けられていて、自分を解放する信号を待っている。
それが爆発した時、搭乗者の魂を空高く、月の彼方まで吹き飛ばす事だろう。地上に残るのは、魂の燃えかすだけだ。
夜になってニュースが報道される。
警察が追っていた二台の車と、逃走中に事故を起こした車が爆発したと報道されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます