3 俺にギターを教えてよ

 不良くんと二人でカフェに戻るとアヤさんの姿があった。心なしか怒っているように見える。理由は簡単。俺が店を空にして出かけたからだ。


「ケイくん、どこに行っていたの? 何か大事な用事?」


 アヤさんは、俺が店に入るなり店をほったらかして出かけた理由を尋ねた。口調はやはり怒っている。

 アヤさんは俺が答える前に不良くんを見つけるとすぐさま笑顔になった。

 何人もの常連客の心をつかんで離さないアヤさんスマイル。

 客だとみなしたのか、単に俺の友だちだと思ったのかは表情からは分からなかったが「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と挨拶したところを見ると、後者なのだろう。


 不良くんは店の「外観がいい」だとか「雰囲気がいい」だとか「アヤさんは美人だ」とか「若く見える」とか、カフェのことからアヤさんのことまで調子よく褒めまくった。よくもまぁそんなにベラベラとお世辞が言えるものだと感心する。

 アヤさんもアヤさんで自分のことまで褒められて気をよくしたのか、不良くんを「若いのにしっかりしてる」だとか「センスがある」だとか言って褒めちぎった。しまいには「若い頃だったらほっておかなかった」とまで言って不良くんの金髪頭を撫でた。

 そんな二人を俺は黙って見ているしかなかった。


「……それでここにこのギターを置かせてもらいたいんですけど、ダメですか?」


 不良くんはこれまでのいきさつを簡単に説明した。


「あら、そうなの? ギターでもなんでも置いて行っていいんじゃないかしら。私の店じゃないけど。たぶん大丈夫よ。弾きたくなったらいつだって来ていいわよ。そのかわり友達とか親御さんにしっかり宣伝してちょうだいね」


 アヤさんは商売っ気たっぷりに不良くんに言った。

 この営業活動が有効かどうかは分からない。いや、おそらくは有効ではないだろう。その成果のほどはアヤさんスマイルには遠くおよばない。アヤさんスマイルは無敵の営業ツールなんだ。


「ありがとうございます。分かりました。バッチリ宣伝しておきます!」


 不良くんは見た目には似合わない爽やかな声で言った。野球部みたいな声だ。

 それにしても不良くんは最近越してきたって言ってなかったか? 誰に宣伝するつもりだろう。

 不良くんは目的を達すると俺に向かって手で『行こうぜ』と合図をした。目的地は不明だが俺もそれに無言で従う。


 店を出ると太陽はいくらか傾いていて、日差しはそれほど強くなかった。だけど湿度は高く、不快さはさっき南中に行ったときとほとんど変わらない。


 俺は夏が大嫌いだ。汗をかくのも不快だし、まとわりつくような粘っこい空気も不快だ。

 今だって店を出てほんの数分で体にはじっとりと汗をかいている。顔には汗の雫がつたっていた。


 俺の少し前を歩く不良くんを見ると、全く汗をかいていなかった。こんな暑い中でも汗ひとつかかないなんて羨ましい。

 なんとなく後ろを歩いているのが癪に思えてきて、俺は不良くんの横に並んで歩いた。少しでも不良くんに汗をかかせたくて、肩でも組んでやろうかと思ったがやめておく。


「アヤさんだっけ? おもしれぇのな。最初お前の姉ちゃんかと思ったぜ」


「うん。すごくいい人だよ。親父の幼馴染で俺のことを小さいころから知ってるんだってさ。だから確かにお姉ちゃんみたいではあるね。お母さんみたいって言ったら怒られそう」


「だな! 実際ちょっと歳の離れた姉ちゃんでも余裕で通用しそうだもんな」


 そう言って不良くんは笑った。

 やっぱり恰好に似合わないかわいい笑顔だ。笑うと一気に幼くなる。意外と女子にモテるのかも知れない。


「なんていうかよ。お前、いいやつだな」


 不良くんは急に真面目な顔になってそう言った。


「え? 急に……なに?」


 さっきまでの破天荒な行動を思うと真面目な姿が気持ち悪く感じられる。


「いや、知り合ったばっかで無理やり連れまわしたのに文句も言わねぇし、ギターも預かってくれるって言うしよ」


 不良くんは照れ臭そうに金髪の頭をかく。その拍子に二の腕のタトゥーが見えた。

 見たものを無視して不良くんに応える。


「学校に忍び込むって言ったときはビックリしたけどなんだかんだ楽しかったし、それにギターは置くだけなら俺には何も害ないじゃん。カッコイイし」


 ついさっきギターを弾いていた不良くんの姿が浮かぶ。俺は全く弾けないが、そばにあるだけでなんだか弾けるような気がしてくる。


「そうか? 俺ってこんなだし、結構嫌がるやつもいるんだよな。お前とはちゃんと友達になれそうだ。お前ケータイ持ってるか?」


「あ、うん。持ってるよ」


「じゃあさ、連絡先交換しようぜ。今、夏休みだろ? また付き合えよ」


 そう言ってまた不良くんはにっこり笑った。


 俺は『不良くん』という名前で連絡先を登録した。どういうわけか名前を訊くのを忘れてしまっていた。不良くんも特に何も言わなかった。

 不良くんの言葉通り、俺たちは友達になれる。根拠もなくそう思った。


「そうだ。今度、俺にギター教えてよ。俺もやってみたい」


「おっ? マジで? いいぜ。教えてやるよ」


 不良くんは嬉しそうに言った。

 俺も嬉しかった。

 教わる立場のくせに、絶対に不良くんよりうまくなってやろうと俺は密かに考えていた。

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