1 新入生歓迎ウィーク

 俺がケイガと知り合ってから、八か月が経とうとしていた。この春、南中を卒業した俺は、高校に進学した。


 南中に友達らしい友達はいなかった。


 別に特別避けられていたというわけではない。むしろ俺のほうが最初からみんなを遠ざけるような、そういう態度だったのかもしれない。どうせ友達になっても誰とも遊べない。

 拗ねていたのだ。


 中学最後の体育祭も俺はよく分からないまま綱引きに参加させられ、チームはあっさり負けてしまった。

 最後まで帰属意識が生まれないままだった。


 そういえば。リレーでそれまで一位を独走していた組の女子が、盛大にすっころんで、総合優勝を逃すという、まぁドラマチックというかベタというか、その女子にとっては気の毒な事件があった。

 だが、俺のクラスは元々最下位を逆の意味で独走していたから、間接的にも俺には全く関係がなかった。


 体育祭が終わって以降は、一気に受験モードになった。元々成績が悪いわけではなかったが、勉強に力を入れた。

 勉強に力を入れたのにはもう二つ理由があった。といっても、どちらも根っこの部分は共通しているから、結局は一つかもしれない。


 二つの理由というは、ミズキとケイガだった。


「春から同じ高校に行こう」とそれぞれから誘われたのだが、なんの偶然か二人が口にした高校は同じ学校だった。


 最初に誘ってきたのは、ケイガだった。

 いつものように俺の親父が営むカフェ『アナーキー』で二人してギターを弾いていると、突然なんの前触れもなく「そういえば、お前どこの高校行くの? まさか中卒でいいやってわけじゃねぇだろ?」と訊いてきた。高校に進学することは漠然と決めていたが、改めてどこの高校に行くか、と訊かれると何も考えていなかった。

 俺よりも何も考えてなさそうなケイガからこんな質問がくるとは思ってもいなかった。


「いや、特には決めてない」


 悔しかったから短く答えた。


「そうか。どこでもいいならさ、不動院ふどういんに行かねぇ?」


「不動院? いいけど、ケイガって高校行くの?」


 わざと馬鹿にしたように言う。


「あ? 行くに決まってんだろ。こう見えても俺、まぁまぁ頭良いんだぞ?」


「はい、はい。分かった、分かった。で、その不動院ってのは、どこにある高校なの?」


「そうだな……。ここからだと電車で一時間ってところか」


 長くこのあたりに住んでる俺よりも越してきたケイガの方がなぜか詳しい。


「え~!? 遠くない? あんまり遠いのは嫌だな」


 ケイガの真意は分からなかったが、素直にそう口に出す。


「まぁ、たしかに遠いのは遠いんだけどよ、そこでバンドがやりてぇなって思って。お前もバンド組みたいって最近言うようになってたじゃん?」


「確かにそうだけど、どうしてわざわざそんな遠くの高校なの? 別に近くの高校でもバンドはできるでしょ?」


「それはそうなんだけどな。不動院は軽音部にすげー力入れてるんだよ。部員数も多いらしいし、それならいいメンバー見つかりそうじゃん?」


「なるほどね。まぁ、どっちにしても俺が勝手に決めるわけにはいかないから親父に話してみてだけどね」


 その日のうちに親父に話すと「おぉ、いいぞ」とろくに詳しい話も聞かずに簡単にオーケーしてくれた。

 まぁ、予想通りだ。親父は母さんのことで頭がいっぱいなのだ。それ以外のことにあまり気が回らない。


 念のためと思って調べると不動院高校は私立の高校だった。主に学費面が心配でそのことを親父に言うとまた「大丈夫だ」と言っていた。


 それよりも驚いたのは、不動院高校が県内でもそこそこの進学校だということだ。俺はおそらく少し勉強すればいけるレベルだが、ケイガは大丈夫なんだろうかと心配になった。

 しかし、結果としてケイガはなんなく合格した。「こう見えて頭が良い」というのもウソではなかったようだ。


 ケイガに不動院に行こうと誘われた数日後、ミズキから電話があった。


「ねぇねぇ、ケイ。ケイはもう行く高校決めたの? どうせケイのことだからまだでしょ~? それならさ、不動院高校なんてどう?」


 数日前にケイガの口から出てきた高校名がミズキからも出てきて驚いた。


「おぉ、ちょうど他にもそこ行こうって誘ってきたやつがいたよ。ミズキも不動院行くつもりなのか?」


「うん。不動院高校って女子サッカー部が結構強くて。私、スポーツ推薦がもらえそうなんだ。寮に入ることになっちゃうけど、カフェは今まで通り手伝うからね。ていうか、ケイって友達いたの?」


「失礼な。ミズキだって俺の友達だろ? ちゃんと友達くらいいる」


 俺がそう言って茶化すとミズキは黙ってしまった。盛大にスベってしまったことを悟り、話題を変える。


「まぁ、うん。俺も不動院受けるつもりだよ。受かったらまた同じ学校に通えるな」


「だね。私は、推薦で入れるの決まってるけど、ケイはちゃんと受かってよ」


「分かってるって。俺が本気出したら余裕だよ」


 と、まぁこういうわけで受験までの間、俺は本腰を入れて勉強に臨んだ。その結果、見事合格できたわけだ。


 不動院高校は、それなりの進学校だ。田舎だということもあるだろうが、学校の敷地はとても広く、校門から続くポプラ並木が学校のシンボルとなっている。

 それだけではない。

『文武両道・質実剛健』をモットーに部活にも力を入れている。特に女子サッカー部は全国大会に出場することもある強豪校なのだ、とミズキが教えてくれた。

 また、文化部の活動も盛んで、特に軽音部や吹奏楽部といった音楽系の部活には例年多くの入部希望者が集うという。


 今日は、その部活説明会と新入生勧誘会が開かれる日だった。


 駅から学校までの道をだらだらと歩いていると後ろから突然背中をバシンッと叩かれた。


「よっ! なんだ、同じ電車だったんじゃねぇか」


 ケイガだった。ケイガは、中学の頃と変わらない金髪頭だった。進学校の不動院高校ではかなり目立つ。だけど、生徒の自主性を重んじるということで入学式から今日までケイガは特に何か注意をされたりはしていないらしい。


「ちょっとやめろって。ビックリするだろ?」


「今日の説明会楽しみだよな。しかも軽音部は公会堂でライブやるらしいぜ?」


 ケイガは俺の文句を無視して話しだす。


「みたいだね。ケイガは軽音部しか興味ないの? 同好会と愛好会みたいなの含めると相当いろんな部活があるみたいだよ」


「らしいな。けど、軽音部一択だろ。演奏がどんなもんかお手並み拝見だな」


 そう言うとケイガはにっこりと笑った。


 俺とケイガはJ組で同じクラスだった。

 比較的生徒数の多い不動院高校は各学年A組からL組まであった。A組とB組が特待生クラスでK組とL組がスポーツ推薦クラスだ。


植村啓うえむらけい』と『内田彗河うちだけいが』なので名前の順で並べられた席割は、俺がケイガの前の席だった。


 担任の牛丸うしまる先生が教室に入ってくるとそれまで騒がしかった教室が静かになった。

 さすが進学校。ケイガ以外、みんな真面目。俺だって真面目だ。


「はい、じゃあみんな、聞いてね~。入学式からの一週間は新入生歓迎ウィークということで、今日は部活動関係の紹介がある日だからね。このあと一度みんな体育館に集合してもらうよ。そこで各部活動・同好会・愛好会の簡単な紹介があって、そのあと、各部活動それぞれの催しがあるから、気になる催しを各自見に行くことになります。分からないこととかあれば質問受け付けるよ~」


 不動院高校では入学後一週間に渡って『新入生歓迎ウィーク』なるものを設けている。学校の様々なことを新入生に分かってもらい、学校生活に早く慣れてもらおうという趣旨だ。


 特に質問がないことを確認すると、牛丸先生は体育館までついてくるよう言った。

 ぞろぞろと教室の外に出ると、他のクラスもほぼ同じタイミングで動き出しているようだった。

 俺たちJ組は端っこの方の教室なので手前のクラスが動き出すのをしばらく待つことになりそうだ。


 ふと俺たちJ組のさらに奥にある教室の方を見るとミズキが見えた。ミズキもこちらに気が付いたようで、俺に向かって手を振っている。それをケイガが目ざとく見つけた。


「あ、ミズキちゃん! おい、ケイ。そろそろちゃんと紹介しろよ」


「あ~、まぁそのうちね」


「そのうちって、いつだよ。つかさ、K組ってことは、なに? ミズキちゃんってスポーツ推薦?」


「そうだよ。あいつ、あぁ見えてサッカーすごくうまいんだ。俺も小学校までは地元のサッカーチームで一緒にやってたんだけど、俺よりもずっとうまかったな」


「ふ~ん。お前はそんなに運動神経良くなさそうだし参考になんないけど、サッカーでうちの高校のスポーツ推薦取れるってことは相当うまいんだろうな」


 さりげなく馬鹿にされたが、無視することにする。

 スポーツ推薦のクラスも部活動紹介を見るのかと疑問に思った。もしかしたら本気でやる部活と趣味でやる愛好会みたいな掛け持ちってことがあるのかもしれない。


 そうこうしているうちにぞろぞろとうちのクラスの連中が動き出した。俺たちも流れに乗って体育館に向かう。


 体育館は、全校生徒が集まることができる規模ということもあって、かなりの大きさだった。ちょっとしたホールと言ってもいい。この体育館の他に、武道場や公会堂まであるというから驚きだ。

 正面にあるステージの上部には、大きく『新入生歓迎部活動等紹介』とかかれた横断幕がかかっていた。


「なんかスゲーな」


 ケイガの呟く声がざわついた体育館内でもはっきりと聞こえた。


「うん、俺、結構楽しみになってきたかも」


 俺もケイガも軽音部以外の部活にほとんど興味がなかったはずなのだが、どんな部活があってどんな活動をしているのか少し興味が湧いてきていた。


「はい、ではみなさん静かにしてくださいね~」


 体育館全体にアナウンスが響き渡る。それと同時にステージ上に一人の女生徒が現れた。


「え~っとぉ、一年生各クラスそろったようなので、これよりわが校伝統の『新入生歓迎部活動紹介』を始めたいと思いま~す」


 どこか間延びしたような声の主は「入学式でも挨拶したから知っていると思いますが」と前置きをしてから、生徒会長だと自らを紹介した。司会進行は、この生徒会長が務めるという。


 生徒の自主性を重んじる不動院高校では、このような催しに教員は極力関与しないのだそうだ。ついこの間まで通っていた中学校であればなにをするにも教員の指示があって、やることもすべて教員に決められていた。

 すごく新鮮だ。高校生になったんだなと変なところで実感する。


「では、時間も限られてるので、早速。トップバッター……合気道同好会!! お願いしまぁ~す!!」


 生徒会長は、元気よくそう言うとさっき出てきたばかりの袖にはけていった。

 入れ替わるように道着を着た男女数人が袖からステージ中央に駆け足でやってくる。俺たち一年生はそれを拍手で出迎えた。


 いよいよ、部活紹介が始まった。

 事前に配られたパンフレットによると、どうやらあいうえお順に登場するようなので、お目当ての軽音部は比較的早い段階でお目にかかれそうだ。

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