2 ナナカは嘘をつかない

 わたしとナナカは、数日前から同じ高校に通い始めていた。わたしがこうして当たり前のように高校に入学して、普通の学校生活を送れるのはナナカのおかげだ。


 中学最後の数か月は、ドラム教室を少し休んで、受験勉強に明け暮れた。元々成績の良かったナナカは早い段階で志望校を決めていて、それに向けて計画的に受験勉強をしていた。

 一方のわたしは特に行きたい高校もなくただ漫然と毎日を過ごしていた。


 ある時、ナナカはわたしに志望校を訊ねた。そして「決めていないなら一緒の高校に行こう」と言ってくれた。

 すごく嬉しかったけど、ナナカが目指す不動院高校は比較的偏差値の高い進学校だった。わたしの学力で合格できるかは、かなり微妙なところだった。

 ナナカは「無理はしなくていいけど」と前置きしたうえで「大丈夫、自信を持って」と言ってくれた。そして、自分の勉強をしながらわたしに勉強を教えてくれた。

 その甲斐あってか、本当にギリギリだったけど、なんとか合格することができた。


 合格発表の日は、ナナカと一緒に不動院高校まで掲示板を見に行った。

 わたしは自信なんてなかったし、自己採点だってギリギリ合格か不合格かというラインだったから、物凄く緊張した。


 自分の受験番号が掲示板に貼られているのを発見した時は、何かの間違いなんじゃないかと思った。暗記してしまっていた自分の受験番号が書かれた受験票と、掲示板を何度も見比べた。そんなことをしていると、ナナカがわたしの頭をくしゃくしゃと撫でてくれて、「ね? 言ったでしょ?」と笑った。

 ナナカはウソをつかないな、と改めて思った。


 春からナナカと同じ高校に通えると思うと嬉しくて仕方がなかった。

 自宅からは少し遠いけど、レイカさんのスタジオも家の最寄り駅と学校の最寄り駅の間の駅にあるし、学校帰りに寄るのは今までと変わらずできそうだ。


 でも、合格発表の帰り際、見たくないものを見てしまった。


 遠山とおやまさんだ。


 さっきまでわたしたちが見ていた掲示板の前で、さっきまでのわたしたちと同じように合格発表を見ていた。

 まさか遠山さんが不動院高校を受験しているとは思いもしなかった。


「ねぇ、ナナカ……あれって、遠山さん……だよね?」


 わたしは恐る恐る掲示板のある方を指さした。


「えっ? あ、本当だ。エリカも不動院受けてたんだ……」


 ナナカのスラッと背の高い身体に少し力が入るのが分かった。

 ナナカは体育祭の一件以来、遠山さんとは一言も話していないようだった。

 遠山さんだけじゃなくそれまでナナカが仲良くしていた子たちともほとんど話さなくなった。ナナカはわたしと同じようにほとんどの女子から無視され、孤立していた。

 わたしのせいなのは分かりきっていた。ナナカはあまり気にしていないようだったけど、やっぱり心が痛んだ。


「遠山さんも不動院行くつもりなのかなぁ……」


「どうだろうね。確か、エリカってああ見えて結構頭良かったはずだから。でも、あたしたちには関係ないよ」


「どうして?」


 わたしは不安でたまらなかった。


「不動院って生徒数すごく多いし、うちの中学から来る子はそんなにいないはずだよ。それに誰がいたって、あたしはエリがいてくれたらそれで十分だから」


 ナナカはそう言って優しく笑った。ナナカに言われると自然と安心できるから不思議だ。


 遠山さんとまた同じ学校に通うことになるのは、はっきり言って嫌だ。でも、それ以上にナナカと一緒に不動院高校に通いたいという思いが強かった。

 それには大きな理由がある。

 不動院高校は、軽音部がすごいらしい。すごいらしいというのは、ナナカから聞いたままの言葉だ。


 レイカさんのスタジオに一緒に通うようになってからのナナカは、とにかく音楽のことを一所懸命に勉強してベースの練習もたくさんしていた。

 ナナカの音楽の勉強には情報収集も含まれていて、主にネットを使っているようだった。その情報収集の中で不動院高校の軽音部はなにやら部員数も多く、とにかくすごいという情報を見つけたらしかった。

 元々、ナナカは不動院高校ともう一つ別の高校とで進学先を悩んでいたようだったが、その情報を目にしたことで不動院高校一本に絞ったらしい。


「不動院高校でエリと一緒にバンドをやりたい」


 ナナカは口癖のように言っていた。もちろん、わたしも同じ気持ちだ。

 それが無事に叶って嬉しかった。嬉しかったのに……。


 また少し気分が落ち込みそうになる。

 ふと、顔を上げると、金髪頭の男子とこれといった特徴のない男子の二人組が騒いでいるのが目に留まった。見たことのある二人だった。見たことはあるけど、名前は知らないし話したこともない。


「おいっ! お前ちゃんと受かったんか? 俺はバッチシだけどよ~」


 かなり大きな声だ。


「受かってたよ。しっかし、ケイガ。本当に勉強できたんだね。見た目とは大違い」


「うるせーよ」


「ケイガはさ、その頭、どうすんの? 高校でも金髪?」


「そりゃそうだろ。黒くする理由がねぇよ。ここはさ、生徒の自主性だかなんだかで校則緩いんだよ。金髪でもたぶん問題ねぇよ」


「ふ~ん。俺は金髪にする理由もない気がするけどな」


「うるせぇな。とにかくこの春から俺たち晴れて、ここの生徒だな。青春しようぜ!」


 金髪の子が言った「校則が緩いから金髪でも大丈夫」というのがすごく気になった。


「あれ? あの金髪ってさ、夏休み終わりからうちの学校に転校してきた男子じゃない? それからもう一人は喫茶店の子。うちの親がそこにハチミツを卸してるはず」


 ナナカが二人組を指さして言う。


「あの人も不動院なんだ。あの金髪すごいね」


「うん。なんか仲良さそうだし」


 そう言うとナナカはあっという間に興味を失ってしまったようだった。


「ねぇ、ナナカ。わたし高校から髪の色、元に戻そうかな。高校デビューみたいになっちゃうけど」


 わたしは恐る恐るナナカの許可を得るように言った。

 今でも油断するとこういう言い方になってしまう。それが多くの女子の反感を買っていることは自分でも分かっていた。

 春から地毛で高校に通うのは、そんな自分を変えるための一つのアイデアだ。


「いいと思うけど、なんで?」


「うん。わたし変わりたいから。さっきの人も言ってたけど、不動院は校則緩くて金髪でも大丈夫なんでしょ? わたしはあの人ほど派手な金髪じゃないし、それにやっぱり素の自分でいたい。それに、ちゃんと定期的に染めないとプリンになっちゃうのも嫌だしね」


 わたしは遠山さんを見かけて落ち込んでしまった気分を吹き飛ばすため、精一杯明るく言った。


「あ、確かに! 冬休みは油断してプリンになってたよね~」


 ナナカもわたしに合わせて明るく言う。


「じゃあ春からは、金髪碧眼美少女エリさまだね」


 目立つだろうか。少し怖いと思ったが、ここで変われなければ、この先ずっと変われない気がした。


 わたしとナナカはC組で奇跡的に同じクラスだった。遠山さんのことは入学以来、一度も見かけていない。探そうとも思わない。違う高校へ進学したのかもしれない。


 C組にはわたしたち以外に南中出身の生徒は一人もいなかった。

 そのおかげかどうかはわからないが、もうすでに何人か挨拶したり話したりできる友達ができた。中学ではあり得ないことだった。


 ブロンドの地毛に碧い瞳が珍しいのか、みんなが積極的に話しかけてくれた。そのおかげで内気なわたしでもすぐに打ち解けることができた。

 もちろんナナカのフォローもあった。


 入学式からの一週間は『新入生歓迎ウィーク』なのだという。本格的な授業は来週からで、今週はわたしたち新入生に早く学校に慣れさせるために学校主導だったり生徒主導だったりで様々な催し物が行われる。


 今日は、部活動紹介だった。

 わたしのお目当てはもちろん、軽音部だ。部員数も多く、活動も活発なのだとナナカから聞いてた。


 そこでも友達がたくさんできて、バンドが組めたらいいな。そんなことを考えていた。

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