7 ライブの音

 アナーキーまでの道中、ケイガのお母さんとはずっと音楽の話をしていた。

 最初はひょうきんで、陽気で、豪快で、少しいい加減な人だという印象を持っていたけど、どうやらそれだけの人ではないらしい。溢れる言葉の端々に音楽への情熱が感じられた。


「あんたたちのバンドはコピーしかやらないの? コピバン?」


 最初に訊かれたのはバンドのスタンスだった。


「一曲だけオリジナルがありますけど、基本的にはコピーばっかりやってました」


 俺がそう答えると「なるほど」と言って、うなずく。その目は真剣だ。救急車の中や病院でも見せなかった表情。


「一年やってオリジナル一曲は少ないね。私たちは全曲オリジナルで文化祭ライブに出たよ」


「えっ!? そうなんですか? 文化祭ライブって、十曲近く必要ですよね?」


「そうだよ。私たちは人の曲なんてやってられるかって思ってたから。もちろん、売れた曲や好きな曲をやって得るものもたくさんあるけど、私たちは自分たちの音楽を追求したかったからね」


 やっぱりプロになる人はスケールが違う。俺は一曲作るのも必死に悩んで、リサさんの手を借りて、そうまでしてやっとだった。


「すごいですね。俺たちは一曲オリジナルを作って、ほかはコピー曲をしっかり披露できる形にするので精一杯でしたよ」


「まぁ、私たちの場合は、ドラムのやつが優秀でさ。私たちが持ってきた曲の種をドラムの子が、すごくいい感じにアレンジしてくれるんだ。アレンジしかできないって謙遜してたけど、ほとんどあの子が作ってたようなもんだよ。ああいうのを天才っていうんだろうね」


「ドラムって、レイカさんですよね?」


 エリとナナカの師匠で、俺たちの音源をレコーディングしてくれたトレウラのドラマー。

 言葉にすると、また懐かしさがこみ上げる。改めてレイカさんってすごい人だったんだなと思う。


「あんた、レイカを知ってるの?」


「はい。俺たちのドラマーとベーシストがレイカさんに教わってました。音源のレコーディングもしてもらいましたよ」


「レイカに教わってるなら、間違い無いだろうね。あの子は人に教えるのも上手だから」


「そうですね。俺たちのバンドのドラマーは、エリっていうんですけど、めちゃくちゃ上手いですよ。ちょっと内気で普段は大人しいんですけど、ドラムを叩くと人が変わったみたいになって。急に頼もしくなるんです。バンド内でも圧倒的に上手くて、頭一つ抜けてました」


 エリのドラムプレーを思い出す。

 小さな体からは想像できないほどパワフルな音。今も鮮明に思い出すことができる。リズムキープも抜群で、その音にはほとんど狂いがない。


「あんたのバンドもドラムが一番か。ドラムがいいバンドは、周りが多少下手でもカッコつくからね。私もレイカのドラムには何度も助けられたよ」


 ケイガのお母さんは懐かしそうに目を瞑る。その瞼の裏には昔の光景が浮かんでいるのだろう。煌びやかで栄光に満ちた光景。


「それから、ベースのナナカ。ナナカは責任感が強くて、楽器を始めた時期は俺とあんまり変わらないんですけど、人一倍練習するんです。四年前でも十分上手かったので、あのペースで練習してたら今はきっと信じられないくらい上手くなってると思います」


 俺が知るナナカのベースは優しいベースだ。

 エリのドラムと俺やケイガのギターをつなぐ。決して派手なことはしないが、しっかりとバンドの屋台骨を支えてくれた。


「なるほど。ベースの子とドラムの子は女の子なのか」


「はい。それで、ギターは俺とケイガです。ケイガは歌も歌いますよ。ギターも上手いですし、なにより俺たちのムードメーカーです。ケイガが「できる」って言ったらなんでもできるような不思議な雰囲気を持ったやつですね」


「そりゃ、私の子だからね」


 ケイガのお母さんは思わずといった様子で嬉しそうに笑った。慌てて笑顔を引っ込め、また真剣な顔に戻る。


「あんた、本当に自分のバンドが好きなんだね。そんなに嬉しそうに語っちゃって。でも、それならなんで四年も離れることになったのさ」


 少し痛いところを突かれた。説明できないわけではないが、話すと長くなる。どう言ったもんかと考えていると、ケイガのお母さんは続けて言った。


「まぁ、話したくないこともあるよね。それは分かるから深くは訊かないよ。とにかく、あんたが今日のライブを楽しみしてるってことは分かった。それから他のメンバーもきっと楽しみにしているだろうこともね」


「そうですね。みんな同じ気持ちでいてくれたらいいんですけど……」


「大丈夫だよ。あんたたちは、そんなにヤワじゃないだろ?」


 なにも根拠なんかないはずなのに、ケイガのお母さんの言葉には妙な説得力があった。

 だから俺は安心して力強くうなずくことができた。ケイガのお母さんはそんな俺の背中をバシンと強く叩く。「気合いを入れてやる」と言って二度三度。


 背中に熱を感じながら、四年前の記憶を辿って、アナーキーへと向かう。四年経っていても案外しっかりと覚えてるもので、地図アプリに頼ることなくたどり着くことができた。

 四年ぶりに見るアナーキーは一見、大きな変化は感じられない。店内からほんのかすかに音楽が漏れ聞こえていた。BGMなどではない、生の音。ライブの音だ。


「あれ? 始まっちゃってるんじゃないの? あんたまさか遅刻?」


 確かに開演時間からかなりの時間が経っている。始まっているどころかもう終盤だ。


「始まっちゃってますね。それじゃ、俺はこっそり準備するんで、ゆっくり観て行ってください」


「なに余裕こいてるのよ。あんたも意外とというかなんというか……大したたまだね」


 褒め言葉だと受け取っておく。大物ロックスターには大遅刻のエピソードが付き物だ。


「ケイガには本当に伝えなくていいんですよね?」


 俺は念のため、最後に確認する。やっぱり二人は会ったほうがいいという思いがある。


「伝えなくていい。今は会えない。この先も会えるか分からないけど、とにかく今日はあの子のライブを観るだけにしておくよ」


 ケイガのお母さんの口調は強かった。迷いのない言葉に反論できない。無理やり会わせたところでいいこともないだろうと思って諦める。


「わかりました。それじゃあ、ライブ楽しんでいってください」


 ケイガのお母さんは、返事をする代わりに人差し指と小指を立てて小さく振った。メロイックサインだ。それに同じようにして応える。ケイガのお母さんを見送ってから少しして、俺も店内に入る。


 店内に入ってもライブの音は大きくならなかった。入ってすぐ、そこは見慣れた喫茶店だった。四年前とほとんど変わらない。

 喫茶店の奥の方にアヤさんがいて、俺を見つけるとすぐに近寄ってきた。


「ケイ!! 遅いじゃないの。何してたの? 来ないかと思ったよ。もうすぐ終わっちゃうよ。ライブハウスはここからだから」


 急かされながら案内されたのは、地下へと続く階段だった。

 俺が店に来てた頃にはなかった階段だ。その階段の先がライブハウスになっているようだ。改装には相当な金額がかかったであろうと容易に想像できる。


 アヤさんに背中を押されるようにしてライブハウスに入る。地下は二重扉になっていて開けると、爆音が耳をつんざく。


 入ってすぐに見つけたのは、ユリハ会長の姿だった。

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