5 入部希望

 軽音部の新歓ライブは大盛況のうちに幕を閉じた。


 俺もギターを始めて半年以上が経ち、そこそこ弾けるようになったと思っていた。

 ケイガは絶対に認めないが、なんならケイガにだって負けないくらい弾けると自負している。だけど各バンドとも、そんな俺の自負は自惚れだと気づかせるには十分なほどうまかった。


 特に最後のバンドは、頭一つ抜けていた。各バンドが演奏した曲が全部カバー曲だったこともあって、ほとんどの曲を知っていた。だからこそ、分かる。最後のバンドは別格にうまい。


 最後の曲では急遽一年の女子がボーカルを務めた。あの状況の中で迷いなく立候補できるなんてよほど歌に自信があったのだろう。

 実際うまかった。あの女子は南中の子だ。

 同じクラスじゃなかったし、話をしたことももちろんないけど見たことがある。比較的カワイイ子だ。


「おい、ライブやばかったな! 特に最後のバンドはうめぇよ。文化祭に来たときもあのバンドがライブしてたんだけど、そのときはボーカルもめちゃくちゃうまくてよ。言っとくが、そんときのボーカルは今日の比じゃなかったぜ」


 ケイガはかなり興奮気味に、まくしたてるように言った。

 新歓ライブから時間が経っているのにいまだに興奮が醒めないようだ。さっきから同じことを何度も言っている。頭は悪くないはずなのだが、感動を伝えるための語彙があまりないようだ。


「分かった、分かった。それ、何回目だよ」


「お前はすげーって思わなかったのか?」


 もちろんすごいともうまいとも思ったが、今のケイガのテンションにはちょっとついていけない。


「いやいや、すごかったし、うまかったと思うよ」


「だよな~? あ~、俺も早くバンド組んでライブやりてぇ~」


「それなら軽音部に入部で決まり?」


「当たり前じゃん。最後のジーアールだっけ? あれに負けねぇバンド、絶対作ろうぜ!」


「オーケー! じゃあ確か入部希望者は三年B組に来いって言ってたし、あとで行ってみようか」


「だな!」


 俺たちは迷うことなく軽音部入部を決めた。

 ケイガほどじゃないが、俺だってあんなライブを見せられたら興奮する。ジーアールのメンバーは俺と二つしか年が変わらない。飛び入りで最後に歌った子なんて同学年だ。

 彼らにできて俺にできない理由なんてないと思った。


 三年B組の教室は新新校舎の三階にある。

 不動院高校は校舎が三つあり、それぞれ『新新校舎』、『旧新校舎』、『旧校舎』と呼ばれている。一年から三年までの教室は一番大きな三階建ての新新校舎にあって、上から三年、二年、一年とそれぞれ階が割り当てられていた。


 俺とケイガはひとまず中庭に出て少し休んだ後、俺の希望でサッカーグラウンドに女子サッカー部の試合を見に行くことにした。ケイガは、俺がお願いするとあっさり承諾してくれた。


 むしろノリノリだった。さっきの感じだと今すぐにでも軽音部に行きたい、と言い出しそうだったのに意外だ。


 女子サッカー部が試合をしているグラウンドに行くためには、ケヤキ並木を抜けて一度学校の敷地の外に出なければならなかった。


「たぶん、あそこだよ。思ったより遠いね」


「まぁ、しゃーねぇよ。とにかく行ってみようぜ」


 グラウンドに近づくと、敷地のすぐ脇に大きなアパートのような建物が建っていた。入り口の門のところに『不動院高等学校 運動部女子寮』と書いてある。うちの高校の女子寮だ。

 ミズキは三月の末からここで生活している。

 強豪校ではよくあることらしいが体育推薦の生徒は正式に入学する前から部活に顔を出し、それに合わせて寮生活を始めるのだという。


 グラウンドはさすが強豪校といったところで、ちょっとしたスタジアムのようになっていた。小さいけれど、サッカーコートを囲むように客席がある。

 サッカーコートからは運動部特有の威勢のいい声が聞こえていた。新入生同士の親善試合はもうすでに始まっているようだ。

 俺たちのように女子サッカー部とは関係ない生徒もそれなりの人数が観戦に来ていた。


「お、もうやってるじゃん。お前のミズキちゃんは出てんのかな?」


「別に俺のじゃないよ」


「あれ違うの? 俺はてっきり」


「そんなんじゃないよ。ミズキはただの幼馴染で数少ない友達。──あっ、いるいる。青チームで出てるみたいだね」


 ミズキは青いビブスを着たチームで出場していた。ミズキのチームが勝っているようだ。

 俺たちが客席に着いてすぐに長いホイッスルが鳴った。前半が終了したらしい。選手たちがバラバラとコートから引きあげる。


「おい、ちょっとあっちまでいってみようぜ」


 ケイガは今選手たちが引きあげた方を指差して言った。


「行っていいのかな。あそこって部員と入部希望者しかいなそうだけど……」


「何言ってんだよ。せっかく応援に来たんだから直接声かけようぜ」


「うーん、大丈夫かな」


「大丈夫だよ。別に邪魔しようってんじゃねぇんだから」


 ケイガはサッサと降りていってしまう。こちらの気持ちはどうあれ実際、邪魔なんじゃないかと思ったが、一人で行かせるのは心配だから黙ってついていくことにした。


「なんでだよ。俺ミズキちゃんと友達なんだけど。ちょっと声かけるだけだからいいっしょ?」


 ケイガに追いつくと何やらもめているようだった。


「いやいや、こっから部外者は入ったらダメだから。試合観るなら上で見ててよ」


「そんなこと言わないでさ。ちょっとだけだからいいじゃん。な? お前もなんか言えよ」


 急に俺に話をふってくる。


「え? いや、ダメならしょうがないんじゃないの?」


 曖昧に言うことしかできない。


「何言ってんだよ。お前、ミズキちゃん紹介するって言ったろ?」


 たしかにいずれ紹介するとは言ったが今とは言ってない。


「はぁ? あんたミズキの友達なんじゃないの?」


「あ〜……これから友達になるんだよ。とにかく呼んできてよ」


「ダメだってば。話したいなら試合が終わってからにして」


 ケイガは懲りずに追いすがる。しばらく不毛な押し問答をしているとタイミング良くミズキがやってきた。


「ちょっとユキ。何やってるの? もうすぐ後半始まっちゃうよ。……あれ? ケイ? こんなところで何してるの?」


「よ、よう。ちょっと応援にだな──」


「こんにちは!! 君がミズキちゃん? 俺、こいつの友達の内田うちだケイガ。宜しくね」


 ケイガは俺とミズキの間に割り込んできてミズキに向かって右手を差し出す。ミズキは呆気に取られながらも、なんとなくで握手に応えていた。


「えっ? あ、うん。よろしく。ケイたち何してるの? 男子サッカー部ならここじゃないよ」


「え? あぁ、サッカー部には入らないよ。俺たち軽音部入るから。少し時間余ったからミズキの応援しようと思ってさ。そしたらこいつも付き合ってくれて」


「そうなんだ。ケイが軽音部って、楽器できたっけ? 歌もイマイチなのに」


 俺はギターを始めたことをミズキに言ってなかった。なんとなく恥ずかしいからだ。

 店にギターがあるのには気づいていたと思うが何も言ってこなかった。まさか俺がギターをやっているとは思いもしなかったのだろう。


「軽音部? それならエリカと一緒だ。」


 ユキと呼ばれた子が誰にともなく独り言のようにつぶやいた。


「エリカちゃんって? ユキちゃんの友達?」


 ケイガがズケズケと訊く。こういうところは本当に流石だと思う。


「え? うん。同中の友達。……あれ? そういえばあんたたちも南中生じゃん? たしか三年の夏休み終わってすぐに六組に越してきた人でしょ?」


 ユキは唐突に思い出したように言った。


「そうだけど、ひょっとして君も南中出身なの? あれ?で も南中には女子サッカー部なかったような」


「そう。だから中学では陸上部に入ってたんだ。サッカーは地元のクラブチームでやってたんだけど、どうしても不動院でやりたくて、クラブのほうはやめちゃった。まぁ、あのままクラブにいても内部昇格できたかは怪しいし、ミズキとは同じクラブで知り合ったの。同じクラスになったことはないけど友達だよ」


 ユキはこちらが訊いてもいないことをペラペラと話し出した。


「へぇ~、そうなんだ」


「うん。ってかあんたたち、軽音部入るなら絶対にエリカには嫌われないようにしなよ」


 言っている意味が良くわからなかったが、とりあえず頷いておく。


「あ、ほら!! ミズキ、後半始まるよ。行かなきゃ!!」


 コートのほうで審判らしき人が笛を吹いていた。集合しろという合図だ。


「じゃ、ケイまたね。絶対、ゴール決めるから見ててよ」


 ミズキは威勢よく言うとユキと一緒にコートの方に駆けていった。俺たちはひとまず客席に戻って観戦することにする。


 試合は後半早々にミズキが一点決めて、その後さらに青チームは二点奪った。終わってみれば青チームの圧勝だった。

 ユキはディフェンダーのようだった。サッカーが上手いかは分からなかったが、なるほど陸上部にいたからか足はかなり速かった。


 試合を見終えた俺たちは、もう一度ミズキのところに行こうとした。しかし、試合終了とほとんど同時に反省会のようなものが始まり、とても入っていける空気ではなかったのであきらめた。


 仕方なくケイガと並んで学校まで戻り、新新校舎を目指す。

「三階まで行くとかだりぃよな」と文句を言いながら向かっていると、二人の女子が階段を駆け下りてきた。一人は金髪のショートヘア、一人は黒髪でスラッと背が高かった。

 俺たちには目もくれずまさに一目散といった様子だ。


「なんだ? あれ。つか俺以外にも金髪の奴いんだな。負けてらんねーわ」


「あんな急いでどこいくんだろ」


 階段を登りきると三年B組の教室はすぐだった。教室の中は思いのほか静かで、数人の生徒がいるだけだった。

 その中に新歓ライブのトリを歌った一年の女子もいた。

 どういうわけか部長を含む二年や三年と並んで座っている。気にはなったが、ひとまずは入部の手続きをしようと思った。


「すみません、入部希望なんですけど……」


 おそるおそる声をかける。


「入部希望? オーケー。じゃあ、希望届を渡す前に注意事項とかルールの簡単な説明があるからそこに座って」


 俺もケイガも言われるがままに部長たちと向かい合うように並べられた椅子に座る。

 横柄な態度が気に触る。まるで面接だ。

 そんな俺たちにはお構いなしに部長は淡々と注意事項を話し始めた。


「まず、練習だけど、練習は三年生を優先に次が二年生。一年生は空いているときに一年生同士で話し合って順番を決めてやること」


 ケイガがピクリと動くのが分かった。


「俺たち一年はどれくらい練習できるんですか?」


「う~ん、どうだろうね。うちは部員も多いからその分バンド数も多いし、去年の一年生は三ヶ月に一回? できたっけ? それくらいじゃないかな?」


「は? それだけしか練習できないのかよ。つか、三年優先てなんだよ」


「当然だろう? 野球部なんかは一年は最初は球拾いからだ。それと一緒だよ」


「なんだよ、それ。ロックやってるのにそんなクソみたいなルールがあんのかよ」


「はき違えてもらったら困るけど、うちは軽音部だ。ロックはその一部に過ぎない」


 部長はロックという言葉に反応したように見えた。ケイガと部長の口論が熱を帯びる。

 他の先輩たちや例の一年女子は我関せずといった顔だ。


「それは屁理屈ですよね」


 俺も思わず口を挟む。


「なんとでも言ってくれ。ルールや規律が守れない生徒にうちの部に入ってもらう必要はない」


 部長はそう宣言すると腕を組んで、こちらを睨んだ。俺はケイガがどうするのかその様子を伺った。


「じゃあいいよ。こんな部入る意味ねぇわ」


 そう言って立ち上がって歩き出す。


「おい、行くぞ」


 途中で振り返ると俺にも退出するように促した。俺もケイガの考えに同感だったから黙って教室を後にした。


 新新校舎の一階まで来てようやくケイガが口を開いた。


「どうすっか。とりあえず軽音部はクソだから入んねぇけど、バンドはやりてぇし、近くのライブハウスでメンバー募集でもするか?」


 どう応えたものかと悩み、なんとなく手に持っていたパンフレットに目をやる。そこであることを思い出した。


「ねぇ、ロミ研、行ってみない?」


 ダメ元でケイガに提案してみる。


「ロミ研? あぁ、あの冴えない会長のか。う~ん、まぁダメ元、っつーか冷やかしにいってみるか。どうせ暇だしな」


 俺たちはほとんど期待せずにロミ研に向かうことにした。

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