4 グローリーロード


 部活動紹介の後、どの部の個別紹介を見学に行くか、わたしは少しだけ迷っていた。

 もちろん軽音部のライブは見たい。ナナカともそうしようと話していた。


 だけどロミ研が気になる。

 ロミ研の会長さんがステージに立つ前に流れた曲。あれはトレウラの曲だ。

 初期の頃の、まだそこまで売れていない頃の隠れた名曲。粗削りでやりたいことを全部詰め込みました、みたいなアンバランスさがあって尖ってるけどすごくカッコいい曲。

 まだナナカには聴かせてない曲だ。だからナナカはたぶんトレウラの曲だとは気が付いていないと思う。

 察しのいいナナカならもしかしたらボーカルの声で気が付いたかもしれないけど。


 当初の予定では真っ先に向かうのは軽音部だ。ナナカもそのつもりでいるし、楽しみにしている。

 軽音部と比べるとロミ研は何か怪しい得体のしれないものを感じた。それでもやっぱりトレウラのあの曲を流したということにどうしても惹かれてしまう。


「軽音部は公会堂だってさ。早速行ってみるでしょ?」


「えっ? あ、うん、行く行く」


「あ、待って。その前にあたし、トイレ」


「うん。わたしも少し行きたいから一緒に行こう」


 体育館を出てすぐのところにあるトイレはいっぱいで、列ができていた。わたしたちは校舎まで戻ってそこで用を足すことにした。

 わたしの方が先に終わったので、トイレを出たところで待つ。

 そのとき茶色い髪をなびかせて遠山とおやまさんがわたしの前を横切った。すれ違いざまにわたしの方をチラリと見て、そのまま歩いていく。


 あぁ……遠山さんも同じ高校に進学してたんだ。一気に世界が壊れるような、目の前が真っ暗になるような眩暈に襲われて、思わず壁に手をついて体をささえた。


「ちょっと!! エリ、どうしたの?」


 ナナカの声が遠くから聞こえた。実際はすぐそばにいて、わたしの身体を支えてくれていたのだけど、耳が詰まったような感覚がする。

 近くの声も音も遠く感じた。


「エリ!! しっかりしなって。何? 気分悪い? 保健室行く?」


 ナナカが心配そうにわたしを覗き込む。

 大きく息を吸い込んで深呼吸を何度かすると少し落ち着いた。耳の詰まったような感覚もなくなった。


「遠山さんが、いた……」


「エリカが? エリカも不動院来てたんだ。それで何かされたの? だから、そんな風に……」


「違うよ。少し目が合ったけど、あの様子だとわたしには気づいてなかったんじゃないかな?」


「そう? ならいいんだけど……。確かにエリ、今は金髪碧眼だもんね。気づかないかもね」


 ナナカはからかうように言った。わたしの気分を和ませようとしてくれているって分かるから全く嫌な気はしない。


「やめてよ。自分でもまだ慣れてなくて恥ずかしいんだから」


「なんで~? 似合ってるのに。……まぁ、エリカがうちの高校に来てるのはもうしょーがない。クラスも違うんだし、なるべく関わらないようにしよ」


「うん……。同じクラスじゃなくて本当に良かったよ」


 本音が漏れる。こんなこと言うのは悪い子だろうか。


「そんなことより今は、軽音部のライブでしょ? 早くしないと終わっちゃうよ」


 そんなにすぐ終わるわけないと思って時計を見ると、かなり時間が経っていた。

 そういえば人通りもほとんどなくなっている。わたしは思っているよりも長い時間ナナカを心配させていたのかもしれない。


「ほら、早く!! 行くよ!!」


 ナナカに勢いよく腕を引かれて一緒に公会堂に向かって走った。

 公会堂ではすでにライブが始まっているようだった。近づくにつれて、ドラムの音が大きくなる。わたしはドラマーだからドラムの音に敏感だけど、もちろんギターだってベースだって鳴っている。


 わたしたちが公会堂に入ると、ちょうどそれまで演奏していたバンドの最後の曲が終わったところだった。

 ギターとベースが残した余韻をドラムがバスドラとタムで締めると大きな歓声と拍手が沸き起こった。


 わたしはそれを目を瞑って聴く。小さなものだけど、それでもやっぱり曲が終わったあとの歓声と拍手はいいなと思った。

 ライブに来たんだって実感する。CDでは聴けない音だ。


 それまで演奏していたバンドが挨拶をして舞台上からいなくなると、入れ替わるようにして軽音部の部長さんが登場した。


「さぁ、次はいよいよ最後のバンドだ~。軽音部で一番の実力なんだけど、ただ、ボーカルがこの春卒業しちゃったんだ~。だから今日は、曲ごとに助っ人ボーカルを入れて演奏してくれるぞ! それではやってもらいましょう!! お待ちかね! GRこと、グローリーロード!!!」


 部長さんは、さっきの部活動紹介のときとはだいぶ雰囲気が違った。最後のバンドを元気よく紹介すると、走って舞台袖に引っ込んだ。


 ステージが空になってしばらくすると三人の男子生徒が部長さんの引っ込んだ袖から登場する。

 それぞれ、ギター、ベースそれにドラムのスティックを手に持っていた。ギターとベースにはそれぞれの立ち位置にマイクスタンドがセットされていた。それとは別に中央にも一本マイクスタンドが用意されている。

 ギターの人がおもむろにマイクを掴むと、喋り出した。


「え〜と、グローリロードです。部長から紹介があった通り、ボーカルが卒業しちゃったんで、今三人でやってます。俺たちは今年三年なんで、学校での活動は今年いっぱになっちゃうけど、ボーカル募集してます。一年でも上手い奴いたら歌ってもらいたいって思ってます。一曲目は俺が歌おうと思ってるんですけど、グリーンデイのマイノリティやります。とりあえず楽しんでいってください」


 ギターの人はやけにたどたどしく挨拶をしたあと、隣のベースの人と後ろのドラムの人とアイコンタクトをする。もしかしたらMCは卒業しちゃったというボーカルがやってたのかもしれない。

 ギターの人がカチリと足元のエフェクターを操作する。

 Green Dayの『Minority』は確か、アコースティックギターのアルペジオから始まるミドルテンポの曲だ。肩から下げているギターはエレキギターだから、エフェクターでクリーントーンにしてアコースティックギターに近い音を出すのだろうか。もしかしたらアコースティックシミュレーターを使うのかもしれない。


 ドラムのカウントの後にギターの音が鳴る。


 予想通り、ギターのアルペジオから曲が始まる。たった数小節のイントロだけど、うまいのが分かった。

 アルペジオが終わると一拍おいてドラムがなり、ギターは再度エフェクターで音色を変える。ディストーションを効かせたヘビーなサウンドだ。同時にベースも正確に的確に鳴らす。


「この人たち、うまい」


 思わず声に出ていた。爆音のせいで、隣のナナカまでは届かなかったはずだ。だけど、ナナカはわたしの耳に顔を近づけて大声で言った。


「ねぇ、この人たちうまいよね!?」


「うん。う・ま・い!!」


 ナナカの声はかろうじて聞こえたが、わたしは大声を出すのが苦手だから、なるべく大きく縦に首を振って、少し大げさに唇を動かした。


「やっぱり!?」


 ナナカはキラキラした顔でそう言うと身体でリズムを取りながら、食い入るようにステージ上の三人を見ていた。

 ライブは初めてだと言っていた。きっと抑えられないぐらい興奮しているのだろう。わたしが小学生の時に初めてライブを見た時も同じだったな、と懐かしいことを思い出した。


 三分弱の比較的短い曲。若干走り気味なのもあって、あっという間に終わってしまった。


「「わぁぁぁぁぁぁ! ジーアール! ジーアール!!」」


 一斉に歓声が沸き起こる。

 中にはバンド名の通称をコールしている子もいた。もしかしたらこの辺のライブハウスで定期的にライブをやったりしているのかもしれない。

 前のバンドのときよりも明らかに歓声が大きかった。


 ギターの人が少し照れたように手を挙げて歓声に応える。そして一息つくと舞台袖に向かって、挙げていた手をひらひらと動かした。それに応えるように舞台袖から一人の女子生徒がステージ中央に現れた。


「次の曲!! 次はこのアキナにボーカルやってもらいます! ……じゃあいくぞーー!!」


 そうしてすぐさま次の曲に入る。


 グローリーロードはそうやって曲ごとにボーカルを変えて五曲ほどカバー曲を披露した。

 ナナカは「すごいすごい」とか「やばいね」とか終始興奮気味だった。わたしも曲ごとにボーカルを変えるライブというのは初めてで新鮮だった。何よりも演奏がとてもうまい。


 次の曲も同じように舞台袖からボーカルを呼び込んで演奏を始めるものだと思っていたが、それまでとは少し様子が違った。


「じゃあ次、最後の曲。最後の曲は、今ここで見てる一年の中からボーカルやりたいってのがいたらそいつに歌ってもらおうと思ってるんだけどだれかいねぇか?」


 ライブでハイになってるのか最初よりも言葉遣いが荒い。

 それよりも気になったのが、一年生の中から次の曲のボーカルを選ぶということだ。その言葉でさっきまで熱気を帯びていた会場が一気に冷え込むのが分かった。

 みんなオーディエンスとして楽しみに来ている。


 あたりをこっそり見回してみると、みんなそばの人と顔を見合わせるようにしてキョロキョロとしていた。


 ナナカの様子を伺ってみるとナナカはまっすぐにステージを見つめていた。もしかして、ナナカ。歌うつもりなんじゃ……と思ったとき、わたしたちがいる場所からはかなり離れたところから声がした。


「うち、歌いたい!!」


 茶色く染めた肩より少し長い髪が、手を挙げるのと同時に揺れる。


 声の主は遠山さんだった。

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