3 発想の転換
すぐに感想を言葉にすることができなかった。
ケイは部室に入るなり、淡々と完成したというオリジナル曲を披露してくれた。その曲は、あの短いフレーズを元にして作ったとは思えないものだった。
言葉にならなかったのは、いい曲だと思う以上の驚きがあったからだ。
いい曲だというのは短いフレーズの段階ですでに分かっていた。みんな即断、満場一致でケイのフレーズを選んだだけのことはある。それくらい耳に残るいいフレーズだった。
あたしは当然サビでそのフレーズを使うものだと思っていた。ケイガにしたってエリにしたってきっとそう思っていたはずだ。
いや、先週みんなでオリジナル曲を考えていたときにはケイだってそのつもりでいたように思う。あんなにいいフレーズをサビで使わない手はないと、ケイ自身が言っていたのだ。
しかし、ケイが披露した曲ではそのフレーズが冒頭のメロディ、いわゆるイントロで使われていた。そのまま同じフレーズでAメロの歌メロになる構成だった。
驚いたところはそれだけではない。
演奏する速さ、bpmも元のフレーズから想定していたよりもかなり遅くなっていた。
最初にケイのフレーズを聴いたとき、あたしが思い浮かべた曲の全体像はアップテンポの比較的速いものだった。エリが時折「こんな感じはどう?」と出していたドラムのアイデアもツービートのものが多く、bpmの速いものだった。
それは、エリ自身の音楽の好みもあるのだろうが、なによりもケイが持ってきたフレーズがそれを想像させるものだったからだ。
ところが、今ケイが演奏した曲は、バラードに感じられるくらいゆっくりな曲だった。
とにかくすごくいい曲だと思った。
フレーズだけのときの何倍もカッコいい。サビで使うのが最善手だと思っていたフレーズも一度できあがったものを聴いてしまうと、もうそこ以外で使うのはありえないと思えるほどマッチしていた。
あたしと同様、他の三人も言葉を失っているようだった。
ケイが最後まで演奏し終わってから、少しの間誰も言葉を発しなかった。
最初に言葉を発したのは、そんなあたしたちに痺れを切らしたケイの方だった。
「あれ? いまいちだった? ダメならダメではっきり言ってよ?」
さっきから妙に淡々としているケイからは凄みすら感じた。三日前のあの帰り道にも感じた違和感。ケイの様子はどこかおかしい。
「ごめん、ごめん。あんまり良い曲だから。それに、フレーズだけの時と雰囲気が全然違ってビックリしちゃったよ。この曲、すごくいいよ」
最初に感想を言ったのはエリだった。
「そうだろ? 俺もさ、できたときはすげーテンション上がっちゃってさ、叫んだもんね。よっしゃーって。早くみんなに聞かせたくて、今日一日うずうずしてたよ。いや~、良かった。いや、自分では間違いなく良いって思ったんだけどさ、人の感じ方なんか分かんないじゃん? みんなに良いって言ってもらえて安心したよ。頑張ったかいがあったな」
全員に認められたと分かるとパッと表情が明るくなり、ケイは饒舌になった。
さっきまで感じた違和感が吹き飛ぶほど、ケイの言葉は熱を帯びていた。練ってきた曲が認められない不安がそうさせていただけだったのかもしれない。
「本当にお世辞抜きでカッコいい曲だよ。わたし、もっと速い曲をイメージしてたんだけど、こういうアレンジのほうが断然いいよね。それにあのフレーズ。サビじゃなくて頭に持ってきたんだね」
「そうなんだよ。発想の転換ってやつ? やってみるもんだね」
「あたしもそこ、すごく驚いた」
「だろ? 頭に持ってきたらさ、続きもスラスラ出てきたよ」
まともに曲を作ったことがないあたしは、そういうものなのかと感心するしかない。
「ケイ、お前すげーな。俺じゃきっとそんなアイデア出てこなかったぞ。正直、予想もしてなかった。これで、自由曲もなんとかなりそうだな」
「とりあえずさこの曲、イントロ以外はまだコード進行と歌メロしかできてないから、金曜日までになんとか形にしないと。コード進行教えるから、ケイガとナナカは覚えてくれ。とりあえず、今コードとルート取るだけで一回やってみる? エリ、いけそう?」
ケイのテンションはずっと高いままで、どんどんと話を進めようとする。
「うん。でも、まだ、構成とか全然覚えてないから、やりながら作っていく感じかな」
こうやってすぐにセッションができてしまうエリはやっぱりすごいなと感心する。
あたしはというと、コード進行通りのルート音を取ることはそこまで苦労せずにすぐにできると思う。でもそこに味付けをするとなると自信がない。
「ナナカ。まずは、わたしが
レイカさんに鍛えられてるだけあってエリは頼もしかった。
ケイは準備よく、コード進行と曲の構成を書いたメモを用意していた。
いつも、あたしたちの音合わせは立ってする。だけど今日はメモを見ながら弾く都合で椅子に座って弾くことになった。
エリと目線の高さが同じになると、いつもと違う新鮮な感じがした。
「じゃあ、準備いい? 植村くん、テンポこんな感じ?」
シャンシャンとハイハットが鳴る。
「おう、そんなもんかな。じゃあ、やろう」
エリが丁寧にカウントを取って、セッションが始まった。
曲の序盤は、コード進行を追うのに必死で周りの音も自分の音も聴く余裕がなかった。でも、曲が中盤に差し掛かるころには、ルート音を追うことにも慣れて曲を聴く余裕ができていた。
ケイが持ってきた曲は、比較的ゆったりとしたテンポにアレンジされ、エリのドラムはさほど手数が多くない。
ギターの刻みもケイの演奏を聴いていると、そこまで多くの手数を出してストロークしているようには聴こえなかった。
それでもメロディが印象的で、特にイントロとAメロで使われたフレーズはやはり頭に残った。サビで大きく盛り上がるタイプの曲ではないので、その点のメリハリは少し弱いように感じたが、それは楽器隊が暫定的に単調な弾き方をしているせいかもしれない。
改めて、やっぱりいい曲だった。
前に聴いたジーアールやピンキーブラックの曲にも負けていないと思った。演奏を終えるとどこか寂しいような、まだ弾き続けていたいような感覚があった。
終わるとすかさずユリハ会長が言った。
「すごくいい。私はこの曲好き。植村、タイトルと歌詞は考えてるの?」
ユリハ会長の質問にケイは頭を掻きながら答えた。
「いや、まだ全然です。この曲は俺が自分で歌いたいなって思ってるんで、レコーディングのときまでに考えてきますよ」
「おいおい、大丈夫か? お前歌詞なんか書いたことあんの?」
「ないけど、それはみんな一緒だろ? 大丈夫。何となくのイメージはできてるからさ。みんなにはそれぞれのパートのアレンジを考えてほしい」
ケイはそう言ってあたしたちを見た。
あたしはアレンジなどできるだろうか、と不安でいっぱいだった。このままでも十分にいい曲なのに、あたしが余計なことをして台無しにしてしまったんじゃ申し訳がない。
「ねぇ、ケイ。アレンジのイメージみたいなのって何かないの? 漠然としたものでもあると考えやすいと思う」
「そうだね。なんとなくでいいからイメージみたいなのくれるとやりやすいかも」
エリがあたしに同調してくれる。
「そうだな~。歌のメロディが飛びぬけてるわけじゃないし、大きく展開するわけじゃないから、ベースとドラムのリズム隊はメリハリをつけるようなイメージで頼む。ギターは……ケイガ、後で一緒に考えよう。俺は歌があるから基本はバッキング弾くことになるし、リード頼むよ」
「任せろ。お前じゃ弾けないようなギター弾いてやるよ」
軽口のように言っているが、きっとケイガは本気だ。
ケイが作ってきた曲は本当に素晴らしいと思う。あたしもエリもユリハ会長もただただ感心していた。
だけど、ケイガだけは少し違うように思えた。ケイガはあたしたち以上にケイに対するライバル意識が強い。同じ性別で同じ楽器担当だからなのか、単に男子がそういうものなのかは分からない。
何はともあれ、ある程度曲のイメージを共有できたあたしたちは、残り数日でなんとかオリジナル曲を形にしようと動き出そうとしていた。
少し躓いたりもしたが、幸先は良かった。
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