4 やっぱり女の子が歌わなきゃ
俺たちが目標としている文化祭ライブまで、残り二ヶ月もないことを知って、俺たちはかなり焦っていた。
二ヶ月を切っているというのに、俺は出演バンドの決め方を全く知らなかった。まさか希望するバンドから抽選で選ばれるとは思えない。
「ねぇ、ケイガ。ライブに出るバンドって土曜と日曜で二バンドだけなんだよね? どうやって出演するバンドを決めるの?」
「なんだ? そんなことも知らねぇのか。会長は知ってるよね?」
ケイガはユリハ会長に対してもタメ口だ。ユリハ会長も別段気にしていないのか、咎めたりはしない。
「愚問。例年通りなら、一週間前から不高祭の準備期間が始まる。その期間は午後の授業時間を文化祭や体育祭の準備に当てていいことになっている。その準備の時間中に校内放送で出演を希望するバンドの音源を流す。そして、文化祭の前日に全校生徒が投票をして、得票数一位と二位のバンドが文化祭ライブに出演する」
要は学校をあげて公開オーディションのようなことをするわけだ。そして、そのためには何か音源を作らなければならない。
どこかで録音ができるだろうか? あるいは、軽音部ならそういう機材も揃えていそうだがロミ研にはおそらく、ない。
「そういうこと。それで確か、出演希望の届け出は四月いっぱい受け付けのはずだぜ。俺が調べたところによると、例年、課題曲一曲と各バンドの好きな曲で自由曲一曲を録音して実行委員会に提出するらしい。課題曲はもう発表されてるんじゃねぇか?」
ケイガはチラリとユリハ会長を見る。ユリハ会長はそれに頷いて答えた。
「されてる。パラモアのエイント・イット・ファン。トレウラの曲じゃないのが納得いかない」
エリだけがその通りだと言わんばかりに首を縦に振っていた。
さっきまでの落ち込みから、だいぶ普段の調子を取り戻したようだ。
エリは最初の頃はどこか頼りない雰囲気があって「この子大丈夫か?」と思うことも多かった。でも数日だけど一緒に練習をしたり、雑談をしたりしてそのイメージが少しずつ変わってきている。不安定で弱そうに見えるエリには実はしっかりとした芯が一本通っている。
だからこそ、さっきの落ち込み具合は俺やケイガを過剰に心配させた。
いつもの調子を取り戻してくれて安心した。
ユリハ会長とエリのトレウラ病は無視して、俺は話を進める。
「パラモアって? 俺は知らないんだけど、みんな知ってる?」
聞いたことのないバンド名に曲名だった。
その曲が課題曲となると俺は知らない曲を短期間で仕上げて、録音しなければならないということになる。
「わたしは知ってるよ。パラモアはヘイリー・ウィリアムズっていう女性シンガーが率いるアメリカのバンドだね。語弊があるかもしれないけど、女性版グリーンデイみたいな感じかな」
さすがはエリ。知らないバンドはないんじゃないかと思えるほど知識が豊富だ。
「ていうことは、ボーカルは女か。なら歌はどうすっか。エリはドラム叩きながら歌うのキツイだろうし、ナナカ、歌えるか?」
訊かれたナナカは「ヒャッ!」と変な声を出した。明らかに動揺している。
「えっ? えっ? あたしが歌うの? 無理無理無理無理!!」
ナナカはもげるんじゃないかというくらいブンブンブンブン首を横に振っていた。全力の拒否だ。そんなに歌うのが嫌なのだろうか。
「曲も知らないし、あたし人前で、ましてやライブでなんか恥ずかしくて、歌えないよ」
「えっ? そうなの? でも、部活紹介でジーアールが一年生にボーカル募集をかけたときさ、歌おうとしてなかった? あの時、ステージを真剣に見てたみたいだから、てっきりそう思ったんだけど」
ナナカの焦りとは不釣り合いに、エリが無邪気に言った。
ジーアールのライブ。そういえば、そんなこともあったな。あのときこの二人もあの会場にいたのか。
確かあの時は、茶髪の女子が歌ったはずだ。
「そんなことしてないし、考えてもないよ。あの時はジーアールの人が使ってるベースが気になって見てただけだよ。あんなに上手い人たちに混じって、人前で歌うなんてあたしにできるわけないよ」
ここまで拒否するとなると、ナナカに頼むのは難しいだろうか。
エリに頼むのも一つの手ではあるけど、引っ込み思案のエリが引き受けるとは思えなかった。
そうすると、俺かケイガがキーを変えて歌うしかないだろう。俺はそれでも構わないと思ったが、ケイガがそれを許さなかった。
「いや、ナナカ。それでもお前が歌えよ。ナナカはさ、普段は自信満々で強気なくせに、特に音楽のことになると、自信無くしすぎなんだよ。そんなメンタルじゃ良いベースなんか弾けねぇだろ?」
ケイガの言葉は直接的で、辛辣だった。
だが、俺も薄々感じていたことだ。
もっと言い方はあっただろうが、ケイガの言ったことは俺の思っていたことでもある。正直、ナナカは自分が思ってるほど弾けてないわけでも下手くそなわけでもない。
そりゃ、ジーアールに比べたらまだまだだろうが、初めて一年も経っていないことを考えたらかなりの腕前だと思う。
「なにが? なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
「わたしもそれずっと思ってたよ。ナナカはちゃんとベース弾けてるのに、わたしやレイカさんの言うこと信じてくれないで、いつまでも自信持てないでいるよね? わたしもナナカには普段のナナカみたいに自信満々でベースを弾いてほしい。自信持って、一緒にバンドのリズムを支えてる感覚を持ってほしいよ。だから、荒療治だけど、ナナカが歌うのは、わたしもありだと思う」
険悪になりかけた雰囲気をエリが吹き飛ばした。
エリの言葉は、下手な感情を入れずに淡々としている分、真に迫るものがあった。わざとそうしたのか、普段のエリとは少し違った雰囲気だったのもあってナナカも、そして俺たちも面食らった。
エリにとってナナカは大切な友達だ。失うわけにはいかない大切な友達。それは見ていれば誰にでもわかる。だけどエリはその大切な友達に対して、言うべきことはしっかり言う。
時折見せるこういうエリの雰囲気に、俺は芯の強さを感じている。ブレない強さがある。
それはエリの叩くドラムにも現れている気がした。そのエリが自信を持って弾くことの重要性を説くと説得力がある。
これでケイガや俺だけでなくエリもナナカに対して同じようなことを思っていたことになる。
「ねぇ、ナナカ。やってみようよ。わたしがコーラスやるから。ベースボーカルってトレウラと同じだよ。ナナカはホマレみたいなベースが弾きたくてミュージックマン買ったんでしょ? それならこの際だから歌も歌って完全にホマレみたいになっちゃおうよ」
一転して、明るい声だった。強弱。緩急。エリはこういう説得ごとに案外向いているのかもしれない。
ナナカの性格を熟知しているから成せる技かもしれないが。
「でも、ただでさえベース弾くだけで足引っ張りそうなのに歌までってなったら。ちゃんとやれる自信ないよ」
「大丈夫だよ。みんな協力してくれるし、それにパラモアはやっぱ女の子が歌わなきゃ」
まだ押しが弱いのか、なかなかナナカも引き受けるとは言わない。
「そうかもしれないけど。人前で歌うなんてカラオケぐらいだし、ステージで歌うなんてあたしどうしたらいいかわからないよ?」
あと一押しといったところか。俺は余計なことを言わずに、エリに全て任せておこうと思っていた。
「それならさ、今度みんなで一度、誰かのライブ見に行ってみない? 文化祭ライブに出るならステージでの振る舞いの勉強にもなるし」
エリはナナカだけでなく俺たち全員に問いかけていた。俺は面白そうだ、と思ったので賛成する。ケイガもユリハ会長も賛成のようだった。
あとはナナカの返事だけだ。
「分かった。だけど、歌うかどうかはもう少し考えさせて。でも、ライブは見に行ってみたい。なにか当てがあるの?」
「それは……えっと、思いつきだったから……」
エリが返答に困っていると、ユリハ会長が手を挙げた。
「今日、ロミ研前会長のライブがある」
挙げた手には、予め用意していたのかチケットが五枚握られていた。
こういう展開になろうとならなかろうと、俺たちをライブに連れて行くつもりだったらしい。
この流れで、この誘いを断る奴はいなかった。
「じゃあ、そのライブ行くか。お前らみんな大丈夫だろ?」
「うん、ママに連絡すれば大丈夫だと思う」
「あたしもお母さんに連絡しておけば行けるよ」
全員が了解するとユリハ会長は嬉しそうに笑った。
「ふっふっふ。楽しみ。チケット五枚貰っておいて良かった」
こうして俺たちはロックミュージック研究会として、初めて研究っぽい活動をすることになった。
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