4 アレンジ

 部室からレイカさんのスタジオに場所を移したあたしたちは、課題曲の音源を聞いていた。


 レコーディング直後に聴いたものよりも格段に聴きやすく、良いものになっているのは素人のあたしにもはっきりと分かった。


 ミックス前のものは、ボーカルの声が聞き取りにくい部分があった。それが、歌詞をしっかり聞き取ることができるようになっている。

 自分の声を聞くのはやっぱり少し恥ずかしい。改めて聞くと下手くそな英語だ。


 それ以外にもミックス後のものは、音に広がりがあり立体的に感じられた。耳で聴いているのに空間を感じる。

 レイカさんにそのことを伝えると、定位というものを調整し、音像を適切な位置に配置したのだと教えてくれた。

 具体的にどういうことなのかはよく分からない。

 ライブの時のスピーカーやアンプの配置を表現してると思えば分かりやすいと言っていた。


 おかげで、以前に聴いた時よりもさらに各パートの音が、しっかりと聴こえ、それぞれの主張はあるのにぶつかり合わない綺麗な音源となっていた。


「前聴いたときより断然いい。さすがはレイカ……さん」


 ユリハ会長は慌てて『さん』を付ける。

 ユリハ会長はいつも本人のいないところでは、『レイカ』と呼び捨てにしている。当たり前だ。あたしだって好きな俳優やアイドルのことは呼び捨てだ。


「とりあえず、エイントイットファンの方はこれで終わりだね。次はオリジナルをやるんだろ? ちゃんと出来上がるの? 先週はワンフレーズだけだったみたいだけど」


 レイカさんは心配そうに言った。


「大丈夫です。俺、この土日でしっかり作ってきましたから。あとはみんなでアレンジを考えるだけです。あ、歌詞もか」


 ケイは部室での上機嫌な様子そのままにレイカさんにも胸を張って言う。

 オリジナル曲ができて、それがみんなに認められたことでケイにとっては大きな自信になったのだろう。


「それは良かった。それじゃ、今日はここを好きなだけ使っていいからね。みんなで思う存分編曲しな」


 聴かせてくれとは言わないのだな、と思ったけど、あたしたち素人の曲にはそこまで興味がないのかもしれない。


「レイカさん。ドラムのアレンジなんだけど、オリジナルってやったことなくて、どうすればいいか分からないことだらけなんだけど。ねぇ、少し手伝ってよぉ~」


 エリが甘えるように言った。


「何言ってるの。あんたたちのオリジナルでしょ? ミックスとかレコーディングは手伝うけど、創作段階で何か口出しをするつもりはないよ」


「う~、口出しじゃなくってさ、ヒントだけでいいんだよぉ〜。お願い! レイカさんはトレウラの曲にドラム付けるときってどうやってたの?」


 エリの言葉にユリハ会長が真っ先に目を輝かせる。それを見てレイカさんは苦笑いをこぼした。


「まったくしょうがないな。私の場合は、だからあんたにも当てはまるか分からないよ?」


 エリとユリハ会長は、見事なシンクロ具合で頷いていた。

 なんだかんだ言ってレイカさんはエリに甘い。エリはエリで人にそうさせる不思議な雰囲気を持っていた。それが時に目立つ女子からは疎まれてしまうのだろう。


「私の場合は、まずバスドラを意識して組み立てる、かな。バスドラである程度のノリを決めたら、ハットを乗せて最後にスネアを打ってみて、基本のビートの完成。あとはそこにフィルインとかイントネーション加えるんだけど……。うん、口ではうまく説明できないな。当たり前のことしか言ってないし」


「本当だよ。それが難しいから聞いてるのに……」


 エリは露骨に不満そうだった。ユリハ会長の満足そうな顔とは対照的だ。


「でもさ、私は感覚派だし。アカネ、あんたも私と同じタイプのドラマーだと思うよ。だから自分が叩いてて一番気持ちいいビートで叩いて、フィルもオカズもあんたの感覚でやってみな。それがきっと一番曲にあったドラムになると思うよ」


「そうかなぁ。まぁ、レイカさんが言うなら……」


 エリの中のレイカさんへの絶対的な信頼が揺らぐことはない。だから、エリはレイカさんの言う通りにする。


「とりあえずさ、各自アレンジを考えてみよう。ケイガ、お前は俺と一緒な」


「分かった。じゃあ、今から一時間使ってやってみようか。エリは、あたしに付き合ってね」


 あたしたちはリズム隊チームとギターチームに分かれてアレンジを考えることにした。

 ドラムセットを挟んでエリと向かい合うと他のバンドのカバー曲をやっているときにはない緊張感があった。


「とりあえず、何から始めればいいんだろう……」


 いざ始めるとなると急に今まで以上に大きな不安が襲ってきた。何しろオリジナルなんか作ったことがない。


「う~ん、じゃあさ、Aメロ部分をループでそれぞれ思い思いに演奏してみようか」


「分かった。じゃあカウントちょうだい」


 エリのリードで何度も何度も演奏してみた。だけど、あたしはルート音以外の音を鳴らすことができなかった。

 エリの方は、叩くたびに違うパターンを鳴らしていた。でも、どれもしっくりくるものではないらしく、終わるたびに首をかしげていた。


「おかしいな……。イメージどおりにいかないや……」


 エリが呟く。

 きっとあたしのせいだろうと思った。音を鳴らすタイミングはエリに合わせて変えていた。けれど、音程はずっとルート音だけの一本調子だった。


「ごめんね。あたしルート音以外鳴らせない……。だから単調すぎてエリも思うようにいかないんじゃない?」


「えっ? そんなことないよ。むしろドラムが定まらないから、ベースも定めようがないんだと思うし……」


 気まずい空気が流れた。あっという間に一時間が過ぎてしまう。

 男子チームの様子を見ると、表情、声の調子から順調に進んでいるように見えた。そのすぐそばでユリハ会長がレイカさんと何やら楽しそうに話している。


 あたしとエリだけ重いモヤモヤしたものに包まれていた。

 エリの表情も硬い。


「おう、そろそろ時間だけど、そっちどうよ」


 ケイガはそんなあたしたちにお構いなく、こちらにやってくる。


「うん、なかなかうまくいかなくて……。そっちは?」


 何事もないように言う。精一杯の虚勢だ。


「俺らはもう完璧よ。だから一回そっちと合わせてみようってケイと話してたとこなんだけどよ」


「そうそう。一回合わせてみようぜ」


 ケイガに遅れてケイがやってきた。


「うん……。でもあたしたちホントにうまく作れなくって……。特にベースはほとんど全然できてないよ」


「おい、マジかよ。レコーディングもうすぐなんだぞ? お前ら大丈夫か?」


 ケイガの語気が少し強くなる。


「ごめんね。わたしのせい。うまくドラム決められなくて……。わたしが決まらないとナナカも決めようがないから……」


 それは違うと言いかけたが、それよりも早くケイガが反発した。


「そんなんどっちでもいいことだろ。時間ないのに何やってんだよ。本当に金曜日に間に合うのか?」


 決していじわるで言っているわけではないのは分かっている。ケイガも焦っているのだ。あたしたちに残された時間は少ない。逆の立場なら同じことをケイガやケイに対して言っていたかもしれない。

 迷惑をかけている自覚はあった。


「まぁまぁ。一時間で完成するなんて思ってないし、それにギターは俺がある程度考えてきてたんだからすぐにできて当然だろ? 俺がベースもドラムも考えられたらいいんだけど……。金曜までにできてればいいからさ。とりあえず、俺らの方は土台がほぼできたし、二人は適当でいいから合わせてみない? ギターと合わせたらアイデアが浮かぶって可能性もあるじゃん」


 ケイはいつになく優しかった。

 土日を挟んで別人になったようだった。


「まぁ、言われてみればそうだな。言い過ぎた、すまん。とりあえず、ケイの言う通り一回やってみようぜ」


 あたしとエリは申し訳ない気持ちで二人の言う通りにするしかなかった。

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