9曲目 Four Years Later

Break 6

 文化祭ライブのあと間も無くして、ケイはひっそりと姿を消した。誰にも行き先を告げず、誰にも理由を告げず、突然に。


 思えば、俺たちは自分のことで精一杯だった。だからケイの変化に気づくことができなかった。

 しっかりケイを見ていれば、気がつくことができたのかもしれない。そんな予兆は確かにあった。


 初めてレイカさんのスタジオでレコーディングをした日。ケイの様子はおかしかった。

 ナナカはそれに気がついていたようだが、俺は気がつかなかった。

 心配したナナカが、わけを尋ねると「大丈夫。オリジナル曲のことを考えていた」とはぐらかされたらしい。ナナカもそれ以上のことは追求せずに「何かあれば相談に乗る」と言うのにとどめていた。


 そして、夏フェスの日。あの日もケイの様子はおかしかった。

 ナナカをバンドに引き戻すという大きな目的があったとはいえ、夏フェス自体は存分に楽しんでいたように思う。

 けれど、エリだけが、ケイの異常に気がついていた。ただ、そのエリも何か確かな根拠があったわけではなく、それを指摘し、寄り添うまでには至らなかった。


 さらに、母さんの手紙を見つけたあの日。ケイはなぜあんなところにいたのだろう。

 ケイがやってきた方向の先には総合病院がある。どうして俺はあのときそのことに気がつかなかったのだろう。ケイの母親が病気で長いこと入院しているって知っていたのに。そのこととケイが総合病院の方角からやってきたこととが結びつかなかった。


 ケイがいなくなっても、俺たちは変わらず『ロックミュージック研究会』の活動を続けた。

 俺たちはケイの望みどおり、ケイをロックミュージック研究会の会長に据えた。休校中のやつが会長職なんて認められるのか大いに疑問だったが、思っていたよりすんなり受け入れられた。

 ケイは「自分に何かあっても会長職を外さないでくれ」と言っていた。あの時は何を言ってるのか分からなかったが、今となっては合点がいく。


 ケイは、誰にも行き先を告げず、誰にも理由を告げずにいなくなった。けれど、何も残さなかったわけではない。

『Four Years Later』。ケイはこの曲を残していった。全英語詞の曲。


 ケイがいなくなってからしばらくして、ユリハ会長が「しっかり訳してみよう」と言い出した。俺たちはユリハ会長に言われたとおり、英語の歌詞を丁寧に日本語に訳していった。


『また必ず会えると信じて、俺は今日この歌を歌う。

 一年経っても、二年経っても、戻らないかもしれない。

 けれど、俺のことを信じてくれ。

 必ず戻るから。

 三年経つ頃には諦めてるかもしれない。

 けれど、俺のことを信じてくれ。

 必ず戻るから。

 四年後。ともに祭を楽しんだあの日。

 四年後。ともに祭を楽しんだこの街。

 必ず戻ると約束するよ。

 また必ず会えると信じて、お前は今日この歌を歌っていてくれ』


 あの日のライブも、今日のライブも、最後を飾るのはケイの作ったこの曲だ。

 ケイと俺たちの約束の歌。


 ケイは約束どおり、必ず現れる。

 俺たちはケイを信じている。

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