3 焦り
あっという間に一週間が過ぎていた。
練習がいつもより少し早めに切り上げられるようになったこと以外で、ロミ研の活動に特別な変化はな。少し早めに切り上げらようになったのは、もちろん作曲の時間に充てるためだ。
元々俺たちはお互いにライバル心を剥き出しにするようなバンドではない。どちらかと言えば仲の良い、馴れ合いバンドだ。和気藹々とした雰囲気をたまに不満を思うことがある。
俺の持つカッコいいバンドのイメージは、もっと殺伐としている。
俺たちはケイの提案があったからといって、お互いに変に意識しあうことはなかった。
エリに至っては、発表前なのに「このフレーズにこんな感じでドラム合わせてみようかと思うんだけど、どうかな?」なんて誰彼構わず意見を求める始末だ。
それに対してナナカも「う~ん、気持ちは分かるけどドラムだけ浮いちゃってる気がする」と真剣にアドバイスをしていた。エリの曲が少しでもよくなるように。
それを悪いことだとは思っていない。
多少の不満はあるものの、なんだかんだでむしろ良いことだと思っている。
ケイが提案した『みんなで一曲ずつオリジナルを持ち寄ろう』というのは、なにもバンド内で競争を煽って、メンバー間で優劣をつけようという趣旨のものではない。ケイから直接言われたわけではないが、オリジナルを作ることで一人一人のレベルアップだったり、人に聴かせる意識を養うことだったり、バンド全体の能力の底上げを狙っているのだと俺は勝手に解釈している。
エリのように、オリジナル曲をぶつけ合うはずのライバルに意見を求めることもそれでエリのスキルが向上するならバンドのレベルアップにつながる。全くおかしなことではない。趣旨から考えれば、むしろウェルカムだ。
ただ、そうなると俺にとっては手放しで喜べるイベントではなくなってしまう。
優劣をつけるのが目的なら「はいはい、負けました負けました」と開き直って降参すれば良いが、バンド全体のレベルアップが目的ならそれが通用しない。
俺も何かしらのレベルアップをしなければならない。
果たして、そもそも俺はバンドを組んでからのこの一年で少しでもレベルアップをしたのだろうか。
客観的な判断が必要なことだろうが、俺自身がそれを全く感じていない。
劣化したとまでは思わない。そもそも劣化するほど、何かが優れていたわけでもない。
家にいるときは、何か良いアイデアを捻り出そうとギターに触る。しかし、都合よくカッコいい曲なんか生まれるわけがない。
ここはプライドを捨てて、あいつらに意見を求めてみるしかないか……。いや、でも……。などと、もたもたしているうちに一週間が過ぎてしまった。
結局のところ、何もせずに過ごしてしまっていた。
もういい加減、カッコつけている場合ではないのかもしれない。俺が足を引っ張るなんてのはゴメンだ。あってはならない。
今日こそはカッコつけないで、あいつらの力を借りようと決心してロミ研の部室に向かった。
部室に入るとケイ以外のメンバーがそれぞれ思い思いに過ごしていた。
ユリハ会長は読書。
ナナカはベースをアンプラグドで鳴らしている。
エリは、何かをノートに書いているようだった。
「おう! ケイは?」
「今日は来られないってさっき言ってたよ」
俺の問いかけに答えたのはナナカだった。
ケイは来ないのか。そんなこと言ってなかったが、何か急用だろうか。
最近ケイは部室に来ないことが多い。
「なんで? 俺、聞いてねぇよ」
「さぁ。なんか用事ができたとか言ってたけど、詳しいことまでは聞いてない。「俺抜きで音合わせしててくれ」って言ってた」
「ふぅ〜ん。最近多いよな」
「うん。ケイも色々あるんでしょ。何? ケイがいないと寂しいの?」
「うるせーよ。つかよ、ケイがいないんじゃあちょっと物足りないけど、せっかくだから三人で音出す?」
いきなり「曲作りのアドバイスをくれ」とは言えなかった。
「ごめん、そうしたいところなんだけど、今日はあたしもエリも少し早めにレイカさんのところに行こうと思って。もうそろそろ出ようと思ってたところなんだよね」
そう言えば、今日は金曜日なのだと二人の予定を聞いて思い出す。
「あ、そうなの? ならしゃーねぇな。うん、じゃあ俺も適当なタイミングで帰るわ」
なんとなく一緒に帰るのは気が引けて、特に用もないくせに部室に残ることにした。
ユリハ会長は何も言わず、相変わらず何やら分厚い本を読んでいる。背表紙には『不動院高校史』と書かれていた。
「うん、分かった。じゃあ、また来週ね」
ナナカはそう言うとサッサと帰り支度をして、エリと一緒に出て行ってしまった。
部室の隅のユリハ会長をチラリと盗み見る。偶然なのかなんなのか、ユリハ会長もこちらを見ていた。
反射的に目を逸らしてしまう。
もう一度、ユリハ会長の方を見ると変わらずこちらを見ていた。
さっきまで読んでいた本は開いたまま、膝の上に伏せ置かれていた。
ユリハ会長はジッと何も言わずにこちらを見つめている。俺は堪らず再度目を逸らしてしまった。
ユリハ会長は時々、こちらの全てを見透かすような目をすることがある。
今がまさにそうだ。そんなとき俺は、まともにユリハ会長を見ていられなくなる。
「なんだよ。本、読まねぇの?」
動揺を悟られないようにぶっきらぼうに言う。
「読む。けど、内田。本当は言いたいことがあったんじゃない?」
表情や声音からは、ユリハ会長が何を考えているか分からない。
悪さがバレた子供のような気分だ。まぁ、母さんは物心がついた時から留守がちで家にほとんどいなかったからそんな気分を実際に味わったことはないが。
「言いたいことってなんだよ」
「さぁ、分からない。でも、ここ最近、何か悩んでいる。今日は何かを決意してきた。だから、何かあると思っただけ。ないならいい」
この人は本当に周りの人をよく見ている。そして、その観察眼は鋭い。
きっとこの一週間ほどの俺の様子を見ていてそう思ったのだろう。俺にはどうしようもなくその自覚がある。
もう何度も自分に言い聞かせたことをもう一度繰り返す。
『カッコつけてる場合じゃない』
「いや……うん。正解。その何かってやつ、あるよ。本当はロミ研の全員に聞いてもらおうと思ってたんだけど、そう言う日に限ってみんないねぇでやんの。ユリハ会長だけでも……聞いてくれない?」
「内田に話す気があるのなら、私はいつでもどんなことでも聞く」
断られるわけはないと無意識に思っていた。
「あのさ、オリジナルがうまく作れねぇんだ。エリもナナカも調子良さそうだけど、俺は微塵もできてねぇ。できる気もしねぇ。それで、みんなに何かアドバイスをもらえねぇかなと思って……」
情けないが、語尾に向かって段々と弱々しくなってしまう。
しかも、出てきた言葉はこの後に及んで自分の体裁を保つために取り繕ったものだった。本当に言いたいことはそんなことじゃない。
俺の言葉を最後まで聞いたユリハ会長はしばらく黙っていた。何か考え事をしているように視線が空中をフワフワと漂う。
焦れったいが、我慢してユリハ会長の返事を待つ。
しばらく経って、フワフワと漂っていた視線が俺の方に戻って来てそのまま止まった。
「なるほど。作曲には向き不向きがある。できないのなら仕方ない」
しばらく待たされた割にはアッサリと、しかもかなり冷たい返事だった。頭に血がのぼるのが分かる。
「なんだよ、それ!! じゃあ、どうしようもねぇってのか?」
思わず大きな声を出してしまったが、ユリハ会長は動じた様子を見せなかった。
「そうじゃない。でも、できないものを無理にできるようにすることはない」
「他の三人はしっかりレベルアップしてんのに俺だけおいてけぼりで足引っ張ってんのは分かってんだよ」
「本質はそこ。内田の悩みはバンド内での立ち位置。何か貢献することで居場所を守りたいだけ。存在価値がほしいだけ。作曲ができないことじゃない。私から言えるのは、作曲することだけが貢献じゃないってこと」
そんなことは自分で嫌という程、分かっている。
でも、楽器の腕は最初からエリに敵わないし、ナナカみたいな責任感やリーダーシップもない。その上、俺だけ曲もろくに作れないなんてことになったら完全にお荷物だ。バンドにいなくても構わない存在だ。
「内田、トレウラの作曲は誰がしてたか知ってる? 楽器が一番うまかったのは?」
思いもよらない角度からの質問に戸惑う。
トレウラのことはなるべく知らないようにしてきた。
ふるふると無言で首を横に振るとユリハ会長は頷いて続けた。
「クレジットでは、作詞も作曲も『トレウラ』ってなってる。だけど、実際に曲の大半を作ってたのはベースのホマレ。楽器が一番うまかったのは、ドラムのレイカ」
それがどうしたというのか。ユリハ会長の言いたいことが分からない。
「でも、一番人気があってトレウラのカリスマ、トレウラの軸、トレウラそのものとまで言われていたのはギターのカホ。なんでだか分かる?」
「さぁ。そんなの知らねぇよ。要領だけ良くて調子のいい奴だったんじゃねぇの?」
俺のぶっきらぼうな返事にユリハ会長は苦笑いをした。
「内田が言うならそうなのかも。でも、それだけが理由じゃない。私は内田にはカホと同じことができるんじゃないかと思ってる」
「同じことってなんだよ。つか、なんでそんなことが言い切れるんだよ」
トレウラの名前を出されると興奮してしまう。
自分を抑えることができない。だが、次のユリハ会長の言葉で俺は我に返る。
「それは、内田がカホの息子だから」
ユリハ会長はいつも通り冷静に、だけど力強く言い切った。
なぜユリハ会長が知っているのだろう。
頭の中を様々な思いが駆け巡る。もうさっきまでの興奮を忘れてしまっていた。
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