7 Ain't it fun

 ライブハウスに戻ると、明らかに熱気が増していた。人も増えている。

 

 入口の重い扉を開くと、爆音が鼓膜を激しく震わせた。公会堂で行われた新歓ライブとは比較にならない音圧に、息を飲む。

 ケイガもナナカも目を丸くして驚いていた。

 俺たちとは対照的にエリとユリハ会長は慣れているようだった。自宅にでも入るかのごとく、俺たち五人の先陣をきって涼しい顔で中に入っていく。


 中に入ってすぐに、爆音を響かせていた演奏が終わった。どうやら最後の曲だったらしく、退場を惜しむ声と拍手が長いこと続いていた。

 拍手がひと段落すると数人がライブハウスを後にしたが、ほとんどの客はそのまま残っていた。


「これじゃあ、あんまり前の方には行けないね」


 エリが残念そうに言った。

 俺は初めて来るライブハウスの雰囲気に圧倒されていて、あまり前の方で見ようという気にはなれなかった。ところが、エリとユリハ会長はさっきまでの涼しい顔がなりを潜め、目をギラギラさせながら最前列に行く方法を伺っている。ハッキリ戦闘態勢だと分かった。


「そ、そんなに前まで行かなくてもここからでも見えるし、ここで良いんじゃない?」


 ナナカが珍しく遠慮がちに言う。ナナカも俺と同じく少し怖気づいているようだ。


「う〜ん……でも、せっかくだから前の方で見たいな〜」


「やっぱライブは前で見ねぇとだよな。エリ。お前分かってんじゃねぇか」


 突然ケイガが大きな声を出す。

 さっきまでの爆音で耳がバカになっているのだろうか。それとも強がりを言っているせいで、自分の声のボリューム調整を間違えたか。


「ふっふっふ……。分かった。ここは私に任せて。みんな付いてきて」


 不敵な笑いとともに、ユリハ会長はみんなの顔を眺めてからそう言った。

 言うのとほとんど同時にステージの方に突っ込んでいく。どんどん人をかき分け、ユリハ会長が通った後には轍のような小さな空間ができていた。その空間はボーッとしているとすぐに人で埋まってしまいそうだった。

 俺たちは慌ててユリハ会長が作った轍を進んでいく。


「みんな来れた? エリは心配ない。他の三人。ライブ慣れしてないから少し心配」


 ケロリとした表情のユリハ会長は、いつも以上に頼もしかった。

 俺とナナカは、もう周りの人にどやされるんじゃないかとビクビクしながら小さなユリハ会長の後ろに隠れるようにして立っていた。

 俺の隣のケイガは表面上、平気な顔をしていたがユリハ会長にはライブ慣れしていないことをしっかり見抜かれていた。


「結局一番前まで来ちゃった。大丈夫なのかな? てか、入り口でドリンク券貰ったのに飲み物貰ってきてないよ」


 俺たちは入場するときに入り口でドリンク代を含むチケット代を受け付けに支払っていた。


「大丈夫。私が貰ってくる。みんな何がいい?」


 ユリハ会長が今度も私に任せろとばかりに胸を叩く。


「えっ? 流石にここでライブ観ながら飲み物は飲めませんよ。終わったら帰りがけに貰えばよくないですか?」


 エリが冷静に指摘する。

 確かにその通りだ。いつもならナナカや俺が指摘する場面なのだが、やはり慣れない場所の慣れない状況で少し気が動転している。


「そうか。それならここでおとなしく始まるのを待とう」


 不意に客席側の照明が落とされた。

 すると、一気に歓声が沸き起こり、人の波がグッとステージに押し寄せる。俺は後ろからくる人の波に押され、うめき声をあげた。

 ライブってこんなに苦しいのか。


 周りを見てみる。ナナカとケイガは俺と同様に苦悶の表情を浮かべていたが、エリとユリハ会長は上手に圧力を躱しながら涼しい顔でステージを見つめていた。


 少し間を空けて、ステージ上に四人の男女が現れた。真ん中にはリサさんが立っている。

 さっきまで喫茶店で話していた人とは別人のように引き締まった顔をしていた。平たい言い方だけど、これがオーラってやつかと納得できるほどリサさんの放つ雰囲気は圧倒的だった。

 ほかのメンバーが霞んで見えなくなるような錯覚。まだ、一言も発していないのにこの人はすごいと分かる。


 リサさんが右腕を天井に向けて突き上げると、ギター、ベース、ドラムが一斉に音を鳴らす。そして、その右腕を勢いよく下ろすのに合わせて音を切った。


 一層大きな歓声が上がる。


「お待たせぇぇ〜!! それではピンブラ、いきます!!」


 リサさんが大声で叫ぶと同時にドラムのカウントが鳴った。

 ギターが印象的なリフを鳴らし、ドラムがバスドラとスネアでリズムを支える。数小節後、ベースがフィルインしてくる。


 Paramoreの『Ain't it fun』だった。


 どの楽器もとてつもなくうまい。

 ドラムとベースが作るビートとグルーブには安定感があってフラフラしたところが一切ない。

 ギターはシャープでそれでいてパワフル。ドラムとベースにしっかりと乗っかってリードするようにフレーズを奏でていた。

 三つの楽器が一つの生き物のような一体感だった。


 リサさんは歌い出す時、俺たちの方を見てウインクをしたように見えた。きっと、さっき喫茶店で急遽セットリストに加えたと言っていた曲の一つがこれなのだろう。


 リサさんの歌は、まさに圧巻だった。


 出だしの囁くような声から一転して、サビでは力強く伸びやかに歌う。

 ネイティブかどうかまでは分からないが、英語の発音もかなりしっかりしているように思えた。


 全身に立つ鳥肌を抑えることができなかった。ザワザワとリサさんの歌の抑揚に合わせるようにして全身の毛穴が開く。

 エリとユリハ会長は身体を揺らして音楽に乗っていた。

 ケイガは首をコクリコクリと振り、右足でリズムを取っている。

 暗くてよく見えなかったが、ナナカは涙を流しているようだった。


 リサさんの歌う『Ain't it fun』はさっきロミ研の部室で聴いたオリジナルとは雰囲気がまるで違って聞こえた。かなりのアレンジを加えているようだ。


 リサさんは力強く、そして美しく歌い上げるとそのまま次の曲に入った。次の曲は俺の知らない曲だったが、周りにいた客は『Ain't it fun』の時よりも盛り上がっていた。

 ファンの間で人気のオリジナル曲なのかもしれない。跳ねるようなツービートでテンポの速いパンク色の強い曲だった。


 二曲目を歌い終えるとステージがパッと明るくなった。


「みんなありがと〜〜うっ! 久々のライブ楽しんでいってね〜。今日は訳あって急遽一曲目にパラモアのカバーを持ってきました。エイントイットファンって曲で、難しい状況だったり辛い時でも世界は変わらず動いてて、そんな中で生きていく残念な自分も受け入れて楽しもうよって曲ね。英語苦手だから意味合ってるか分からないけど、たぶん合ってる。今日はこの曲を届けたい子がいて、だからメンバーには無理言ってセトリに加えてもらいました。この曲知らない人いたらごめんね。もう一曲最後に急遽セトリに入れたカバー曲やるからお楽しみに~~!」


 そこでリサさんが一呼吸置くと観客が「うおおぉぉおぉぉっ」と歓声を上げた。「知らないけどいい曲だった~」とか「楽しみにしてる~」とステージに一所懸命声をかける。


 ただ棒立ちで観ているのはもったいない気がした。だから俺も他の観客に交じって、最初は控えめに、そして気がつくと大声で叫んでいた。


 俺のすぐ前に立っていたユリハ会長がこちらを振り返って、見たことないくらい優しく笑った。仲間を見つけたという顔。

 ユリハ会長は別にこの会場の主っていうわけじゃないのにその笑顔で、俺はこの会場に受け入れられたんだと感じた。


「それじゃあ、持ち時間もそこまでないからどんどんいっちゃうよ~!」


 ステージ上のリサさんはそう言うと、後ろと脇に従えた楽器隊を見回し一度頷いて合図を送る。

 すかさずドラムのカウントが鳴り、次の曲が始まった。

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