4曲目 Ain't it fun

MC 1

 三度目の歓声と拍手が俺たちを包む。


 隣のナナカを見ると全く緊張なんて感じさせない飄々とした顔をしていた。ストローでペットボトルから水を飲んでいる。


 後ろのエリはまた目を瞑って、余韻に浸っていた。目を開けると俺と目があって、ニコリと笑った。その目が「上手くいってるね」と言っている気がした。


 ここまでの三曲は俺がボーカル、ナナカがコーラスを担当していた。次の曲は、ナナカがメインボーカルを務める。

 ナナカはもうあの頃のナナカではない。俺たちがバンドを結成した頃のナナカは、楽器の腕と歌のセンスをやたら気にしていた。


 エリが頭一つ抜けていただけで、俺たち三人の実力はそこまで差があったわけではないと思う。あの頃、ナナカがメインボーカルを務めるまでは一悶着あった。

 でも今は違う。とても頼りになるうちの自慢のベーシストでボーカリストだ。


 セットリストでは次の曲の前にMCを入れる予定だった。


「よっしゃーーっ! お前ら暴れたい奴は遠慮しねぇでちゃんと暴れろよ!!」


 俺は拳を突き上げて、いつも以上に客を煽る。


「「うぉぉぉぉぉぉー!」」と男どもの声が俺の煽りに応えた。


「一曲目、二曲目がセックス・ピストルズのカバーでアナーキー イン ザ ユーケーとゴッド セイブ ザ クイーン。三曲目がグリーンデイのカバー、マイノリティ」


 ナナカが淡々と曲紹介をする。

 今度は女の声でナナカの名前を呼ぶ声と歓声が飛ぶ。背の高いナナカは女のファンが多かった。

 一方で男からの人気を集めているのはドラムのエリだ。

 俺? 俺のことはまぁ、ほっといてくれ。


 気を取り直してMCを続けようと思う。


「今日は、このライブハウスのこけら落としって事で、そんな日にワンマンライブをやらせてくれたオーナーには感謝がつきません。今日は、俺たち三人にとって特別な日なんです。俺たち、普段はオリジナルをメインに活動してるんだけど、今日は訳あってカバーがメインのセットリストになってます」


 一呼吸おいて、さらに続ける。


「オリジナルを聴きたくて今日来てくれた奴はごめん。今日はオリジナル一曲しかやらないわ」


「えぇ〜!!」という非難の声を「別にいいよ〜!!」という肯定の声がかき消す。声がやんでから続きを話す。


「まぁ、何をやるかは予想しておいてくれよ。今の三曲は俺がメインで歌ったけど、次はナナカがメインで歌うから」


 すかさず黄色い歓声が響く。ナナカが少し照れ臭そうに手を挙げると歓声が一層大きくなる。


「それで、次からまた何曲か続けてやるからみんなちゃんとぉ……ついてこいよーー!!?」


 煽ると客はノリよく声を上げてくれた。

 今日の客はかなりノリがいい。俺も気持ちがいい。

 ナナカは隣で拳を挙げていた。

 エリは小さな身体を精一杯伸ばし、さらにスティックを使ってバンザイの姿勢を取っていた。


 歓声が落ち着いたところで次の曲に入る。


「オーケー、じゃあ改めて行きます!!」


 エリの方を見てカウントを促す。

 エリはにっこり笑うとコクリと頷き、スティックでカウントを刻んだ。


 この曲は上手くいかない現実を楽しもうぜって曲だったはずだ。今も昔もうまくいかなくたって俺たちは楽しんできた。

 だからあの時この曲をセットリストに加えたんだ。


四曲目

『Ain't It Fun』

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