7 Still Waiting


『前略 慧河けいが


 元気でやっていますか? 

 今、慧河がこの手紙を読んでいるってことは、お母さんはきっとこの世に……ってそんなわけないでしょ。たぶんどこかでちゃんと生きています。安心してください。

 慧河は何歳になったんだろう。この手紙を読んでいるってことは、ギター演ってるのかな? 演ってるよね? だとしたら、すっっっっごく嬉しい!! このギター、子供にはもったいないギターでしょ? 友達に自慢してもいいんだよ。いい音するからちゃんと練習して、しっかり能力を引き出してあげなきゃダメだぞ!!


 このギターに手紙を隠したのは、もしあなたがギターに……いえ、音楽に関心を持ったなら、伝えたいことがあったからです。バカみたいだけど、私が母親としてあなたにしてあげられることは、こんなことしかないの。

 もし音楽に興味がなかったらどうしてたんだ!! って声が聞こえてきそうね。でも、あなたは必ず音楽に魅せられる。私の歌を聞いているあなたを見ていたら分かる。確信しているよ。だから、絶対にあなたがこの手紙を手に取ると信じて、こうして慣れない手紙を書いています。


 音楽に興味を持って、ギターを手に取ったなら必ずバンドを組みなさい。バンドってとっっっっても楽しいよ。私は、ほとんどのことをバンドに教わったの。だから、私があなたに教えられなかったことをあなた自身のバンドを通じて教わって欲しい。無責任な母親と思う? 思うでしょうね。それは本当にごめんなさい。

 もうすでにバンドを組んでいるならその仲間を大切にしなさい。あなたはもしかしたら自分の役割、立ち位置で悩むことがあるかもね。なんでわかるかって? そりゃ、私の息子だもの。私がそうだったから分かるの。きっとあなたは、お父さんより私に似ている。だから、これだけは私がちゃんと教えてあげる。あの人じゃ教えられないことだと思うからね。

 答えはシンプルよ。自分を信じなさい。自分を信じていれば、周りに仲間が集まってくる。自分を信じていれば、自分を信じてくれる全てのことを信じられるでしょう? あなたの役割は自分と仲間を信じて、それを実行すること。いい? どんなに不可能と思えることでも信じて、それを貫くの。そして、それをあなたの仲間にも広げるの。それがあなたの役割。あなたにしかできないことのはずよ。あなたならできる。母ちゃん信じてる。


 それから、あなたにはちゃんと謝らなければいけないね。本当は面と向かって謝るべきなんだけど……。いつも寂しい思いをさせて、母親らしいことを何一つしてあげられなくてごめんね。

 思えば、こうなることは高校生のあのとき、みんなで『ロックミュージック研究会』を立ち上げたときから決まっていたことだったのかもね。あのストラトキャスター。あれが私たちの運命を決めた。

 こんな、あなたに関係ないことをわざわざあなたに伝えても仕方ないね。あなたには迷惑な話かもしれないけど、私はあなたが生まれてきてくれて本当に良かったと思ってるよ。


 愛してる。私の可愛い慧河。


 P .S

 子守唄代わりに歌ってた曲のコード進行を書き記しておきます。あなたは本当にこの曲が好きだったもんね。よく飽きないもんだと感心したよ。今もまだ覚えていて、気に入っているのなら、このコードを元にあなたがアレンジしてください。いつかそれが、私の元まで届くのを待っています。ずっとずっと待っています。


 それじゃ。


 美人でカッコイイ母ちゃんより』


 手紙の最後の一枚には、コード名が羅列されていた。これが母さんの曲のコード進行なのだろう。


「大丈夫?」


 ケイが心配そうに言う。

 どうやら俺は泣いているようだった。自分でも無意識のうちに涙が頬を伝っている。それは手紙を読んでいる最中よりも、むしろ手紙を読み終わった今の方が激しい。次から次へと溢れ出てきて、さっきまで読めていた手紙の文字が読めなくなった。


「ちょっと、ケイガ? 本当、大丈夫?」


 俺が嗚咽まじりに本格的に泣き出したものだから、ケイはいよいよ心配になったらしく、俺との距離を一歩詰めると優しく背中を撫でてくれた。

 俺は、そんなことはおかまいなしにただただ泣き続けた。「大丈夫だ」と言う代わりに母さんの手紙をケイに差し出す。

 ケイは戸惑っていたが、すぐに意図を察して黙って母さんの手紙を受け取った。


「ほら、やっぱりね。ケイガのお母さん、ちゃんとケイガのことを愛してるって書いてるじゃん。なんで離れなきゃいけなくなったのかが分からないのはなんとなく釈然としないけど、ケイガが心配するようなことはなかったでしょ?」


 母さんの手紙を読み終えたケイは心底嬉しそうだった。よくもまぁ他人のためにここまで喜べるものだと感心する。


「びっくりさせないでよ。ていうか、ケイガのお母さんってきっとお茶目な人だね。文面からも伝わるよ。それに手紙にも書いてあるとおり、やっぱりケイガに似てるんだよ」


「分かんねぇけど、たしかにバカな人みてぇだな」


 そう言うのがやっとだった。

 涙はいまだに溢れてくる。どうにかして止めたいけど、どうにもならない。


「何個か気になることがあるんだけど、とりあえず、この最後のコードは何の曲なの?」


 俺は溢れ出てくる涙を止めようと必死だった。そんな俺をケイはゆっくり待ってくれていた。


「その曲か……」


 ようやく落ち着いてきたので、ケイの質問に答える。


「その曲は、母さんが俺に歌ってくれてた曲だと思う。あまり帰ってこなかった母さんは、たまに帰ってくると決まって同じ歌を歌ってくれたんだ。その曲のコード進行がそこに書いてあるやつだ」


「なるほどね。それならこの曲はケイガが完成させなきゃね」


 ケイはユリハ会長と全く同じことを言った。偶然なのかそれとも誰もがそう言うに決まってるようなことなのか、俺には分からなかった。


「お前もそう言うんだな」


「お前もって他に誰かがそう言ったの?」


「ユリハ会長」


「あ〜。ユリハ会長ね。うん、ユリハ会長なら言いそうだ」


 ケイガは深々と頷いた。


「わざわざコード進行まで残してくれてるんだもん。それってケイガのお母さんからの明らかなメッセージでしょ? ていうか、挑戦? 完成させてみろって」


 手紙の文面こそ「お願いします」のようなスタンスだが、たしかにこれは明らかな挑戦だ。

 母さんが俺に似ていたのなら分かる。「できるものならやってみろ」そう言っているのだ。


 母さんは「自分を信じろ。自分を信じてくれる仲間を信じてそれを実行しろ」とも言ってる。

 これだって母さんからの挑戦なのかもしれない。「私にはできた。お前にはできるのか?」という挑戦状。そう言われた俺がやらないという選択肢を取れないことまで見越している。

 俺の方は母さんのことをほとんど知らないのに、母さんの方は俺のことをちゃんと分かってるってことか。


「そうみてぇだな。ここまでやられて、できねぇとは言えねぇな。しょーがねえ、全部やってやるよ」


 思い通りに操られているようで癪だが、乗ってやろうと思う。これが俺たち母子のあり方なのかもしれないと妙に納得する。

 今の今まで抱いていた母さんへの複雑な感情は不思議と単純なものに変わっていた。

 瞼に浮かんだ母さんの口元を再度思い出した。それは俺がまだ幼い頃の記憶だった。母さんはあの曲を歌いながら言っていた。


「あなたにこの曲をあげる。音楽を好きになって、音楽を通じてたくさんの仲間を作りなさい」


 俺は今の今まで忘れていた。

 俺の中に母さんの記憶は確かにあった。引き出せなくなっていただけなのだ。

 ケイは不思議そうな顔をしていたが無視をする。今日は色々な相手に色々なことを打ち明けすぎた。

 だけど、全部を明かさなくたっていいだろう。


「とりあえず、母さんの歌を完成させる。今度のオリジナル発表には間に合わないだろうが、ゼッテーいつか完成させてやる」


「うん、ケイガならできるよ。それにケイガのお母さんも待ってるんじゃないかな? 今もずっとまだ待ってると思う」


 ケイの言う通りだ。

 母さんは今も待っている。

 今なら分かる。俺はトレウラのギタリスト、母さんの息子だから。

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