8 俺の勘は結構当たるんだぜ

 軽音部を諦めてロミ研に向かうことにした俺たちは、旧校舎を目指して歩いていた。


「つーかさ、軽音部なんなん? あいつなんなん? 今時、年功序列とかマジでねぇよ」


 ケイガはまだ軽音部に対する不満が治まらないようだ。


「うん。あれじゃ一年生は軽音部に入る意味がないね。けど……俺の方から言っておいてなんだけどさ、ロミ研のほうはどうなんだろうね?」


 自分で提案しておいて、いや、自分で提案したからこそ不安になる。

 人は見た目で判断できないが、あの会長はバンドをやるようには見えなかった。それに他の部活や同好会は部長のほかに数人の部員を引き連れて登壇していたのに、ロミ研はあの会長一人だけだったことも不安材料だ。


「大丈夫かな?」


「分かんねぇ。けどさ、ダメ元で冷やかすだけ冷やかしたらいいんじゃね? 良さそうなら入ればいいし、ダメそうならライブハウスで探すとかネットで探すとかいくらでも手はあるっしょ」


「まぁね。別に俺も絶対に学校内でバンド組みたいってわけじゃないし。あ、でもうちの生徒じゃないと文化祭のライブには出られないのかな? そもそも軽音部じゃなきゃ出られないとか? ケイガ、文化祭ライブに出たいって言ってなかった?」


 ケイガは去年の文化祭でジーアールのライブを見ていた。そのパフォーマンスに圧倒されて、この不動院高校への進学を決めたのだという。

 だから、バンドを組むのも文化祭ライブありきだ。反対に俺は校内でメンバーを集めることにこだわらなくてもいいと思っている。


「まぁな~。お前知ってっか? うちの文化祭ライブって特殊でよ。他の高校は……っつってもそんなに他を知ってるわけじゃねぇけど、普通は一日かけて何バンドか出る対バン形式じゃん? けど、うちの高校は一バンドしか出られない。要はワンマンライブなんだよ。文化祭は二日あって、一日目と二日目で別のバンドが出るから、文化祭でライブができるのは二組だけってことだな。もちろん、二日目の出番の方が一般客にも開放してるし名誉がある」


 補足すると、不動院高校では、文化祭と体育祭を合わせて三日間連続してやる。それを総称して『不高祭』と呼んでいる。

 例年、初日の金曜日に体育祭、残りの土曜日、日曜日に文化祭を行う。土曜日の文化祭は学校関係者のみに開放され、日曜日は部外者にも開放される。

 つまり、学校の内外を問わず多くの人にライブを見てもらえるのは日曜日のライブということだ。


 確かに特殊だと思った。

 軽音部は数ある部活や同好会の中でも一、二を争う人気の部活だ。もっとも、今となってはそれも疑わしいが、実際に入部希望者は例年多いと聞く。おそらくは部員もそれなりの人数がいるのだろう。

 他の部のようにインターハイやコンクールがあるわけでもない。軽音部の見せ場と言えばやっぱり文化祭ライブだろう。その場に出場できるのが二バンドだけ、というのは少し厳しいように思えた。


「去年の二日目はジーアールだった」


「今年もジーアールが二日目なのかな? ボーカルいなくなったみたいだけど」


「バカ。今年は俺らだろ?」


 ケイガは大真面目にそう言うが、俺たちはまだバンドを組むことすらできていない。

 もちろん俺だって叶うなら出たいとは思う。だが、軽音部への入部を断念した今となっては、それも難しい気がしていた。


「いやいや、俺ら軽音部に入るのやめちゃったし、出られないんじゃないの?」


「そのためにも、まずはロミ研だろ? もしかしたらスゲーうまいやつがいて、そいつらとバンド組めるかもしれねぇし」


「そんな都合よくいくかなぁ……」


「大丈夫だって。俺の勘は結構当たるんだぜ。それに万が一、ロミ研がダメだったら外部でもなんでもメンバー見つけてきて、出してもらえるよう頼み込んだらいいんだよ」


 あの部長たちが頼んで何とかしてくれるようなタイプとは思えない。

 だけど、そもそも文化祭ライブは軽音部が仕切っているのだろうか。もしかしたら生徒会や文化祭実行委員のような組織が仕切っているのかもしれない。それなら、もしかしたら……と淡い期待が膨らんだ。


 ロミ研の会長が言っていた旧校舎三階の空き教室はとても分かりにくかった。手書きの案内表示を一部屋一部屋見て、最終的にたどり着いた一番端の教室に『ロックミュージック研究会』と書かれていた。


「ここでいいんだよな?」


 流石のケイガも入るのを躊躇しているようだ。


「うん、そう書いてあるし。たぶんいいんじゃないかな?」


「よし、じゃあ開けるぞ」


 ケイガが扉に手を掛けようとした時、中から声が聞こえた。


「え〜〜〜!!! ホマレの姪っ子さんなんですか!?」


 女の子が驚く声だ。それも尋常じゃない驚きようだった。


「なんだ? つか、開けて大丈夫なんだよな?」


 ケイガは困惑の表情を浮かべていた。気持ちは分かる。


「どうだろ。たぶん大丈夫だと思うけど」


 室内からはそれ以降、特に声は聞こえてこない。逆にそれが不気味だ。


「よし、じゃあ開けるぞ」


 そう言うと、ケイガは俺が予想していたよりも勢いよく扉を開けた。

 教室内には女子生徒が三人いた。一人は二年生でロミ研の会長だ。あとの二人は、さっき軽音部に向かう途中ですれ違った二人だった。

 三人の視線が俺たちに向けられる。


「入会希望?」


 何事もなかったように会長が口を開く。

 俺もケイガもなにも答えられずにいると、会長はすたすたと近づいてきて「入った入った」と俺たちの背中をぐいぐいと押す。そして、元々いた二人の横に整列させられた。


「今年は大量。こんな人数が揃ったのは久しぶり」


「ちょっ、ちょっと待て! ロミ研のメンバーってこれだけ? この女二人も一年だし他に先輩とかいねぇの?」


 ケイガが慌てて大きな声を出す。


「これだけ。私と君たちで五人。十分。揃ってるほう」


「ちょっと待ってください。あたしたち、まだ入ると決めたわけじゃありませんよ」


 背の高い女子が冷静に言う。


「そうなの?」


 会長は女子二人に問いかける。


「わたしは入ろうかなぁ〜」


 背の低い金髪の女子は、どこか上の空でそう言った。よく見ると目が外国人のように碧い。


「ちょっと……エリ、本気?」


「うん。だってユリハ会長はホマレの姪っ子なんでしょ? それにそれに、トレウラが好きみたいだし、トレウラ好きに悪い人はいないよ。ねぇ、ナナカも入ろうよ」


 金髪の『エリ』と呼ばれた子は、急に目に力を宿して力説した。


「うん。トレウラ最高」


 会長は相変わらずの無表情でエリに向かって親指を立てた。二人の身長はほとんど変わらない。


「まぁ、エリがそう言うなら……」


 ナナカの方もエリに力説されて入部することを決めたようだった。ユリハ会長はナナカの頭を撫でようとして背伸びをしたが、わずかに届かなかった。


「それで、君たちはどうする? 入る?」


 ユリハ会長は今度は俺たちの方を向くと言った。


「いやいやいや。俺はちゃんとしたバンドがやりたいの! バンド組めねぇんじゃ入る意味ないし、入んねぇよ」


 ケイガはイヤイヤと子供のように首を左右にブンブンと振った。


「あの、あたし……一応少しならベース弾けるし、この子は普通にドラム叩けるよ。あたしはともかく、この子はうまいと思う。あなたたちがギター弾けるならとりあえずはバンド、組めるんじゃない?」


 ナナカが遠慮がちに手を挙げて言った。

 なるほど、確かにエリのカバンからはドラムのスティックらしきものが飛び出していた。当のエリはナナカの隣で声も出さずにコクコクと首を縦に振っていた。


「いやいやいや。お前らみたいな女となんて組めねぇよ。俺、遊びでやるつもりねぇし」


 ケイガの男女感に初めて触れたが意外だ。そういうことを気にするタイプだとは思っていなかった。

 言われたナナカは明らかにムッとしていた。


「は? あたしはともかくこの子は本当にうまいよ。あんたはどうなの? 見た目だけはいっちょ前にカッコつけてるみたいだけど」


「こんなちっこいのが本当にドラム叩けんのか? 蚊が鳴くような音しか出ねぇんじゃ話になんねぇぞ」


 一触即発の二人にエリはオロオロするばかりだし、ユリハ会長は無表情のままだ。このまま放っておくと本格的なケンカになりそうだが、止められるのはどうやら俺だけのようだった。


「まぁまぁ。二人とも落ち着いて。ケイガも言いすぎだよ。それにバンドに女とか男とか関係ないんじゃない? 去年のジーアールは女ボーカルだったんでしょ?」


 二人の間に割って入る。ナナカのことはよく知らないからケイガの方をなだめることにした。


「少なくともこの子は学校にドラムのスティック持ってくるほどなんだし、実力を見ずに決めるのはおかしいだろ」


「まぁ、そうだけどよ……」


「それにバンド組めるチャンスじゃん。俺はメンバーが女の子とか気にしないし、むしろ花があっていいと思うけどな。ケイガがそういうこと気にするのは意外だな」


「う~ん……でもよ……」


 いつも流される側の俺がケイガを説得するのは珍しいし、客観的に見ると俺らしくない。自分で言うのもなんだが、俺はケイガのようなパワフルなやつに流されてなんぼの人間だ。

 別にどうしてもこの子たちとバンドを組みたいわけでも、ロミ研に入りたいわけでもない。だが手っ取り早くバンドを組めるならそれにこしたことはないと思っていた。


「じゃあさ、この子たちの実力を見て決めたら? 一回セッションしてみようよ。もちろん俺たちの腕も見られることになる。俺たちがこの子たちのお眼鏡に適わなければ向こうから願い下げってことだね。それにさ、さっき言ってたけどケイガの勘は良く当たるんでしょ? それならこの子たちはすごくうまいんじゃない?」


 ケイガのプライドをそれとなく、くすぐってやる。


「お前がそこまで言うなら、分かった。一回セッションしてみよう」


「君たちもそれでいい?」


 女子二人にも問いかける。


「あたしは構わないよ。バンドはやりたいなって思ってるし」


 ナナカは即答する。エリのほうはさっきと同じように首をコクコクと縦に振っていた。


「じゃあ決まりだね。見たところ、ここにはドラムセットもあるし、アンプもあるね。あ、でも肝心のギターとベースがないか……。じゃあ、明日また放課後に集まってやろう。それでいい?」


 俺がそう言うとみんな頷いて一応の賛成をしてくれた。一通りまとまるとユリハ会長はゆっくりと手を叩いた。


「それはそうとさ、トレウラって何ですか?」


 俺は、空気を変えようとこの部屋に入った時から気になっていたことを訊いてみた。


「トレウラ知らない? 三人組のガールズバンドで伝説的なバンドだよ。男の人にも負けないくらいカッコいいの。曲聞けばたぶん聞いたことあると思うんだけどなぁ」


 ユリハ会長に代わって、エリが急に饒舌にしゃべりだしたので驚いた。


「それで、ユリハ会長はトレウラのホマレ、ベースボーカルなんだけど、ホマレの姪っ子さんなんだって。すごくない?」


 一人興奮するエリを前に俺はどうリアクションして良いか分からなかった。


「エリ。落ち着いて。二人とも引いてるよ」


 ナナカがエリを制する。エリはハッと我に返ったようだった。


「あの、ごめんなさい。わたし……」


「謝らなくても大丈夫だよ。君はそのトレウラってバンドがよっぽど好きなんだね」


 エリはさっきまでの勢いが嘘のように小さくコクリと頷いた。


「トレウラ……」


 ケイガ小さく呟いた。


「なに? ケイガ知ってるの?」


「いや、それで会長はそのバンドのメンバーの姪なのか?」


「そう。叔母とはほとんど会ったことはないけど」


 会長は少し残念そうに答えた。それを聞いたエリもなぜか残念そうだった。


「そうか」


 ケイガはそれだけ言うと黙ってしまった。

 俺を含む他の四人も黙る。

 沈黙に耐えられなくなったのか、年上の威厳を見せようとしたのか、会長は俺たち四人を見回すと言った。


「じゃあ、もう遅いから。明日、放課後ここに集合。入部届はその時に渡す。みんな気をつけて帰って」


 それを合図に俺たちは解散した。

 急遽決まったセッションの約束は明日だ。ケイガがどう思っているのかは分からないが、俺は明日のセッションが楽しみだった。

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