6 バンドへの貢献
あたしのレコーディング時間は、先週の『Ain't it fun』のときと比べて圧倒的に短かった。申し訳程度にオカズを入れてはいるが、ほとんどがルート音をなぞるだけなのだから当然だ。
先週のように、うまく弾けるだろうかという心配は皆無だった。でも先週よりも気分はずっと重い。
ヘッドホンから聞こえてくるエリのドラムは、エリの自己評価とは関係なくやっぱりカッコよくて、それが余計にあたしの気分を重くした。
エリはドラムの腕で、ケイは作曲で、ケイガはギターとその持ち前の勢いでバンドにしっかり貢献している。
あたしだけが一人浮いているように思えてならない。あたしはなにでバンドに貢献しているんだろう。私ができるバンドへの貢献はなんだろう。答えは見つからない。
レコーディング中、レイカさんはベースのアレンジについて何も言わなかった。褒めることは当然ないとしても、ダメだしをすることもなかった。
先週は、どう弾けばもっとグルーブ感が出るか、など随所でアドバイスをくれていた。
きっとレイカさんにも見放されてしまったのだろうと思った。
何も手ごたえがないままあたしのレコーディングは終わった。
ブースを出る時、レイカさんの方を見ると優しく微笑んでいた。どういう意味の表情なのかは分からない。
一緒にスタジオに戻るときにはさっきと同様、優しく背中に手を置いてくれた。その手がさっきよりも少し温かいような気がした。
スタジオに戻ると誰も言葉を発していなかった。
あたしがスタジオを離れる前と変わらず気まずい空気。誰もあたしの方を見ようとはしなかった。期待されていないのだと思ってしまう。
「はい、じゃあ次はギターだけど、君たちどっちがリズムギターやるの?」
レイカさんだけは相変わらずいつもと変わらない口調だった。
「俺です」
ケイが短く答える。
レイカさんは頷いて、レコーディングスペースに向かうよう手で促した。ケイは少し慌てたようにギターを手に取り、レイカさんとともにレコーディングスペースへと入っていった。
「どうだった? 順調?」
気まずい空気の中、ユリハ会長だけがどうにか空気を良くしようとしてくれていた。
「ただ、ルート音を弾くだけですから……」
力なく答えるあたしにそれでもユリハ会長は声をかけ続けてくれる。
「複雑で難しい曲が必ずしもいい曲なわけじゃない。逆も然り。トレウラの曲だって簡単だけどすごくいい曲はたくさんある。ね? エリ?」
「えっ? あ、はい。トレウラの曲はそんなに難しくないのが多いですもんね」
急に話しかけられて面食らったようではあるが、律儀に答える。けれど、いつものエリならここから怒涛のトレウラトークが炸裂するのだが、あとが続かなかった。
また、少しの沈黙。
「大丈夫。みんなが頑張ってるのは知ってる。何度も言うけど、曲の良し悪しならどのバンドにも負けてない」
気を取り直したように言うユリハ会長が、だんだん痛々しく見えてきた。
ユリハ会長が頑張ってくれればくれるほど、あたしはいたたまれない気持ちになる。この雰囲気を作ったのはあたしだと思うからだ。
あたしがもっと上手にアレンジをできていたら……。少しでもましなベースラインを考えられていたら……。そんなことばかりを考えてしまう。
「ナナカは音楽のことになると途端に自信を失う」と言われことを思い出す。その通りだと思った。当たり前だ。だって、あたしには自信の裏付けがない。
「文化祭ライブ。きっと出られる」
ユリハ会長の本心からの言葉なのは間違いないだろう。ユリハ会長は本気であたしたちのことをかってくれているし、曲も良い曲だと思ってくれている。
だけど、今その言葉はひどく空虚で、冷たい言葉に聞こえた。
「無理だな」
それまで黙っていたケイガが無機質に言い放った。
「そんなこと……」
言いかけたユリハ会長を遮るようにして再びケイガが言い切る。
「無理だ。レイカさんのお陰で音源の質はすごく良い。ケイの作った曲もたしかに良い。けど、良いのは曲の素材だけだ。現段階で歌詞もねぇし、ドラムもベースも決めきれてねぇんじゃ、誰の心にも響かねぇよ。歌詞がハミングの曲聴いて感動するか? ケイが、あぁ言った以上その意思は尊重するけど、俺は文化祭ライブは無理だと思ってる」
一理あると思った。
「ベースを決めきれてない」と言ったのは、ケイガの精一杯の優しさなのだろう。本当はもっと言いたいことがたくさんあるはずだ。
あたしにだって、ギターはケイがほとんど作ってきたんだから……と言いたい気持ちは僅かにあるけど、黙っておく。そんなこと言える立場じゃない。
「そんなことやってみないと分からないよ。英語の曲は、歌詞の意味がちんぷんかんぷんの人多いと思うけど、日本人でも感動する人たくさんいるよ。わたしは音楽はそういうものを超越するって信じてる。ドラムを決めきれてないのは、認めるけど……」
食ってかかったのはエリだった。
少し前ならエリがケイガのような男子に強く自己主張するなんて考えられなかった。事が音楽だからなのか、それともエリの中で何か変化があったからなのかは分からない。
「そう怒るなよ。たしかにお前の言う通り結果は出てみないと分からない部分もあるな。決めつけて悪かった。俺も文化祭ライブに出たい気持ちに変わりはねぇよ」
やけに素直なケイガに拍子抜けする。ケイガもまさかエリに反論されるとは思ってなくて、いつもの調子ではいかないだけなのかもしれない。
バンドを組むことになってからのエリは別人のように頼もしく感じることがある。それはバンドに貢献できている手ごたえからくる自信に裏付けられたものなのかも知れないが、音楽のことになると人が変わるのは確かだ。
音楽が人を変えることがあるというがそういうことなのだろうか。
あたしも音楽で変われるだろうか。
想像してみたけれど、やっぱり自信はなかった。
「確かに曲は未完。だけど文化祭ライブは出られる。そう思いたいっていうほうが強いけど……。エリもナナカもここ最近ずっと落ち込んでるように見える。もちろん理由は分かってる。二人とも曲を作るのは初めて?」
ユリハ会長に訊かれて示し合わせてはないけど、エリとほとんど同時に頷く。
「それならなおさら気にすることない。どんなことでも、初めてやってうまくいく人なんかほとんどいない。もし、初めてのことでうまくいった人がいたとしても、その人が例えどんな才能をもった天才だったとしても、いつかはうまくいかないことを経験するはず。私はそう思ってる。最初は失敗をしやすいってだけ。一度も失敗しない人はこの世にいない。失敗から何を学ぶか。次にどうするか。そもそも二人はまだ失敗すらしてない。チャレンジもしていない」
ユリハ会長は少し間を取ってから続ける。
「レイカさんの言う通り。楽器はあとでいろんなアレンジにしていける。歌詞は確かに後になって変えるのが難しい。でも、楽器はそんなことない。だから今出せる全力をぶつければいい。きっと人の心には届く」
ユリハ会長の言葉には妙な説得力があった。
あたしは全力でやっただろうか? 不格好でもいい、カッコいいベースラインじゃなくてもいい、誰かに届けたいと思って演奏しただろうか? ユリハ会長のいう、チャレンジはしただろうか?
そう思うと身体は勝手にレコーディングスペースに向かっていた。
エリがあたしのすぐ後ろに続いているのを感じたけれど、気にしている余裕はなかった。
レコーディングスペースに通じる扉を開けると、レイカさんがこちらを振り向いた。
ブースの中にいるケイは気が付いていないようだ。ちょうど、サビのあたりを録っていた。
「なになに? 二人とも怖い顔して。ギター録りまだ終わってないよ」
珍しくうろたえるレイカさんに向けてあたしは叫んでいた。
「もう一回ベース録らせてください!」
すぐ後ろでエリの「わたしも!!」という叫び声が聞こえた。
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