第四話 湖のモンスター

 太一たち四人は現在、王城から遠く見える茶色い岩肌がむき出しの山脈へ足を向けていた。案内役兼監視役として二人の兵士が傍についている。

 あれから王城へとたどり着いた太一たちは城を守る衛兵を通じて、国王からある頼みをされていた。


「ここから見えるあの山脈。あそこの洞窟に住んでいるモンスターを狩って来てほしいんだ」


 聞けばあの山脈では鉄が取れていたらしい。しかし魔王と呼ばれる存在が出現して以来その数を増やすモンスターが山脈までやって来たというのだ。

 その中でも強力なモンスターが洞窟に住み着いているので倒してほしい、そうすればお礼として住む場所と食事を与えよう。そう言って太一たちを山脈までけしかけたのだった。


 表の上では太一たちの実力を示してほしいとのことだったが、監視役をつけるあたり国に仇なす存在かどうかも調べられているのだろう。

 とはいえ太一たちにその気はないので、特に身構えることなく山脈まで歩いている。


「ねえねえ、モンスターってどんななのかな?」

「う~ん……ドラゴン的な?」


 太一と有人と愛厘の三人の頭の中にそれぞれ思い描くドラゴンが浮かぶ。

 体長はゆうに五メートルは越え、体長よりも大きな翼が背中に生えている。口からは大きな牙をむき出し、表面は岩よりも硬い鱗で覆われている。加えて愛厘の想像の中では口の中で人間がむしゃむしゃと食べられている。愛厘は思わずゾッと身震いしてしまった。


「そんなの無理だよ! 私たち食べられちゃうよ!」


 愛厘はすがるような眼で太一を見てくる。学校にいたときには気づかなかったが、こんなか弱いところもあるんだなと愛厘の初めて見せる表情に太一の胸は脈打った。


「大丈夫だって。いざとなったら俺がお前を守ってやるから」

「ううっ……本当に?」

「ああ、俺に任せろ!」


 太一は胸を張ってみせる。本当は太一も不安がないわけではないが、怖がる女の子を前にして虚勢を張るのは男の仕事だろう。特に愛厘を前にすると不思議と力が湧いてくる。


 太一は有人のほうをちらと見ると、有人は筋肉が程よくついた体つきの良い体格から右腕を伸ばし親指だけをグイっと立て、俺にも任せとけというようなポーズをとった。

 やはり安心できるのは親友だってことか、と太一は思った。


「それにしても一度くらい適当なモンスターで戦闘の練習をしておきたいな」

「それもそうだな。有人の言うとおり一度くらいは戦っておきたい」

「そうだね、いきなり怖いモンスターだと緊張しちゃうしね。私なんかに戦えるのかな」


 三人寄らばなんとやらだが、やはり戦闘経験を持った者はいないのでそこに関しては不安はまだある。

 そんな不安を拭うべく有人が前をゆく二人の兵士に声をかけた。


「なあ、ちょっと戦闘の練習をさせてくれないか? 俺たち戦いに関しては素人なんだ」

「なんだ? 前情報だとすごい魔法を持っているらしいじゃないか。それなのにモンスターと戦ったことがないのか?」

「だから、俺たちはこの世界の住人じゃないんだって」

「ん~、お前たちの言っていることはよく分からないが、しかしこのあたり……ちょうどあそこの湖の付近だ。あそこに比較的害のないモンスターが住んでいる。あれだ。あの青いゼリー状のモンスターが見えるか?」


 太一たちが目を凝らすと、確かに青い何かがうごめいているのが分かる。

 太一たちが近づくにつれだんだんとその姿が鮮明に映る。ゼリーが半分溶けたような体に大きな目が一つだけ付いている。地面を無数の短い脚で這っており、体長は太一たちのちょうど膝丈くらいだ。


「害が少ないとはいえ、悪質なモンスターだ。これで村にやって来て、作物を足の触手に絡めて溶かして食べちまうんだ。好きにやってくれて構わない」


 モンスターを見やると彼らがじりじりと太一たちのほうへ寄ってきているのが分かる。太一たちを敵だと認識しているのか、あるいは好意を持って近づいてきているのだろうか。


 そんなことを考えているうちに一匹のモンスターが太一めがけて跳んでくる。太一は急いで魔法を使って剣を取り出そうとするが焦って具現化するには時間がかかりすぎる。

 すると目の前には無数の青く短い触手。そしてその触手の奥でパカッと開いた口のようなものが太一の顔面に迫った。


「――大丈夫!?」


 瞬間、触手たちが飛び散り宙に四散する。代わりに目の前には白く細い指をした拳があった。

 とても女の子らしい小さな手が強く拳を作っており、モンスターに炸裂する。愛厘のものだった。


「太一は剣を取り出すまでに時間がかかるから私のほうが強いかもね!」


 両拳を作りファイティングポーズをとっている彼女はとても拳闘士らしく映り、表情は少し自信をつけたように満足げな顔をしていた。


 インファイターだからだろう。とても距離が近い。愛厘の息遣いや体温がすぐにでも感じられる。太一はこのまま触れてしまいそうになった。

 じっと目が合う二人。もう別の世界が二人の間に広がっているようだ。太一は自然と愛厘の唇に目が行ってしまう。


「あの……モンスターが来てますけど」


 二人の甘い世界に割って入ったのは、天使あまつかだ。影のようにぬっと差し込み、二人の世界を切り裂く。


「あ、ああ……そうだな。モンスターを倒さなきゃな」

「そうだね。こんなことしてる場合じゃない……よね」


 太一と愛厘はもう一度目を合わせると、ふっと笑い出した。

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