第三十五話 死体安置所

 扉の隙間から白いもやのようなものが流れ出ては、外の空気に混じり消えていった。その靄に触れると体の芯まで凍ってしまいそうなほどに冷たい。

 ジュスティーヌはリサからあらかじめ聞いていたとはいえ、部屋の中を覗き見るのに少し躊躇ちゅうちょしていた。


 その扉の奥は死体安置所となっており、氷魔法が張り巡らされた室内は吐く息が凍るほどに冷やされているという。それは何のためか。死体を腐らせないためである。

 魔族による魂の再生実験のために殺された人間の遺体をここに放置し、日夜研究者が遺体をいじくりその体の再生を目指している。時に腕を切り落としその再生を図ったり、首をねて顔を生やそうなどとしていた。


 そのため死体安置所には体の一部が切り取られた実験体がゴロゴロと転がっているらしい。

 魔族曰く、人間を連れ去り始めた当初はなかったもので、人間の繁殖能力の低さを嘆いて造ったそうだ。


 足の指一本すら大事に保管して使っているからありがたく思ってほしいと言われたそうだが、とてもじゃないが感謝の言葉など述べられそうにないなとジュスティーヌは思う。

 気絶させられ、今は兵士に肩でかつがれている太一の顔をジュスティーヌはチラと見て、平静を取り戻そうとする。


 炎をまき散らし魔族たちの注目を一丸となって集めている囮役の兵士たちのためにも、今は自分が先頭に立って進まなければならない。

 激しく脈打つ鼓動を感じながら、ジュスティーヌはキンキンに冷えた鉄の棒を押しやり、扉の開く方向へと足を進めた。



◆◆◆



 何やら腹部に痛みを感じるような気がするが、それよりも今は全身の肌が細い針で刺されたように痛い。

 目覚まし時計よりも目覚め悪く起きた太一は、自分が一面氷に囲まれているなどとはつゆとも思っていなかった。


 空中を漂ういくつもの光の玉が照明となって、透明な氷の表面をキラキラと輝かせながら辺りを照らす。とても綺麗で幻想的だと太一は思った――途中までは。


「なんだよこれ!?」


 ある者は腕が切り取られ、ある者は首を失い、ある者は胴体丸ごと失い壊れたがらくたのように山となって積まれていた。しかしどの死体も腐らず綺麗な肌をしている。

 その数はざっと見ただけでも五百はくだらないと思われる。きっとこの中に、エリザ王女の母親やジュスティーヌの両親がいるのだろう。


「……ここが例の死体安置所か?」

「タイチさん、目覚めたようですね。良かったです」


 兵士たちは太一が目を覚ました様子を見ると、ほっと胸をなでおろし喜んでいた。その脇から悲痛にも似た声が飛びあがる。

 リサはミカエルを抱きかかえながらへたり込むように座っていた。その目にはうっすら涙のようなものも浮かんでいる。


「良かったじゃない! どうして皆そんな平然としていられるの!?」

「どうしたんだ?」

「ジュスティーヌさんが魔族に連れ去られたんです!」

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