第三十四話 奇跡の仕組み
「私の
幽奈がユーフェイに
「遺伝子?」
聞きなれない言葉だったためか、ジュスティーヌがうわずった声で繰り返す。
この異世界には遺伝子なんて概念は知られていないようで、彼女を始め皆よく分かってないようだ。
遺伝子。DNA。デオキシリボ核酸。そこには一個の生物の全ての情報が詰められており、生物を形成するうえで重要な役割を果たす。いわば生物の設計図のようなものだ。
「――これに私は魔法で働きかけて、欠けた体や魂を呼び戻すの。でも、この子は普通じゃない。一つの体に二つの異なる遺伝子が混ざってる。欠けた体に無理やり別の体を生やしたみたいな。そのせいで体が拒絶反応を示して、体がしわくちゃになったり変な体になっちゃってるんだよ、きっと」
「それで、こいつは元に戻るのか?」
「……私にできるのは治癒術だけ。すでに別の遺伝子と混ざった状態で安定しちゃったこの子を、私にはどうすることもできない。別の遺伝子が混ざってない状態の体が残っていれば別だと思うけど」
するとその言葉を聞いたリサが、ユーフェイの手を取り喜んでいたのも束の間、勢いよく言葉を放った。
「――私、その場所知ってる! この建物の右奥にある灰色の建物の中に死体安置所があって、そこにたくさんの遺体が実験用に冷凍保管されてるって。ミカエルもまだ首だけの状態でそこにいるかもしれない。そこに行けば、ミカエルも今までここで殺されたダルムスタット国の人も助けられるかもしれない」
◆◆◆
「それじゃあ、どうやって行こうか~」
「外はもう魔族だらけだったんだろ?」
「うん、すごく怪しまれて見られたしね。気づかれないで、リサの言った建物に入るのは困難だよ」
「もう一度、ジュスティーヌにはメイド服を着てもらって、僕たちを運んでもらうしかないかな」
「そうだな。それしかないか」
「もう嫌だってば~! それに何度もやってたらさすがに怪しまれるよ!」
「大丈夫だ。メイド姿のジュスティーヌはすごく可愛かったぞ」
「う~。だったらタイチ君が今度はメイド服着てみてよ。きっとタイチ君のほうが似合うかもよ、あはは」
「俺だったら、ジュスティーヌ以上に違和感が出るじゃないか!」
「なに~、だったら私のメイド服姿も違和感があったってこと?」
太一とジュスティーヌは何とも不毛な会話を繰り返している。このことは特に何か策が思いつかないことを示していた。
魔族に見つからず、新たに味方につけ百二十人余りとなった人数が全員、三百メートルは離れているであろう別の建物に移動できるなどあり得るだろうか。
太一たちは頭を悩ませていると、ローブの男が何やら考えがあるようで静かに口を開く。
「……囮を使うしかないな」
「囮?」
「魔族の目を逸らすんだ。ここにいる者たちで騒ぎを起こして、目が奪われているその隙に建物へ移動する。どうだ?」
その提案をするローブの男の目は真剣だ。確かに建物へ気づかれずに移動できる確率はぐっと高くなる。うまくやれば全く気づかれずに侵入することも可能かもしれない。
しかしだ。目を引き付けている者はどうなる。魔族に囲まれ、そいつは逃げられるのだろうか。きっと死しかない。それはローブの男も分かって言っている。
「そんなのダメだろう!? そんなことをしたら――」
「ああ、死ぬだろうな。しかし、それはここにいる人間は覚悟の上だろう? この役割を引き受けてもいいって奴はいるか? なるべく自分から名乗り出てほしい」
そこにいる全員が手を上げた。リサでさえも、幽奈の奇跡の業を目の当たりにして戦うことを決意したようだ。
「でも! そんなことしたら――」
太一は言葉の途中で意識を失う。ローブの男の放った拳により、腹からくの字に折れ床にへばりついてしまった。
「タイチ君! どうしてタイチ君を!?」
「仕方がないだろ。他に方法があるか? ……少し眠っていてもらうだけだ。さあ、それじゃあ作戦を立てよう」
こうして太一抜きの作戦会議が始まった。騒ぎを起こす役は今回新たに仲間にした現地組とまだ死んだことのない兵士たちが引き受けた。これで皆等しく一度死のうという考えなのだろうか。
幽奈は太一のことがあって以来、じっとローブの男のほうを見ている。ずっと、じっと、暗い瞳で。
「――ユウナはどうする?」
「僕としてはまたここに残っていてほしいんだけど。ユウナはどうだい?」
「……太一君のそばにいたい。やっぱり私が守らないとダメ」
「でも、タイチに言われただろう? 君には生きていてほしいって。それは僕たちも気持ちは同じだ。君はタイチの気持ちを無下にするのかい?」
幽奈はしばらく駄々をこねようと口をパクパクとさせていたが、最終的には納得したようだ。彼女は紺のスカートに付いたポケットに入っている物を、上から形を確認するようになぞっている。
「……ここに残るから、代わりに条件がある。あなたたちのどちらかに私と一緒にここに残ってほしい」
「どうして……って、確かにそうだね。ここはすでに魔族の巣なんだし、他の魔族が知らずに入ってくることもあり得る。ことは万全を期す必要があるね。だったら僕が残るのがいいかな。タイチには嫌われてしまったかもしれないし、彼にはジュスティーヌといるほうが安心するだろう」
「オッケー、分かった。安心してよ。必ずタイチ君を守って見せるから。同じ魔法剣士だからこそできる連携ってやつを、魔族の奴らに見せつけてくるね!」
◆◆◆
外では白いビニールハウスのような建物がゴウゴウと炎に包まれている。ここは作物や食物用の家畜の動物を飼っている場らしく、生活の要だ。
ローブの男に火をつけてもらった木の棒を持って、兵士たちがそこに飛び込み焼身自殺を図った。まだ周りには火のついた棒切れを持った兵士たちが一方向に残り、ジュスティーヌたちの目標の建物の反対側に魔族の注目を集めている。
ジュスティーヌたちはリサに案内され、気絶した太一を抱えながら青い瓦屋根の建物から出て行った。
それからしばらく時間が流れた頃のことだ。
ここには数人の兵士とローブの男、そして幽奈しかいない。
「ジュスティーヌたちはうまくやっているだろうか――」
ローブの男の首元にカッターナイフの刃が突き立てられる。太い管を確実に切ったようで小さい切り口から大量の赤い血が噴き出していた。
幽奈は残りの兵士も簡単に殺害してしまう。そしてそっと遺体に手を当て、話し始める。
「お前が悪いんだからな。太一君に悪さして。そういう人間は私が懲らしめなきゃいけない。心を入れ替えて、太一君のために働くようにならなきゃいけない。あの女もそうだ。同じ剣士だからって勘違いして。お前なんかが傍にいても太一君の役になんて立たない。あいつも直さないと」
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