第三十六話 空っぽの人間

「ジュスティーヌが連れ去られた?」


 太一が急いで周りを見渡すが、確かにどこにもジュスティーヌの姿がない。


「ここに入って、しばらくタイチさんが目を覚ますのを皆で待っていたんです。タイチさんが目を覚ましてから、建物にある牢屋に捕らわれた人たちを助けようって。でも、一体の魔族が来てしまった。ミカエルをこんな姿にした、鉄球を持った女の魔族が」


 その魔族なら太一もあったことがある。先日ダルムスタット国を襲ってきて辛くも逃げ出した魔族、ポワレのことだろう。

 愛厘の攻撃を受け止め、有人の魔法を事前に感じ取った実力のある魔族。この人間牧場にいるとは思っていたが、そいつが太一が寝ている間にやって来ていたとは。


「それで、どうなったんだ?」

「あいつは私たちを見てすぐに状況を理解したようでした。すぐに武器を手に取り、戦う姿勢を示したのですが、それをジュスティーヌさんが止めたのです。まだタイチさんが目を覚ましていないから、戦いたいんだったら自分一人で戦うと言って」


 それからの話はこうだ。その話を承諾したポワレがジュスティーヌと共に死体安置所から出て行ってしまった。残った兵士たちは皆一様に太一の安否ばかり気にしている。


 おかしく思ったリサは皆でジュスティーヌを助けに行こうと提案するも、一向に動こうとしない。ユーフェイさえもリサの言葉が耳を通らないかのように一点に太一のことだけを見ていたという。


「――どうしてジュスティーヌを助けに行かなかったんだ!? 皆、命を張る気持ちで戦いに来たんだろ!?」


 本当は命を張ってなど欲しくはなかったが、でも誰もジュスティーヌを助けについて行こうとしないなどおかしいではないか。


「どうしてって、私たちは太一さんを助けるためにここにいるわけで、ジュスティーヌのために命を張りに来たわけじゃない」

「どうしてだよ!? 俺の命もジュスティーヌの命も同じだろ!? どうして俺だけを助けるなんて言うんだよ!」

「どうしてって言われても……どうしてだろう?」


 兵士たちはなぜだか頭が混乱しているようで、どこか浮ついているようだった。それにしてもジュスティーヌを助けようとしなかった言い訳にはならないが。


「もういい! お前たちなんかには頼らない。俺一人で行く!」

「私に案内させて下さい! 力にはなれないですが、この建物には多少詳しいです」


 そうして太一とリサの二人だけで死体安置所をあとにした。残された兵士たちは皆ポカンとしており、瞳には光が宿っていない。


 太一とリサは誰の姿も見えない灰色の廊下を突き進んでゆく。どうやらほとんどの魔族は出払っているらしい。

 ということは、自分が寝ている間に囮作戦が実行されたということか。少し辛さを胸に抱きながらも、太一はジュスティーヌの救出に向かう。


「どうしてあいつら、あんなことを言うんだろう? 同じ仲間なのに……!」

「ごめんなさい。 ユーフェイもあんな人じゃなかったはずなのに。どうして皆、タイチさんを優先してジュスティーヌさんを助けに行かなかったんだろう。なんだか、人体蘇生リザレクションを受けて……」

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