第三十一話 やわらかな命

「ジュスティーヌ、そっちは大丈夫か!?」

「うん! 私は大丈夫だけど……」


 ジュスティーヌが魔族に剣を向けて相対している。彼女の後ろから次々と兵士たちが飛びかかっていった。


「俺に任せろ!」

「ジュスティーヌさんに指一本触れさせねえ!」


 命知らずの兵士が、大きな翼の生えた魔族に刃物を突き立てようとする。せめてもの、一矢報いようという行為のようだ。


「なんだお前ら。脱走者か? だったら外へでも逃げればいい。ここは整った環境を提供する特別飼育室だ。お前らみたいな蛮族が来ていいところじゃねえ」


 大きな翼の生えた魔族は明らかにわずらわしそうな顔をして、翼を土色に輝かせるとぐるりと大きく体を捻り回転し、尖った翼を使って兵士に襲い掛かってきた。


 翼は周りにおいてある壺や観葉植物などを簡単に真っ二つに斬り、強襲してくる。

 別の魔族に対応していた太一は、ジュスティーヌの剣がその翼に合わさり激しい金属音を出すのを横目で見ていた。


「人の命を弄ぶ奴に蛮族だなんて言われたくない」


 リサからの話を聞いたジュスティーヌは、実験のために殺し命を蘇らせようとする魔族に憤慨していた。


 蘇ったミカエルは現在リサに抱えられ獣のように尖った口をフガフガと開けたり閉めたりしている。

 とてもじゃないがその見た目は人間のものとは思えなかった。


 それは太一も同じ気持ちで、鬱々うつうつたる気持ちが心を支配する。

 人体蘇生リザレクション。そして魂の再生。死んだ者を生き返らせる神の所業。太一たちの仲間である天使あまつか幽奈はその体も魂も、少し人格の上書をしてしまうが完璧に再生して見せる。


 しかし魔族のそれは魂こそが入ってはいるものの、体の再生ができていない。それは人体蘇生リザレクションとは似ても似つかない、悪魔の業のように思える。

 太一は力を振り絞り、目の前にいる顔を仮面で覆った魔族の体を切り裂いた。すかさず太一は次の魔族に照準を合わせる。


 ぞろぞろと階下へ降りてくる人型や獣型の魔族。その数はざっと見ただけでも二十以上はいるだろう。

 戦うには狭い建物の中だということがせめてもの救いだろうか。魔族たちは列をなし順番待ちをしていた。


 突如、床が赤く光る。鳥の姿をした魔族がそこに手をかざし、魔法を放とうとしていたのが分かった。


「……させるもんか。タイチ、ジュスティーヌ、僕の魔法を放つよ」


 太一たちの兵士に紛れ濃い灰色のローブを被った青年が、床が激しい炎を噴き出し太一たちを飲み込もうとする瞬間に真っ黒な球体を宙に呼び出し、その炎を吸い込んでしまった。


 彼の魔法は他者の魔法を吸い込み消失させるというもので、遠距離魔法の全てを彼が押さえていてくれる。その分、魔法で作り上げた太一の大剣も吸い込まれてしまうので、事前の注意が必要ではあったが。

 魔法での強化を解かないままでいた大きな翼の生えた魔族も同じように球体に吸われ、太一の足元まで引っ張られる。


「終わりだ!」


 太一はその魔族の胸のあたりに剣を突き刺し、間もなく魔族は息絶えた。

 二体の魔族がやられたことで、ようやくただの脱走者と言うわけではないことが分かったのか立て続けに魔法を放ってくる。

 氷の刃が喉を掻っ切ろうとする魔法、ハリケーンを起こす魔法、水圧で押しつぶそうとする魔法。


 そのどれもをローブの男の魔法で吸い込んだのだが、最後に放たれた魔法により太一の足元からドリルのようなものが生えてきて、みぞおちをえぐり取ろうと迫ってくる。

 剣で迎え撃とうとしても、それはくねくねと自由に動き回り太一の背後に正面にと狙いを定めさせてはもらえない。とうとう、それは太一の胸のあたりまでやって来てしまった。


「危ない!」


 太一をかばい、四人の兵士が盾となり腹を貫かれる。それでも勢いを止めなかったのだが、最後の一人が胸を抉られたところでその魔法は勢いを失った。

 建物内に泣き声に似た叫び声がこだまする。リサはミカエルらしき生物を抱えながら、胸を貫かれたユーフェイに向かって大声を上げていた。


 それを他の兵士が心配するなと言い聞かせている。しかし人体蘇生リザレクションの存在をまだ知らない彼女の反応は至極正しいものだと、太一は胸が締め付けられた。

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