第二十七話 最悪への備え

 まだ日が昇ったばかりの冷たい空気が肌を撫でる。この時間に活動しているものは見えず、鳥のさえずりさえ聞こえてこない。


「見張りはいないみたいだな」


 どうやら人間の襲撃など想定すらしていないようで、自らを捕食者としてしか見ていないのだろう。

 思えば建物の周りを塀で囲むことすらせず監視塔の一つも建てないのは、そういった自信の表れであるのかもしれない。


 昨夜の魔族の狂宴を見た者たちは、皆一様に睡眠が十分にとれなかったようだ。そういう太一もあまりまだ体調が良くない。

 しかしあの者たちを救おうという奮起にはなったようで、それは強い決意となり力に変わる。


 あの後、あの狂宴を最後まで見ていた者から聞くところによると、亡くなった遺体は全て無機質な灰色の建物のほうへ運ばれたという。分かっているだけでも七人が昨日死んでしまったそうだ。


「皆、助けようね」


 崖下へと続く道を行くジュスティーヌが太一に声をかける。その言葉はどこか両親のことも見据えた言葉であるかのように太一には聞こえた。



◆◆◆



「幽奈はここに残っていたほうがいいと思うんだ」


 幽奈の性格上、絶対に太一についてきたいと言いそうなのであらかじめ釘を刺しておく。案の定、幽奈はいやいやと首を横に振った。


「私、太一君のためになりたい。守ってあげたい……のに」

「でも、お前はこの隊のかなめなんだ。俺たちの最終目標はここで亡くなった人たちも蘇らせて、一緒に帰ることだ」

「でも、でも……」


 やはり駄々をこねるか。だから昨日の作戦会議では言わなかったのだ。やるなら一回で済ませたい。

 太一は決意し、幽奈の体を抱き寄せ抱擁ほうようを交わした。恋心に付け入るのはあまり良い気がしないが、仕方がない。これが一番簡単な方法なのだ。


「頼む。お前には生きていてもらいたい」

「……うん!」


 幽奈は目を輝かせ、子供のような表情を浮かべている。やはりそのほうが可愛らしい。

 これから彼女と接するときはまず抱擁を交わすべきだろうか。それはなんだか最悪の始まりのような気がするので、やめておくことにした。とはいえ、すでに一度やってしまったことなので、もう取り返しは付かないかもしれないが。


「大丈夫だよ、ユウナ。私がついているから安心して!」


 ジュスティーヌが幽奈をさらに安心させようと明るい声を上げる。幽奈の舌打ちに彼女は気付いていない。

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