第二十八話 化物

 黒く縁取られた木製の扉を押すと、真ん中から分かれて建物の中の景色が飛び込む。鍵などかけられていないようで中の人間たちが逃げ出すことも、ましてや外から人間が侵入してくることも想定していないようだ。


 中はロビーのようになっていて地球のホテルと遜色そんしょくないように感じる。ガラスを透き通る朝日の光が清々しい。

 正面に扉を構え、左側には奥へ続く通路と二階へ上る階段がある。


「あいつら、すごくいいところに住んでるんだね~」


 まだ、魔族がここに住んでいる確証はないのだが、技術力の違いははっきりと見せつけられる。天井には薄く光る光の球がシャンデリアのように輝いていた。

 こんな豪華な場所に魔族はもちろん、捕らえられたと思われる人間も出入りしていたのだ。


 昨夜、人間同士の殺し合いをさせていたと思えば、こんな優雅な場所に人間の立ち入りを許可するとは、いったい何を考えているのだろうかと太一は疑問に思う。


「誰かいる……!」


 奥へと続く通路から人影が覗く。太一は剣を握り戦闘態勢を整えた。

 暗闇から黒白のメイド服を着た人間の女性がぼんやりと姿を表し始める。彼女は温かな食べ物の盛られたお皿を運んでいる最中であった。


「どうかされましたか……というか、ジュスティーヌさんですか!? どうしてこんなところに!?」


 思わず飛び出た大声に気づき、彼女は慌てて口を閉じた。彼女は二階を見上げ、不安そうに体を振るわせている。

 太一が入ってきた扉からは続々と兵士が入って来て、幽奈とともに置いてきた者を除く九十人ほどの兵士がロビーの中に納まった。


 そんな者の中から、またもや大きな声が上がる。


「リサ! リサなのか!?」


 茶色い皮の鎧を纏った男が群衆をかき分け、必死の形相で彼女の前に出る。彼女のほうも覚えがあったようで顔に涙を浮かべ、息が詰まりそうになっていた。


「ユーフェイ……どうして?」

「お前を助けに来たに決まっているだろ? 会えてよかった……!」


 ジュスティーヌが優しく笑顔を作り、リサのお皿を持ってあげる。リサとユーフェイは抱き合って再会を喜んでいた。


「ねえ、リサ。ここのことを教えてくれない?」


 ジュスティーヌはお皿に盛ってある熱々のポテトフライのようなものを勝手に口にしながら質問をする。太一もとっくに手を付けており、塩の加減がちょうどいいと絶賛する。


「俺たちはここの皆を助けに来たんだ。もし君がここに詳しいのであれば、魔族のいる場所を教えてもらえると助かる」

「助けに……ですか? そんな、逃げられるとも思えない」


 ここヴェリバル地方は森も障害物もほとんどない岩山の地帯だ。たとえ逃げ出したとしても、空を飛べる魔族が探せば上空から一目で捉えられてしまう。

 だから扉に鍵をかけなければ、見張りも用意しないのだろう。


 当然魔族を返り討ちに来たとは考え及ばないリサは、恐怖心から反抗の意志を見せることに怯えている。そんな彼女が案内できるとは思えない。とはいえ、彼女の怯える目線の先から大体の場所は推測できていた。


「二階にいるんだな」


 太一は言葉を出すとともに構えた剣に再び力を入れて、階段の伸びた先にある二階へと目線を移す。

 すると二階から肌色のが階段を這うようにして降りてくるのが見えた。


 その生物は人間と豚を混ぜたような体の構造をしており、耳が髪の毛と同じく頭頂部から垂れるようにして生えている。皮膚はブヨブヨであまり余っているようだ。

 すぐさま魔族であると認定した太一が斬りつけようと階段を跳ねるように上った途端、リサが当たり前かのような声を上げた。


「ミカ、起きてきたんだ。喜んで、ユーフェイが助けに来てくれたよ」


 彼女は言葉とは裏腹に少し憂いたような表情を浮かべ、その生物に近寄る。魔族ではないのか、あるいは危害のない魔族であるのだろうか。もっとも、見た目は人間には到底見えなかった。


「ミカって、ミカエルなのか!?」


 兵士のユーフェイは目を大きく見開き、顔は青ざめている。


「……ごめんね。ミカは私のせいで、こんなになっちゃったんだ」

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