第二十九話 暗がりの中で

 太一たちが魔族を退けるより一つ前の魔族の襲来によって、リサとミカエルを含む五十七名がダルムスタット国からこの人間牧場へ連れ去られた。

 二人は早速灰色の建物の中へと連れていかれ、地下にある鉄格子で閉じられたカビ臭い石壁の牢屋に揃って入れられてしまった。


 必要最低限の光だけが辺りを照らす。他にもリサたちと同じ時期に連れて来られた人や前の襲撃で連れ去られた人など見覚えのある顔が並ぶ。

 リサはとりあえず正面の牢屋に入れられている女性に話を聞いてみることにした。


「ねえ、あなたここが何をするところなのか知ってる? 私たちは一体これからどうなっちゃうの?」

「どうなるって決まってるじゃない。おもちゃにされるのよ……」


 彼女の何の感情の抑揚もない言葉が牢屋に新しく入った者全員の耳に届く。それはとても最悪なものだった。


 この人間牧場は魔族たちがある実験のために作ったもので、ここに保管された人間の命を気の向くままに使いテストしているのだという。

 その実験とは、魂の再生――人体蘇生――である。なんでも魔族の親玉、魔王がその術を欲しているのだとか。


 そのため言葉を使って、魂が蘇生されたかどうか確認の取れやすい人間を使って実験を始めたらしい。

 魔族の中で治癒術を扱える者が死んだ魂を再生することに挑戦したのだが、いくら殺しその肉体の再生は成功しても、再び動き出すことはなくしばらく難航を示していた。


 ある時、斬り落とした腕に治癒魔法をかけてみたところ腕から目が生え、口や肛門その他必要な臓器が腕から生えてくるということが起きた。

 それは生えた短い触手を使って這うように進んでは止まりを繰り返し、最後には眼からポロポロと涙を流し殺してと呟いたという。


 それから何度も同じようにやってはみるものの必ずしも魂が宿るようなことにはならず、とても限定的な実験結果であることが分かった。

 それを受けて研究を続ける魔族は、真に強い魂を持つ者が死後でさえも蘇ることができるのではないかと考え様々なことを試みるようになった。


 強い肉体を持った者が強い魂を持つ者だと考え、殺し合いの争いをさせてみたり、ひどい拷問を行い耐えられた者を研究の対象にしたり、逆に豪勢な暮らしを与えてのびのびと暮らしたほうが柔軟な魂となるのではないかという考えを実行したりもしている。


 ちなみにこれらの話は、たまに牢屋に来て面白半分で聞かせに来た魔族の言葉を代々受け継がれて言い伝えられたものである。その歴史はすでに百年を超えたものとなっていた。



◆◆◆



「ねえ、この牢屋に連れられてどれだけ経ったかなあ」

「与えられた食事の回数から考えるに十四回の日の入れ替わりがあったんじゃない」


 リサとミカエルはいい年ごろの娘だというのに髪はボサボサで体は埃まみれのままになり、服だって着替えが用意されていない。

 リサはかつての恋人ユーフェイのことを考えながら心の不安定を取り除こうとしていた。


 というのも、時間が経つにつれリサたちのいる右の牢屋、あるいは左の牢屋から人が連れられ、とうとう正面にいた感情の抑揚を失った女性が魔族の一人に連れられ、その姿を見なくなったからである。

 その魔族は女の人の形をした魔族で、手に鎖がつながった棘のついた鉄球を持っていた。


 次は誰の番だろうか。リサたちは恐怖で体が凍りついていた。

 ある日、何か特別な日なのだろうか、珍しく食事に肉がついていた。とはいえ、嬉しさの感情が湧き出るわけでもなくリサはいつもと変わらず腹に納める。


 すると地面を靴が叩く音が聞こえ、リサたちのいる牢屋の前に止まった。その女の魔族は相変わらず棘のついた鉄球を持っている。


「お前ら仲が良さそうだなあ。決めた。今日はあんたたちにしよう」


 そうしてリサとミカエルは久しぶりに牢の外へ出ることを許可された。しかし、それが全く喜ばしいことではないことは容易に想像つくことであった。

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