第二十一話 狂気

 ドルディーニを支える触手を、太一の身長よりも頭一つ分ほど高い場所、地上から二メートルくらいを斬り落とし、その弱点と思われる高く掲げられた顔がその分地上へと降りてくる。


 それでもまだまだ顔に剣が届くとは思われなかったが、いずれ斬りつけ続ければそれに到達するのは容易に想像できた。

 ドルディーニも同じように考えたようで、腹から伸びた八本の触手をぶんぶんと振り回している。


「やりやがったなああ、てめえらああ! そう簡単にやられる俺じゃあねえぞおお! 最後に死に花咲かせてやらあああ!」


 ドルディーニは顔を炎の壁の向こう側へと投げ飛ばし、八本の触手それぞれに黒い鎌のようなものが握られている。

 ドルディーニは触手をパアと蓮華れんげの花のように広げ、しゃにむに何度も地面に叩きつけた。


 一本だけに集中していれば避けられないこともないが、不意に二本目が襲ってくることがある。

 太一が襲ってくる触手に剣を合わせ斬り落とそうとしている時に、ちょうど頭上に鎌が振り下ろされようとしていた。


 危ない――。太一が身構えた次には、ドルディーニの体が痛みに身をよじらせるように縮こまった。

 遠くのほうで何やらドルディーニの叫びが聞こえる。その方向へ目を向けると、幽奈が手に何かを持ってドルディーニの顔らしきものに何度も突き刺す動作をしていた。


 何度も、何度も、何度も……。

 ドルディーニはすでにくたばったようで、体は地に伏せ動かない。有人と愛厘はほっと胸をなでおろし、太一は胸に小さな棘が刺さったように感じた。



◆◆◆



「太一君、大丈夫だった? 私、遠巻きで見ているだけなのが辛くて。でも、私やったよ。太一君をおびやかす魔族を私がやってやったんだよ」


 幽奈の顔にはドルディーニの黒い血が飛び散り、斑点のようになっている。右手には青いプラスチック製のカッターナイフが握られていた。もちろんそれも黒い血で根元まで染まっている。


「なんでそんなものを持っているんだ」

「たまたま持っていたんだ。護衛に役に立つかなと思って」

「護衛って、自分の身を……か?」

「自分の身とか……大切な人の身とか」


 幽奈は太一の目を見て呟くように言う。瞳の色は真っ黒だ。

 カッターナイフなど明らかにこの異世界の文明にないもので、地球にいたころから持っていたものだと推測される。


 とすれば、太一たちが教室にいたところを覗いていた時からカッターナイフを忍ばせていたのだろうか。護衛のために……。

 そんなことを太一が考えていると、筋肉質な太い腕が太一の肩に絡みついた。


「幽奈ちゃんに助けられたな。俺からもお礼を言うよ。ありがとうな」


 有人は白い歯を見せ、ニカッと笑う。次に愛厘は薄いピンク色をしたハンカチを取り出し、幽奈に差し出した。


天使あまつかさんに助けられちゃったね。これで血を拭いて」


 カッターナイフを持っていた幽奈とハンカチを持っていた愛厘。なんとも歪な対比である。

 愛厘は前々から思ったいたことを口に出す。


「私も幽奈ちゃんって呼んでいいかな。私のことも下の名前で呼んでほしいな」

「え、あ……うん」


 ハンカチを差し出す優しさと同時に心の距離を詰めてくる愛厘に惑ったのだろうか、あるいはあざといと憎しみを強めただろうか。とにかく傍目では、二人は仲良くなったようだった。 


「さあ、まだ魔族が残っている」


 太一たちは剣を振るい戦っているジュスティーヌや、もうすでに無傷な者などいない加勢しに来た者たちが満身創痍であるのを見て次の戦いに備えた。

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