第二十二話 国に明かりが灯り、陰が浮き出る

「おい、どうしようもない場合はしょうがないが、俺たちの一番の目的は人間を捕まえてくることだぞ。それを見誤るな」


 もう一体の人型の魔族が周りの魔族に命令を下している。亀の甲羅がイソギンチャクのようになっている魔族が、その奥からツタを伸ばし人間に巻き付けていた。

 声を出さず静かに、しかし力強く。太一は人型の魔族の背後に駆け寄り、その体を縦に半分に斬り下ろした。残る魔族は五体。


「ああ? お前ら、ドルディーニをやったのか。やるじゃねえか」


 鉄球を持った女の魔族――今は鞭を持っている――、ポワレが太一に気づき鞭を構える。その奥ではジュスティーヌが頭から血を流し顔は赤く腫れていた。


「あんたもどうだ。最っっっ高に気持ちがいいぜえ、私の鞭打ちは!」


 ポワレは鞭を持って太一のほうに、にじり寄ってくる。その横から愛厘がすかさず拳を入れた。

 愛厘の突き出した拳はポワレに片手で止められている。しかし、僅かばかり皮膚が裂け中の赤い筋肉繊維が現れる。ポワレは眉をひそめていた。


「お前もなのか? そんなに力強い体に見えないけど、お前は痛みに耐えられる方かな?」


 ポワレは愛厘の拳を掴んで離さず、右手に持った鞭を大きく振り下ろそうとしていた。愛厘は思わず目をつむってしまう。


「私がいることを忘れるな!」


 風魔法の超音波で刃を振動させたジュスティーヌは、その剣でポワレに斬りかかった。剣はポワレの右肩に半分ほど埋まり、引き抜かれる。そして、ポワレが声を上げて大きく笑った。

 ポワレにとって痛みとは愉しいことなのだろうか、黒色のソックスによって引き締まって見える脚をジュスティーヌの腹に激しく押しやり、彼女を石垣に叩きつけた。


「いい! いい! いい! 最高に抵抗してくれる! お前らのおかげなんだろうな。その顔覚えた!」


 そう言って、ポワレは肩から赤色の翼を生やし上空へと飛んだ。嫌な予感がしたのだろうか、悔しいがその予感は的中している。


 その数秒後、地面が白く光り、辺り一帯に冷気が襲い掛かる。有人がジョゼフの氷魔法をまねて地面を銀色の氷で覆い、地上にいる残りの魔族に氷柱を突き刺した。

 魔族は言葉を出すこともできずに全員息絶える。太一が気づくとポワレはすでに姿を消してしまっていた。


 誰もが呆然と周りを見渡し、息を吐く。倒れた魔族が動き出さないだろうか。まだ、魔族が残っていないだろうか。次第にその心配は自分の体、そして周囲の人間の体の心配へと移る。

 ようやく吐いた息を大きく吸い出し、全員で大きな声を上げた。


「やったぞおおおお!」


 その歓声は空の雲を割るほどであった。



◆◆◆



「ありがとうございます。あなた方がいなければ、この国からまた大切な国民が連れ去られるところでした。亡くなられた方も出ず、なんとお礼を申し上げてよいか」


 この戦いで負傷者は三百人以上。死亡者は一人もいなかった。太一はほっと胸をなでおろす。


「そんな、お礼なんて――」

「お礼なら美味しい食べ物がいいって太一が言ってたぞ!」

「それは有人の望みだろ」

「あはは。有人が言いそうなことだね」

「うふふ。考えておきますね」


 愛厘とエリザ王女が嬉しそうに笑う。やはりこの二人はよく顔が似ている。そんな無邪気な笑顔に太一も笑顔になる。


「本当にありがとうございました。あなたたちはこの国の、私個人にとっても特別な勇者です。今後ともどうか、そのお力を貸してください」


 魔族と戦う前、兵士にも同じようなことを頼まれたが、ここまで誠実に頼まれると太一は断れる気がしなかった。


 一方、戦場だった場所では王城からの支給で清潔な布が配布される。太陽が傾き空に陰が差してきたので、軽い負傷者は後日に回し重症者の治療だけに時間を割くことになった。

 幽奈は負傷者に治療魔法を施している。


「いいのか、血が流れすぎて倒れるんじゃないか?」

「大丈夫! これくらい、ポワレと戦ってたら普通にあるよ」


 普通にあったからと言って治療は確実に必要そうなのだが、ジュスティーヌは自分は後でいいと言って他に順番を譲り、今は赤く腫れた顔に包帯でくるんだ氷を押し当て地面にへたり込んで座っている。


「包帯も代わりを貰ったほうがいいんじゃない? 私、貰ってくるね」


 愛厘はジュスティーヌが強がっていると判断したのか、単に放っておけないと感じたのか、支給される布を取りに群衆をかき分け行ってしまった。


「いい子だね、アイリは。アイリはタイチ君の彼女なの?」

「え!? いや……そう、なりたいと思ってた時もあったんだけど。なんなら今だって。でも……」


 太一は昨日の夜、中庭で愛厘のほうから私たち離れたほうがいいんじゃないかと提案されたことを思い出す。そういえばそれから愛厘と二人きりで話したことがないような気がした。


「はっきりしないな~、もう。こういう時はどっちかですぐに言うべきだよ!」

「じゃあ、付き合ってない……まだ」

「そっか! うんうん、そうなのか! あはは」


 笑い出したジュスティーヌにどういうわけか馬鹿にされたような感じを受け取って、太一はなんだかムズムズした。ただ彼女の笑顔が見れたのは嬉しい。

 そうしていると、愛厘が戻って来て不思議そうに尋ねる。


「ジュスティーヌ、何笑ってるの? 何か変なことでも話してた?」

「いや! 何も話してない。そうだ、ジュスティーヌに剣と魔法の訓練をしてほしいって頼んでたんだ。今回のこともあるし、しっかり学んでおきたい」

「いいね、それ! 私も魔法の戦闘訓練をやってほしいかも」

「もうすでに私よりも強いとは思うけど。そういうことならお姉さんに任せなさい!」


 三人の顔に笑顔が灯る。三人だけではない。この国の人たち全員が一丸となって魔族を退けたのだ。誰の顔も幸福に満ちている。


「あいつ、また太一君に近づいて。笑うんじゃねえよ。気持ち悪いだろ。それに、もう一人の女。あいつも太一君を誘惑してる。篭絡ろうらくしてる。絶対に許さない。守らなきゃ。今度こそ本気で……!」


 カッターの刃が出ては引っ込み出ては引っ込みし、プラスチックがカチカチカチと弾けるような音を立てていた。

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