第七話 砂上の人間

 馬乗りになって襲ってきた愛厘をはね退けた太一は、今度は有人のほうへとやって来た。

 有人はすでに体を起こしており、今は天使あまつかと話をしている。


 二人が話しているところなど見たことがなかったので少々意外な組み合わせだなと太一は感じたのだが、天使が蘇らせてくれた命の恩人である点を踏まえると特に違和感はない。


「体のほうは大丈夫か?」

「おお、太一! 見てくれよ。すっかり元通りだぜ!」


 有人の顔には何ら問題がなさそうに見え、相変わらずの能天気な笑顔を見せてくれる。

 太一とはほっと胸をなでおろし、安堵あんどの溜息をついた。


 これは自分の知っている有人だ。何があっても快活そうに振舞ってくれ、大怪我をした時も一番に周りに気を使って何でもないというように振舞う感じだ。

 太一は愛厘のほうをチラと見る。愛厘は結ったポニーテールをほどき、胸まである長さの髪を手櫛てぐしでといている。


「良かった。お前は何も変わっていないようだな。お前までなんか変になってたらどうしようかと思ったよ」

「なんか変ってなんだよ。俺がこれ以上何か変になるのか?」

「それもそうだな。お前はこれ以上変になんかならない。お前が変わるわけないよな」

「まったく、何言ってんだよ。が生き返らせてくれたんだ。うちの治癒術師はさすがだな。最高の仲間だぜ!」


 ? 天使のことか。確か彼女の名前は天使幽奈だったっけ。有人と天使は名前呼びするほど親しかっただろうか。確かに有人は天使のことを苗字で呼んでいたはずだ。洞窟に入る前までは。

 そう考えが及ぶと、太一は少し悪寒が走る。有人も人体蘇生リザレクションを受けて別人になってしまったのだろうか?


 もう一度、有人の体をまじまじと見てみる。体格が良く、腕や足に程よく筋肉がついている。身長も太一よりも少しあり、太一が話すときは顔を少し上げて話さないといけないほどだ。

 さっぱりとしたソフトモヒカンの髪は茶髪の中でも暖色に近い色をしている。目鼻立ちも何ら変わりはない。


 身体は全く変わっていない。仕草も問題はない。しかし、太一は一度感じた違和感を拭うことができないでいた。

 有人と愛厘。何かがおかしい。有人のほうは天使に治してもらったという感謝から親しくしようと努めているだけなのかもしれない。


 それならばと太一は有人に、愛厘のことを聞いてみることにした。


「なあ、有人。あそこにいる愛厘なんだけど。何か違和感を感じないか?」


 太一は有人の表情をつぶさに観察しながら質問をする。体の動作、目玉の動き、まばたきの速さ。

 もしかしたら有人も愛厘も、太一のことをからかって遊んでいるだけなのかもしれない。それらをしっかりと観察しながら、太一は言葉を選ぶ。


「違和感? 何も感じないけど」

「なんていうかさ、変に魅惑的になったっていうかさ。誘惑されたというか」

「なら、良かったんじゃねえの。太一、あいつのこと好きだっただろ? だったら誘惑なんて嬉しいことじゃあないか」

「そうだけど! ……そうだけど、なんかあいつじゃないっていうか。俺はいつもの愛厘が好きだったんだ」


 優しくて、まっすぐで、誠実で。人を助けようとしてくれる強さを持ちながら、弱さもどこかに隠し持っていて。笑顔が可愛くて。手が触れるだけで照れて笑ってしまうような、可愛げがある奴で……。

 

「いつものねえ。俺には変わったところは分かんねえけどな。それにあんま言いたくないけど、愛厘は大体そんな奴じゃなかったか?」

「どういうことだ?」


 有人は少し離れた場所にいる愛厘に聞こえないように、小さな声で言う。


「誰にでもいい顔をするってことだよ。誰にでも媚びた態度をとるっていうか、男をその気にさせるような感じ。好意を向けてるのは相手にじゃなくて、その好意が返ってくるであろう自分に対してなんだろうな。男受けはするが、同性には嫌われるパターンだな。まあ、同性に嫌われるからこそ異性に依存しようと――」

「馬鹿なことを言うな!」


 太一の怒りが洞窟内にこだました。

 愛厘はギョッとして手櫛を止め、有人はどうしたんだと言わんばかりにポカンとしている。天使は暗がりにいるためか表情が分からない。


「どうしてお前がそんなひどいことを言うんだ。愛厘はとても優しい奴なのに……。同性の友達もいっぱいいただろ。なのに、同性に嫌われてるわけないじゃないか。依存しようと思って俺たちと一緒にいたんじゃない。それは一緒にいたお前も分かってるだろ!」


 これで分かった。太一も変わってしまった。人体蘇生リザレクションを受けて体は元通りになってはいたが、人格が少し変になってしまっている。

 以前の有人であれば絶対に友達の、ましてや愛厘の悪口など言うはずがなかった。


 これはひどい冗談だと信じたい。夢ならすぐに覚めてほしい。ただどうすればこれを冗談だと言ってくれるのか、どうすれば夢から覚めてくれるのか、太一には分からなかった。


 しばらく呆然としていた太一の横に、さっきまで座り込んでいた愛厘がいつの間にかやって来ていた。

 愛厘は太一の手を取って、耳元で甘くささやく。


「私のこと、よく言ってくれてありがとう。……大好きだよ」


 もう、二人とも全く変わってしまっていた。

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