第四十二話 ミカエルの魂

「ねえ、ミカエルは治すことはできないの?」


 リサがミカエルを抱えて幽奈に尋ねてくる。ミカエルは獣のような顔を左右に振り、短い手足をばたつかせている。


「前にも言ったけど、私にできるのは治癒術だけ。ミカエルを生き返らせてほしいなら、遺伝子の混ざっていない状態のミカエルの死体があれば生き返らせることができるんだけど」

「死体安置所にはなかったの?」

「そういえば数体、体が元に戻ったのに生き返らなかった死体があったかな。もしかしたらその中にミカエルのものがあるかもしれない」

「それじゃあ、どうしてミカエルは蘇らなかったんだ?」


 太一は素直な疑問をぶつけてみる。


「きっとこの子が生きているからだろうね。別の細胞が混ざっているとはいえ、多分魂はミカエルのものなんだと思うよ。ただ変な体に魂を呼び戻されてうまく体を動かせていないんじゃあないかな」

「ってことはミカエルが生き返るには……」

「うん。一度このミカエルの魂を殺さなくちゃいけない」


 太一と幽奈とリサとユーフェイは死体安置所に行き、そこにミカエルの体があるかどうか調べることにした。


「……あった。ミカエルの体だ」


 青い瞳に金色のウェーブがかった短髪がキラキラと輝いているようだ。年のころは十四歳ほどに見え、太一よりも小さい。

 当然人形よりも本物のように見えるが、人間とも思えないのが不思議である。魂が入っていないだけで、これほど感じ方が変わるものなのか。


 とはいっても異なる体に入ってしまっている現在のミカエルの姿を見ると、やはり元の姿のミカエルのほうがよほど人間らしくはあるが。


「これでミカエルを殺せば、元の姿に戻るんだよね?」


 リサはミカエルらしき生物にナイフを向けている。ナイフを持つリサの手は微かに震えていた。

 他の者が代わりにやろうかと申し出たのだが、リサは断固としてそれを断り自分で決着をつけると言った。それが自分のけじめだからと。自分で責任を取らなきゃいけないと。


 それでもやはりリサはどこか躊躇しているように見える。ミカエルを自分の手で殺すことにやはり戸惑いがあるのだ。

 化物と呼ばれる姿になってもなお、リサにとってはこれがミカエルだと感じられるのだろう。人は外見ではなく、心――この場合は魂――だということだろうか。


「俺にも背負わせてくれ」


 ユーフェイの手がリサの手に重ねられる。リサは凍える部屋の中で温かさを噛みしめながら、ミカエルにナイフを突き立てた。



◆◆◆



 現在太一たちはヴェリバル地方の崖の上、人間牧場を見下ろしていた場所に立っている。

 引き連れている人たちは当初より十倍増え、千人近くとなっていた。


 太一たちはあれから外の魔族たちを殲滅せんめつし、捕らえられていた人間たちを開放していった。

 その中で出会った高貴そうな女性。マリア王妃が人間牧場の皆を代表してお礼を述べる。


「本当にありがとうございます。私たちはあなた方のおかげでこうして再び人間としての生を受けることができました。人体蘇生リザレクションとは聞いてすぐには理解できませんでしたが、そのような力を私たちに貸していただきありがとうございます。あなた方は私たちにとっての勇者です。どうかこの命、あなたたちのために使えることを願っております」


 こうして太一たちは一路ダルムスタット国への帰り道を辿って行った。


 一方そのころ魔王の住む土地、オーバーボーデンでは太一たちが襲撃した人間牧場からこっそりと逃げて帰った魔族が、城にいる誰かに何やら報告をしている。

 それを聞いたある男はダルムスタット国方面へ目を向け、口を開く。


「あいつらが俺の一番欲しい秘術を手にしているとはな。世の中分からないものだ」


 その男は竜のような顔からうねった角が八本生えている。体はつたのように何重にも巻きついた硬い骨が覆っており、背中からはカラスのような黒い翼が生えている。手足は城を支える柱ほど太く、一振りするだけで空気を割く音が聞こえてきそうだ。


「人体蘇生の術。……面白いじゃあないか」


 ポツポツポツと雨が降り出した。

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人体蘇生ーリザレクションー ハムヤク クウ @hamyaku_kuu

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