第十話 危険がすぐそこにある
真っ暗闇の中で焚火の炎と星の明かりだけが輝いている。遠くでは聞いたことのない生物の僅かばかりの鳴き声が夜の冷たい風に乗ってやってきた。
太一と幽奈はほとんどの生物が眠りにつく中でその動きを活発にしている。
彼女曰く、愛厘は異性に依存するために色香を使い誘惑するような女らしい。そう思いながら、彼女は傷ついた愛厘を治癒していたのだ。そんな感情を抱いて有人を蘇生したのだ。
魔法は術者の精神に大きく左右されると思われる。実際、苦戦したカエルのモンスターに対して、有人と愛厘が生き返ったという吉報を聞いた瞬間に、太一は力が何倍にも膨れ上がったというような感覚を抱いた。
ということは、
だから愛厘は太一に媚びるような態度を見せたし、有人は愛厘に対して幽奈と同じ考えを持つようになってしまったのだ。
「幽奈、頼むからそんなこと言わないでくれ。愛厘はそんな奴なんかじゃないんだ。あいつは本当に優しい奴で、誰にでも平等に接する奴で、異性を意識すると照れて笑ってしまうような奴で……」
「本当に、太一君は座部さんのことが好きなんだね」
ここで即答して、好きだと答えるべきだろうか。
そうできないでいたのは、それを言うと幽奈がまた歪んだ考えを強めると警戒したからだろうか。それとも愛厘がこの世から去ってしまったと認めているせいだろうか。
太一は喉まで出かかった言葉をうまく出せないでいた。
「太一君は今の座部さんのことが嫌い?」
「……嫌いと言うか、前の愛厘のほうが好きで戻るならそれにこしたことがない。」
「でも以前からあんなだったよ?」
「違う! お前は愛厘のことを少ししか知らないからそんなことを言うんだ」
「違わない! 太一君は近くにいすぎて逆に分からなかったんだよ。遠巻きに見ていた私のほうがよく分かってる」
全くの押し問答だった。両者譲ることはないし、相手を認めることもない。ただただ言葉が宙を舞っている。
「それでも、座部さんは今の座部さんでしかないんだよ? 太一君がどう思っていたとしてもそれは変わらない。もうあの女は隠さず男に媚びるような奴になったんだ。それは太一君も認めるでしょう?」
そしてとても痛い言葉が飛んでくる。そうなのだ。どれほど過去の愛厘をかばったところで、その愛厘はもう……。
太一は全身の力が抜け落ちたように肩を落とし、焚火に目を向ける。パチパチと弾ける炎の音だけが太一の心を唯一落ち着かせてくれた。
結局はここへたどり着くのか。死んだ人間は決して生き返らない。それは
人によっては、何をこいつはくよくよと悩んでいるんだと思われるかもしれない。死んだ思い人がエロくなって甦るなんて、のしが付いて返ってきたうえにお土産までついてきた感じだと言うかもしれない。
それは太一も十分に感じることだった。
「なあ、お願いだ。有人と愛厘を元に戻してくれ」
太一は誠心誠意、頭を下げて頼んでみた。
またあの頃のように三人で馬鹿なことを喋りたい。あの黒い渦の中、三人で固まって寄り添ったあの頃のように。絶対に何があっても壊れないと思っていた絆でつながっていたあの頃のように。
次に太一が顔を上げると、幽奈が太一に向かって真正面に体を向けていた。その瞳は相変わらず光がなく黒い。
「元に戻すなんてできないよ」
「でも、お前の魔法があれば……」
「私にできるのは治癒術だけ。治すことはできても、変えることはできない」
「壊れてしまった人格を治す……とか」
「何をもってして人格が壊れたというの? 太一君の基準なんかじゃあ、壊れたとは言えないよ?」
「それじゃあ、もう一度――」
太一はここで言葉に詰まってしまう。もう一度……自分は一体何を考えているのだろうか。
太一は暗闇のほうへと振り返り、もう一度皆が寝静まっているのを確認する。焚火の炎は届いていないが、確か半分ほど姿を埋めた大きな岩が二つ並んだところに愛厘は寝ているはずだ。きっと涼しい顔をして寝息を立てているのだろう。
もう一度、殺してしまえば。そんな考えに堕ちていった自分を太一は激しく攻め立てるのであった。
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