第十四話 夜明けのパレード

 その日の夜、やはりこの世界に月は出ない。明かりは遠く光る星たちと、太一が手に持っているカンテラの油が燃える炎だけだ。


 太一は相変わらず夜寝つけないでいて、場内を散歩している。中庭の草木の匂いでも嗅ぎに行こう。そう太一が考え足を向けると、中庭の中に同じようなカンテラの炎らしきものが辺りを薄く照らしている。かろうじて分かったのはそれが愛厘であったということだ。


 太一が近づき声をかけようと口を開くより前に、気づいた愛厘が言葉を出す。


「眠れないの?」

「ってことはお前もか?」


 同じように中庭に集まった二人は炎で照らされた顔を見合い、思わず吹き出し笑ってしまう。そういえば愛厘の笑顔を見るのは久々なような気がする。


 愛厘は一体何を悶々と考えこの中庭に来たのだろうか。太一は聞きたいことがたくさんあった。

 一通り笑い終わった後、愛厘は空を見上げ口を開く。


「星が綺麗だね」

「そうだな」

「こんな綺麗な星空、中学校の林間学校でもなかったよね」

「確かにそうだな。あの時も綺麗だと思ったけど、ここは本当に何もないというか真っ暗闇だ」

「アハハ、本当にそうだよね!」


 暗闇の中、二つの淡い明かりが大きく一つになる。愛厘がカンテラを持った手を太一の手に重ねてきたからだった。


 愛厘の手の温度が伝わってくる。逆に愛厘には太一の手の温度が伝わっているだろう。そんなことを考えていると、すぐに愛厘は手を放しその温度が冷めてしまった。

 愛理は目を落とし、表情は元気を失っていた。


「ごめんね。なんか、気を引くようなことをやっちゃって。私ってば無自覚っていうか、気づけば誰かのそばに寄りたくなるというか。太一、私のこと人格が変わったって言ったよね。どれだけ考えてもよく分からないんだ。私は嘘をついてる気持ちはないし、でもそれをすれば太一は悲しい顔をする。太一のことを思えば思う程、近づきたいけど離れなきゃいけない。ねえ、太一はっていうけど、その私はこんなときどうしてたの? どうすれば正解なの? 教えてよ……」


 愛厘の心情の吐露に太一は言葉が続かないでいた。どうすればなのだろうか。太一は一体何を望んでいるのだろうか。

 つい三日前までは自然と分かっていたことが、今ではよく分からない。変わってしまった愛厘が悪いのだろうか。それとも変わらないでいる太一が悪いのだろうか。


「何も答えてくれないんだね」

「そんなことは……」


 またもや沈黙してしまう。闇の静けさが一層に増していった。


「……もう、私たち離れたほうがいいかもね。それじゃあ」


 カンテラの油がもう残りわずかだからだろう。愛厘の炎は小さくすぼみ、その表情は太一からは伺えない。

 炎が消えるのを嫌がってか、太一と距離をとりたかったのか、あるいはその両方か。愛厘は決して振り返ることはなく、暗闇へと消えて行ってしまった。



◆◆◆



 夜が明けて次の日、太一は何とか眠りについたもののすぐに有人に叩き起こされていた。目覚めが悪い。太一の脳の半分以上はまだ眠っていたいようだった。


「太一、もう朝だぞ! それに今のうちに朝ご飯食っとかないと後々大変なことになるぞ」

「……どうしてだ?」

「もうすぐ皆が凱旋パレードをやってくれるらしいんだ」


 聞けばこの国、いや世界の救世主が現れたとのことで、街をあげてのパレードを夜まで行うというのだ。

 その間ずっと馬とカバを足してその大きな耳をタレ耳にしたような家畜の動物に引っ張られ荷台に乗せられるという。だからご飯は今のうち食べないと夜まで食べられないと有人が言っていた。


 太一はそのために用意された青を基調とした聖職者のような衣装に着替え食卓へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る