第十九話 踊り狂う
「なんとか助かったな。これで時間がだいぶ稼げる」
「それ、本気で言っているのか……?」
「本気に決まってるだろう? これで幽奈ちゃんの元へ魔族が行く心配がだいぶ減った。幽奈ちゃんさえ生きていたら、皆元通りになるんだしな」
有人は言葉だけ捉えると最低なことを言っている。重要な人物さえ生きていれば、他は死んでもいいというように。
しかしその重要な人物にもよるだろう。この場合は
人格が変わる可能性があるとはいえ、命に別状はない。英雄になれると信じ死に、英雄になった状態で生き返ることができる。
力を持たないほとんどの国民にとっては、むしろ太一のように命を大切にして震えて待っていろと言うほうが酷なのかもしれない。それほど彼らの長年受け続けてきた傷は深く、悲しみは強いのだ。
ポワレは鉄球を土に還し、今度はよくしなる鞭を取り出した。鉄球で一掃するよりは、一人ひとり鞭で叩きつけるほうが自分の好みだと判断したのだろう。顔には笑顔が広がっている。
「おい、よそ見をしていていいのか?」
顔のない魔族が太一を試すように剣を振り下ろした。それに太一は全力で剣を合わせる。
何の力も入れてなさそうなのに、太一が力いっぱい押し返そうとしてもびくともしない。それは魔族特有の力なのか、太一が魔法の使い方を分かっていないのか。今は力勝負ではこいつに勝てないということだけは分かった。
「弱い人間どもが久しぶりに抵抗の意志を見せている。これはお前たちのせいか?」
「そんなこと聞いてどうする?」
「嫌な予感がしただけだ。奴ら死に物狂いで戦っている。死すらも戦いの算段に入れているようだ。なあ、もしかしてお前ら、俺たちの研究を盗んだのか?」
「研究? 何のことだ?」
「……そんなわけがないか。まあ、いい。真偽はお前に死んでもらったら分かるかもしれない。全力で行くぞ」
そう言い、剣を振り上げようとする顔のない魔族の体に赤い糸のようなものがぐるぐると巻きつき始める。それが全身を覆うと端から導火線に火がついたかのように小爆発を始め連鎖的に爆発を繰り返す。
「俺がいることを忘れんじゃねえよ! 俺だって英雄なんだぜ!」
有人は、太一たちが喋っている間にこそこそと魔法の準備をしていたらしい。なんと姑息で、魔法使いらしい戦い方だろうか。
「よし、今のうちにやっちゃえ! やっちゃえ!」
有人の
「てめえええら! 調子に乗ってんじゃあ、ねええぞおおお!」
先ほどまでの落ち着いたトーンとは違い、甲高い声が腹の奥底から響いた。
顔のない魔族はコートを開き、腹から八本の触手を伸ばす。そしてその触手は自らの腹の中にずぶずぶと入ってゆくと、中から顔を取り出した。
顔には一つ目と無数の歯のついた口が並んでいた。
「このドルディーニの体に穴開けやがって! ぜえええったいに許さねえ! ぶっ殺してやる!」
太一は確かに体を剣で突き刺したはずなのに、体からは血らしきものは流れ出ない。代わりに腹に刺した一撃分だけ、顔から黒い液体が流れ出ている。
その顔は今や八本の触手によって宙高く掲げられ、太一の剣では到底届かない位置にいる。
どうしたらあそこに剣が届くだろうかと思案していると、横にいる有人が太一の体を弾き飛ばす。
太一のいた場所にはドルディーニの剣が突き刺され、地面が僅かばかり割れていた。
「さっきからよそ見してんじゃねえよ!」
「わ、悪い」
「さあ、どうする? たぶん、あの顔を攻撃しないといけないよなあ?」
太一と有人は怒りに任せている分だけ避けやすいドルディーニの攻撃を何とかかわし、相談をする。
試しに、触手に斬りかかると金属音が鳴り、触手がとても硬い物質なのが伺えた。触手を斬って、顔を地に落とすことはできないようだ。
すると腹の中からもう一本の野太い触手が飛び出てて、太一の体を掴む。そしてドルディーニは大きな予備動作の後、勢いづけて剣を振り下ろした。
そこに華麗に三段ジャンプをして宙をクルリと一回転して、振り下ろした剣を踊るように回し蹴りで弾き飛ばす女の姿があった。
「ごめん、遅れて! 待った?」
太一、有人、愛厘の三人がドルディーニの前に揃う。
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