第十八話 英雄伝説

「大丈夫ですか!?」


 愛厘はツタで縛られた人間たちを安全な場所へ移し、その安否を伺っていた。

 有人の炎魔法により火傷を負った人は多数いたが、血を流した者はいない。愛厘は早速幽奈と兵士がいる場所へと案内し、治療をしてもらうことにした。


 一方、太一は炎の壁の向こう側を見つめている。事前に幽奈に火傷防止の水魔法で体を覆ってもらったので熱さは平気である。呼吸も楽にできる。

 この壁の向こう側はどうなっているのだろうか。太一の脳裏に不安と恐怖がよぎる。


 するとそばへ駆けつけた有人が、毛もくじゃらの魔族二体が燃え切ったのを確認し終えると太一に声をかけた。


「俺の準備はできてる。よし、行こうか!」

「おう!」


 有人はもう一度魔法を練り直すと、今度は炎の壁の中に水流の渦ができた。だんだんと形が形成され、丸い球状になると花火のように大きく爆発する。飛び散った水滴を通った光が反射して散乱し、虹を作った。


 炎の壁を割って出来た虹の通り道を進んで太一たちは辺りを見渡す。二十八名の人間は全員体を地に着け倒れていた。


「ああん? なんだあ、お前ら? ジョセフはどうした?」


 鉄球を持った女の魔族、ポワレはまだ炎の壁の向こう側での出来事に気づいていない。それもそのはず、炎が現れてから今までの時間僅か三十秒でのことだったからだ。作戦は見事成功したようだった。


 しかし、ここからはどうなるか分からない。場当たり的に戦うしかないだろう。相手は七体。それも前衛で戦う肉体派の連中だ。本番はこれからだった。


「どうやらこの炎はこいつらのものらしい。見ない顔だが、新人か? ここは俺が引き受けよう。お前はあそこにいると遊びたいだろう?」


 太一たちの目の前に別の魔族が立ちふさがる。その魔族はジュスティーヌを指さしてポワレに述べた。


 この魔族は人の体をしているが、顔だけない。黒いコートに身を包み、どこに目を向けているのか分からない不気味さがある。かろうじてコートのボタンのある方向とつま先の向きによって太一たちのほうを向いているのだと分かる。

 ポワレは口だけを歪めて笑い、ジュスティーヌのほうに体を返した。


「そうだな。肉片をむしり取りたい! 体中に穴を開けてやりたい! 一日中、ゼロから十三ずつ数を足させるんだ。ちょっとでも言い淀んだり、間違ったら体に穴を開けてやるんだ。食事は鉄にでもかじりついてもらおう。あの気丈な女はいつまで耐えられるんだろう」


 ポワレともう一体の人型の魔族、そして獣の形をした四体の魔族がジュスティーヌのほうへ向かう。このままではやられてしまう。

 太一たちの目の前には刀身も柄も真っ黒な刀を両手に片手ずつ持った魔族。ジョゼフら三体の魔族を倒したとはいえ、あれは不意打ちだ。万全の態勢でいるこいつを果たして倒せるのだろうか。


 太一の気持ちが少したじろいでいると、ジュスティーヌがいるよりもさらに奥から轟音に似た声が飛び出てきた。


「俺たちも戦わせてくれ!」

「加勢するぞ!」


 やって来た国民たちが思い思いの武器を手に取って参上する。鍋を盾のように持つ者、包丁を握る者、布団を体に巻き付け手に拳大の石を持つ者。

 誰も絶望に体を震わせる者はいない。むしろ全員が英雄になれると信じ、魔族に命を張って立ち向かっている。それは勇ましい行為に見えるだろうか。


「よし皆、準備はいいか!? 行くぞ!」

「おお!」


 彼らの戦いは始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る