第五話 禁忌の治癒魔法
一通りモンスターを蹴散らした一同は、ご飯をここでとることにした。ある程度、体の動かし方も魔法の使い方も分かったところでくたくたになってしまっていたのだ。
「なんだか新しいスポーツをしているみたいだったな。すごい爽快だ」
「有人は爽快かもしれないけど、やられたほうのモンスターの気持ちとか考えると爽快とはいかないかな。私たちの勝手で殺しちゃったわけだし」
「でも悪さをするモンスターだったんだろ? だったら仕方がないだろ。地球で言う害虫を殺すようなものだ。気にすることじゃない」
まあ、愛厘の気持ちも分からなくはない。夢やゲームでは感じられない、確かにそこに生きている感がモンスターに感じられる。そんな得体の知れない生物を勝手に殺していいのか、まだ判断に迷ってしまうのだろう。それは彼女の優しさだ。
「愛厘。そんななら今から行くモンスター退治から抜けるか? 戦闘なら俺と有人がいれば十分だろう」
「ううん。覚悟はできてるから……それはいい。でも、
天使は治癒術師で非戦闘員だ。確かに危ないところに連れて行くのは申し訳ない。
「なあ、天使。お前は王城で待ってたほうがいいんじゃないか? 身を守るすべがないと危なそうだし」
太一が言葉をかけると天使は急に大きく首を振り、目を輝かせて太一のほうを向く。
「大丈夫だよ。たい……富良野君。私すごい魔法を持ってるから」
「え!? どんな、どんな!?」
有人が大きく身を乗り出し天使に迫る。天使の目は再び光を失い、ワントーン低い声で答えた。
「人体蘇生魔法。ゲームで言うリザレクションって奴かな。死んだ生物を生き返らせることができるみたい」
「すげえ! 本当かよ! だとしたら俺たち最強じゃん!」
「ちょっと! 有人、声でかすぎ! 天使さんが驚いちゃうじゃない!
その通り、天使は身をすくめ下を向いてしまった。愛厘が優しく覗き込み、声をかける。
「ごめんね。驚かせちゃって。でも今の話本当? 人体蘇生って生き返らせることができるの?」
「ああ……うん」
人体蘇生。古来より地球人が追い求めては諦めた禁忌の術。それを追い求めて実験をするあまり、逆に大量の人間を殺害してしまったなどと言う話があるくらいだ。
そんな魔法があるなんて、なんてチート能力なのだろう。相打ち覚悟で戦いを挑むことができるなんて、第二次世界大戦の神風特別攻撃隊でもあるまいし。しかし、その威力は想像に易い。
これが本当であれば太一たちの戦闘はずいぶんと楽になる。本当であれば。
「でもそんな魔法どうやって存在を証明するんだ? 今から有人に死んでもらうくらいしか――」
「おいおい、どうして俺なんだよ。それなら太一で実験すればいいじゃねえか」
「俺だったら復活しないかもしれないだろ。お前のほうが体格がいいし、間抜けだから死んでも死んだことに気づかなそうだ。そのほうが蘇生されやすいだろ」
「そんなわけあるか! だいたい死んだことに気づかないって、どれだけ俺は間抜けなんだよ!」
その後もしばらくは二人の言い合いが続いた。愛厘はもちろん、天使も笑ってくれているのが喜ばしい。天使は笑うと子供のような表情を浮かべるのが特徴的だった。
「――それでね。私さっき、
天使は飛び散った青いゼリーに向かって手をかざし、目を閉じ何かを念じ始めた。
まだ幼さの残るスラっとした手から青白い光が
やがて元の大きさまで体が再生すると、モンスターは大きな一つ目をパチクリとさせ元気よく湖のほうへ飛び込み行ってしまった。
「本当に……蘇生した!?」
今さっき太一たちが殺し、動かなくなったモンスターが再び体を取り戻し動き出したのだった。これは人体蘇生以外の何物でもない。まあ正しくはモンスター蘇生なので、人体にも同じく適用できるかはやはり検証が必要だが。
「すごいな、天使! それがあれば俺たちは無敵じゃねえか!」
「すごいよ、天使さん! 本当に命を蘇生しちゃった! ねえ、その魔法使ってどんな感じ? 天使さんの体に悪い影響は出てない? 体は大丈夫?」
有人と愛厘の二人は思い思いに感嘆の声を上げている。天使は恥ずかしがり屋なのか下を向いてしまった。
「でも、本当にすごいよ。やっぱり俺たちだけじゃあ、不安なんだ。天使のその魔法があれば多少へまをしても大丈夫だと思う。俺たちと一緒に来てほしいんだけど、怖くないか?」
「ううん、大丈夫。私、絶対に役に立つから一緒に連れて行って。それでできれば、私のことも守ってほしい……」
「当たり前だ。こんな重要な奴、一番に守ってやるよ!」
太一がそう言うと、また天使の顔に笑顔が戻った。笑うととても可愛い奴だと太一は確信する。
「本当に太一なんかに守れるの? 最初のモンスター相手に剣すら抜けずにいたじゃん」
愛厘はそばに寄って来て、いたずらっ子のような笑みを浮かべ太一を挑発した。なんとも勝ち誇った顔が憎たらしいやら可愛らしいやら、太一にとって悩ましいところだった。
「あれは油断してただけだ」
「本当に? モンスターが顔のすぐそこまで迫ってて、太一すごく馬鹿みたいな顔してたよ?」
愛厘は無邪気に笑って、太一の鼻の先を指でツンと突いた。その表情も仕草も無条件に好きだと感じてしまう。
「うるさいなあ。剣さえ出せれば俺だってすぐに戦えるんだ」
「剣さえ出せればね。それじゃあ、それまでは私が太一のことを守ってあげようかな」
「……勝手に言ってろ」
太一は苦笑し、これから行く山脈のほうへ視線を移した。
絶対に自分のほうが守ってやるんだ。太一は決意を新たに気合を入れ直した。
その太一の背後では、天使が太一と愛厘の二人が同時に視線に入る位置にいて眺めていた。目玉は二人の間を
「どうして私たちの間を邪魔するの。私たちが喋ってたのに。楽しそうだったのに。許さない。邪魔ばっかりして。私たちの間に入り込まないで。お前なんか誰にでもいい顔するくせに。太一君のことなんかこれっぽっちも特別に扱わないくせに。それなのに太一君を誘惑して。許さない。私の太一君に気軽に触りやがって。太一君が汚れるだろ。私が助けてあげなくちゃ。守ってあげなくちゃ。絶対に許さない……」
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