第二十五話 人間牧場

 灰色と白の混じった岩肌の上に緑が短く生えている。振り返るとダムスタット国は遥か遠くにいってしまっていてとっくに見えない。ここは岩肌が険しいヴェリバル地方だ。


 十日程の遠征だっただろうか。太一と幽奈は案内された岩肌のきわに手をつき、覗き込むようにして崖下五十メートルはあるであろう地上に建っている建物に注目していた。


 白いビニールハウスのような建物、無機質な灰色の建物、青いかわら屋根でできた上等そうな建物などが乱立している。かなり無計画に、思い付きで建てたような感じだ。

 その建物の間では魔族と連れ去られた人間とが出ては入りをしている。


「あれが人間牧場なのか?」


 太一の問いにジュスティーヌが答える。


「うん。きっとあそこに皆がいるはずだよ」


 そしてきっとジュスティーヌの両親もいるのか。生死は分からないが。

 太一はここに集まった百人余りの兵士たちに目をやる。この中にもジュスティーヌと同じように近しい者を魔族に連れ去られたことがあるのだろう。


 兵士たちは至急に支給された革の鎧を身にまといながら、これから侵攻する人間牧場と呼ばれる建物に目を向け、それぞれ思いを抱いている。

 太一にはやはり不安があった。戦力となる魔法を使える者は五人といないし、残りの百人のうち半分以上はつい先日兵士に入隊したばかりの者だ。


 どうしてこれほどの戦力で魔族と渡り合えると思ったのだろうか。

 一旦、十日とちょっと前の王城での出来事に遡る。



◆◆◆



「それではそろったようなので話を始めようか」


 ロバート国王が白いひげを携え、静かに喋り始める。玉座の間には数百人の人が集まっており、その部屋の半分を占めていた。

 太一は周りを見渡すが愛厘の姿はいない。鉱山のほうへ行っていると聞いたので、まだ帰ってきてはいないのだろう。太一は少し心寂しげになる。


「大体の者は話を聞いているだろうが改めて、今回私たちは北の人間牧場へ攻め入ろうと思う。今まで私たちは何人もの善良な市民を、奴らに奪い連れ去られてきた。その報復に出る時が来たのではないかと私は考える」


 太一の立つ後ろで兵士たちがざわつくのを肌で感じる。


「タイチ君たちは人間牧場について知っているかね?」

「はい。ちょっと前にジュスティーヌに聞きました。魔族に連れ去られた人間が連れていかれる所ですよね」


 人間牧場。話によると、魔族が何らかの目的で人間をそこで飼っているらしい。そしてその目的とは今までの魔族の言葉の端々から推察されるに、ある実験のために人間を利用しているのだとジュスティーヌは言う。


「ああ、そうだ。君たちが退けた魔族もそこから来たものだ。情報によるとこの世界には何箇所か同じような人間牧場の施設があり、それぞれ人間の国の数に対応するだけ存在すると聞く。つまり奴らは寄り添って生活する人間を糧にして、実験施設を各戸かっこ作っているのだ。そして、このダルムスタット国の人間は北のヴェリバル地方にある人間牧場へ連れ去られてゆく」


 ロバート国王は次第に語気を強めてゆく。


「しかし、前日の魔族の襲来により私たちは初めて魔族を撃退することに成功した。そして奴らはまだ気づいていない。私たちがもう万全の体制を整えているということを。傷はすでに癒え、反撃のチャンスを伺っているということを!」


 ここに集まった悲しみを背負った者たちのボルテージが高まってゆくのを感じる。


「奴らはまだ知らない! こちらには人命すらも癒す、強力な治癒術師がいるということを! 情報は強力な武器だ。まだ何も分かっていない奴らに一泡吹かせるなら、今ではないのか。君たちは一人ではない! 敵を同じくする仲間がこれほどたくさんいる。向こうで囚われた国民たちを解放すれば、もっと多くの仲間が手に入る。果ては悲しくも、すでに向こうで死んでしまった者たちに再び命を宿すことだってできるかもしれないのだ!」


 ロバート国王に呼応するように、兵士たちの掛け声が部屋に響いた。


「私の妻は五度前の魔族の襲来で連れ去られてしまった。ここに同じく親しい者を連れ去られた者はいるか! 愛する者を奪われた者はいるか! 彼らの命はまだ救うことができる! 私たちにはユウナ・アマツカの人体蘇生リザレクションがあるのだ!」


 有人は同じように声を上げ、幽奈は恥ずかしがって下を向き、ジュスティーヌは声こそ上げないがまっすぐにロバート国王の言葉を聞いていた。

 一方の太一は胸にぽっかり穴が開いたような、どこかこの空間の現実感のなさに寂しさを感じていた。

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