第十二話 広がり拡がる
ちょうど二つのベッドと洋服ダンス、小回りの利く僅かばかりスペースの空いた部屋に太一と有人はいた。
狭いからか、有人のついた溜息がやけに大きく聞こえる。
「とりあえず、ベッドがある分良かったよな。結構ふかふかで気持ちいいぜ、これ」
有人が今、横になって寝ているのは用意されたベッドである。ベージュ色をした麻布を縫い合わせて、中には綿毛らしきものが敷き詰められている。少しゴワゴワするが、これでけっこう保温性があり快適に眠れそうだ。
窓には当然ガラスなどはなく、日光とともに風がそのまま吹き抜けてくる。夜は布団を肩まで掛けないと風邪を引いてしまうかもしれない。
こんな部屋を用意してもらったのは、やはり彼らの要求を許諾したからだ。これからこの国の兵士として第一線で戦う代わりに、寝食の面倒は見てもらうことになった。
「まあ、オーケーするしかなかったよな」
「もちろんだろ。じゃなきゃ俺たち一文無しの流浪人になるぜ」
相変わらず有人は能天気に答えてくる。少しは心配とか、悩みとかがないのだろうか。
その代わり、太一のほうは心配が顔に出ていたのだろう。有人が気づいて声をかけてくれる。
「大丈夫だって。俺達には
「だから何度も言うようにその力は使っちゃいけないんだって!」
「またそれか? でも死んじまったらそれまでなんだ。人格が変わろうとも、頼らなきゃしょうがないだろ?」
この王城に帰るまでの三日間、太一は有人と愛厘に何度も訴えてきた。
これらのことをさんざん述べても、有人は自分は何も変わっていないと言うし、愛厘に至ってはよく分からない、ごめんねと謝らせてしまった。
確かに何の自覚もないまま、お前の人格は変わってしまったのだと言われても何をどうすることもできない。太一はすでに二人を説得することを諦めていた。
◆◆◆
すでに寝息を立てて寝てしまっている有人を置いて、太一は王城を探索することにする。
部屋を出ると長い廊下が続き、その突き当りには先ほどまでいた装飾が凝られた部屋――おそらくは玉座の間――がある。その部屋も施された装飾のわりにそれ以外に目立ったものはなく、石壁の灰色が大きくその割合を占めていた。
きっと本当にそんなところに資源を割く余裕がないのだろう。国王の着ていた赤い服は精一杯の見栄なのだろうか。
そんな色の少ない景色の中で、一番に飛び込んでくるのは中庭の緑色。自然物はこれ程心を豊かにしてくれるものだったのかと太一は感心する。
その中庭で一人、身の丈ほどの剣を振っている女性の姿があった。腰ほどの長さのストレートの髪はピンク一色に彩られ、剣を振るたびに脈打っている。
金属でできた胸当てを着けているのを見るに一般的な兵士よりも上等な者であることが伺えた。
コミュニケーションをとっておくことは悪いことではないかもしれない。太一は中庭へ向かい、彼女に声をかけた。
「こんなところで何をしているんだ?」
近づくと彼女は剣を振るのを止め、僅かばかりかいた汗を布で拭っている。背丈は太一よりも少し大きいくらい。有人よりは低めだろうか。
ともかく、もしかしたら彼女は太一よりも年上かもしれない。だったら敬語で話し始めたほうが良かっただろうか。
そもそも、この国において敬語という制度は存在するのだろうか。そんな問いは、一番のそもそもである異世界なのに日本語が通じるという疑問の解決から始めないといけない気がしたので、そこまでに及ぶと太一は頭がパンクしてしまいそうになるのでもう考えないことにした。知りません。
幸い剣を持った彼女はそんなこと意に介さないようで、何事もなかったかのように答えてくれる。
「もしかして君はこの国に新しく来た勇者かな。はじめまして、私はジュスティーヌっていうんだ。よろしくね」
「俺は太一。タイチ・フラノだ。こちらこそよろしく」
「タイチ君、話は聞いてるよ。この国は私たちみたいに戦闘レベルの魔法を使える人材は少ないからね。こき使われるよ~」
「私たち? ジュスティーヌも俺たちと同じなのか?」
「うんうん。私の風魔法と鍛え上げた剣の腕。私だって君たちに負けないくらい強いよ」
ジュスティーヌは再び剣を抜き、天に剣をかざした。その表情は
「でさでさ、不死身の魔法を使うのって君なのかな?」
「不死身?」
「そうだよ、不死身だよ。死んでも生き返る神様のような魔法。治癒術師がいるんでしょう?」
きっとジュスティーヌが言っているのは幽奈のことで、不死身ではなくて
「その認識なら間違ってる。
「同じことじゃないの? 生き返るのなら死なないのと一緒じゃん。これで私も死ぬ気で攻撃することに集中できるってことだね――」
「一緒じゃない!」
太一は押さえていたものが一気に溢れ出るように荒々しく言葉を出した。ジュスティーヌは目を丸くしている。
「一緒じゃない。死なないことと、死んで生き返ることは同じじゃない。死んでしまった人間は……もう戻らないんだ。たとえ蘇ったとしても……。だから、死ぬなんて簡単に言わないでくれ……!」
一度だって死んでいいわけがない。たとえ、命が蘇る保証があったとしても。
それに
「ごめんね。なんか悪いこと言っちゃったみたいだね。私のことを心配してくれたのなら、ありがとね。えへへ」
きっとジュスティーヌのように王城の兵士は皆、勘違いをしてしまっているかもしれない。もしかしたら王様でさえも。
であれば、早く誤解を解かないと取り返しのつかないことになる。太一は唇をギュッと噛んだ。
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