第5話:アルスレッド王国
―――輝夜が目を覚ましたのは倒れた翌日の夕方だった。
「…シスター!カグちゃんが目を覚ましたよ!」
孤児院の一階にある小部屋で1人の少女が喜びを顕わにし、部屋の入口付近で見守っているシスターへと呼びかけるとシスターはハッとなり急ぎ足で輝夜の元へと近寄った。
「シスター…?」
「ああ…良かった…具合はどう…?」
「だいじょうぶ。どこも悪くないよー?」
その返答といつも通りの雰囲気にシスターはホッと胸を撫でおろした。そしてゆったりとした足取りで食堂から輝夜と打ち合っていたギルバートを連れてきた。
数秒、気まずい雰囲気に全員が黙り込む。
「カグヤ…ごめんな」
その空気から脱し、口を開いたのはギルバートだった。
話によると輝夜が倒れた後、血の気が引いたギルバートとその仲間たちは倒れて動かない彼女を置いて孤児院の食堂へと逃げたそうだ。タタラが即座に輝夜を抱き上げ、アルスレッドにいる腕の良い医師に診てもらったところ命に別状はなく、暫く安静にしていれば目を覚ますだろうという事だったため孤児院へ連れて帰ってきたらしい。タタラがそうしている間、ギルバートはシスターにこっ酷く叱られ、輝夜の介抱をする事を約束し、罰として当面の間、孤児院の食堂の掃除と雑草抜きをやる事になった。
どうやらギルバートが輝夜を良く思っていなかったのは、自分が話しかけても話す時間が短い事がここ最近続いたためであった。
「あらまぁ…という事はギルバートはカグヤの事が…」
「ち、ちち違うって!そんなんじゃねぇって!!」
「ふふふ…でも私が思ってた以上に、ギルバートは貴女の介抱をやってくれていたのですよ?カグヤ。昼も夜も付きっきりでね。」
「なっ!?」
シスターの暴露に慌ててシスターのほうを向くギルバート。その顔は真っ赤になっていて暴露に対する怒りが少しばかり混じっていたが、まんざらでもない雰囲気は隠しようがない。
「そう…なんだ。ふふっ、ありがとうっギルバート」
ギルバートにお礼を言いながら微笑む輝夜は、小部屋の窓から差し込む夕日も相まってどことなく妖艶さを孕んでいた。その表情はギルバートにとってほの字にさせるには決定的な一撃となっただろう。ただでさえ赤い頬が更に赤くなり、照れ隠しなのか目を逸らし腕を組む。
「あ、当たり前だろ…そんな、の…うぅぅもういいだろ俺は帰るからなッ!」
輝夜が横になっているベッドの傍にいた少女―――リリエルが、どこによ…とツッコミを入れる中、ギルバートはそそくさと部屋から出て行った。
「カグちゃんも行こ?皆待ってるよカグちゃんの事」
リリエルは輝夜の手を引き、部屋のドアを指差す。輝夜は夢の事など一瞬で忘れたのか、満面の笑みでリリエルについていった。
小部屋から食堂に出ると孤児院の仲間たちが輝夜を見るなり、目を輝かせて駆け寄ってくる。その近くに、タタラもいたようで輝夜に集る子どもたちを見るなり、落ち着かせて、全員食堂の椅子に座るように号令をかけた。
「これからタタラ先生の授業なの。いつもと違ってお話をするんだってー」
リリエルが輝夜と隣り合わせて座りながら状況の説明をする。どうやらこれからタタラによるこの国―――アルスレッド王国についての授業が始まるようだ。
「それじゃ今日の授業は僕たちが住んでるこの国について。アルスレッドは周りが海に囲まれたいわゆる島国なのは皆知っていると思うけど、アルスレッドで一番偉い人って誰か分かる人はいるかい?」
タタラの問いに対して即座に紺色の髪をした少し痩せ気味の男の子が手を挙げた。
「はいっ!国王様です!」
「お、オスロット。よく分かったね。正解だよ。オスロットの言った通り、この国で一番偉いのはアルスレッド国王さ。そしてアルスレッド国王と国中の貴族、商人たちで纏めた決まりを法律、と言うんだ。この法律っていうルールを皆が守っているから皆がより平和に暮らせている、って事。よく覚えておいてね」
「でも先生…ルールが多かったら皆嫌になるんじゃないのー?」
法律の話になってほとんどの子どもたちが頭にはてなを浮かべている中、輝夜がタタラに対して質問する。
「良い質問だね。確かにルールが増えてくると皆自由な暮らしは出来なくなってくるよね。その代わり、ルールの範囲内で出来る事は自由なんだ。難しい言葉を使うけど、”過ぎた自由はいつか身を滅ぼす”…これはかなり大事な事だから皆分からないままでもいいから頭の奥のほうに置いておいてね」
その後もタタラの授業は続いた。アルスレッド王国を中心として他に3つの国が存在すると。
アルスレッドの北側に扇状の形をした大陸がある。その大陸全土を治めているのが【セクバニア騎士団国連合】である。国の名の通り、セクバニア騎士団が絶対的な権力を持つ軍事国家であり、この騎士団の一部は先代のアルスレッド国王直属部隊の王下騎士団の中にいたらしい。今のアルスレッド国王になってから突然、国から姿を消したかと思えば、気づいた時には北の国を統合していた。今のところ、アルスレッドと軍事的干渉はないようだが、あまり良い関係とは言えないようだ。
アルスレッド王国の南にイシュバリア島という島がある。ここは古代から不可侵の領域で、国の民が一人でも足を踏み入れようものならその民が住んでいる国が滅ぶとも言われている曰くつきの島である。
アルスレッド王国から南西方向に位置する【ムシガ公国】は先代のアルスレッド国王の甥が治めている絶対君主制の独裁国家である。どうやらこのムシガ公爵も現アルスレッド国王が国を治めるようになってから国を出て行ったらしい。ムシガ公国の土地面積はアルスレッドのおよそ半分。どうやらムシガ公爵は現アルスレッドを侵略するためか、アルスレッドに負けない軍隊や兵器を配備している、というのはあくまで噂らしい。セクバニア騎士団連合のように目立った動きはないため、はっきりとは言えない。
「えーっと、次にキリエル大司教国だけど―――あれ…?」
タタラは途中から話に夢中になり、生徒に話を振るのを忘れていた。ただ一方的な話は、生徒たちの睡魔を促進させる事になったのか。輝夜一人を除いて全員ぐっすりと眠っている。
「輝夜は眠くないのかい?」
「うん。さっきまで眠ってたから…」
つい最近まで言葉が覚束なかったのに成長しているんだな。
タタラは話す度に輝夜の成長の早さには驚きを隠せない。
「それじゃ、続きを話してもいいかい?」
「うんっ!いっぱい教えて先生っ」
一難あれど、穏やかな日々の中ではよくある事。一大事というにはあまりに小規模で、あまりに些細な出来事。
―――世間的に見る一大事とはもっと混沌とした世界で起きる。そしてこうも穏やかな日々はそう長くは続かないのだ。
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