第37話:賞賛と批判の中で

 魔神と魔人によってもたらされたアスベニ騎士団国の特産品レンガの生産停止。

 長年に渡り続いていた国存亡の危機もセクバニア騎士団国連合の象徴でもある王、タタラ・ディエネ・ロアクリフとその妻ローゼン・アルブレヒトの圧倒的な強さによって終息した。

 息絶え絶えになっていた国民の心を癒したのは狐族の娘、ミレハの笑顔だったという。


 その日の夜はアスベニ騎士団国全体で今までの意気消沈を巻き返すような盛り上がりを見せ、その中心にはタタラとローゼン、アスベニウスら問題を解決した主要人物らが国民から賞賛の声と共に酒を浴びた。

 もちろん賞賛する人ばかりではない。

 アスベニ騎士団の汚点、ダンタリウス・クロロマリウスもとい魔神ダンタリオンについての批判、それを守ろうとしていたカステリーゼもまた同族なのではないかという言及や疑問。

 実際問題、宴の席にそのような不穏発言が流れる事はない。しかし、アスベニ騎士団で唯一カステリーゼだけが欠席し姿を見せない。

 これは”アスベニ騎士団と国王の揚げ足を取りたい者たち”にとって格好の餌である。


 けれどそれはタタラも理解している。

 全ての人間を救済する事は、不可能に近い。

 そんな事はとうの昔に経験しているのだ。


 それでも王として、一人のヒトとして”困っている人を助けないわけにはいかない”

タタラのこの考えは憧れのヒトが出来たその日から一度も揺らいだ事はない。


「どうしたタタラ、呑み数が減ってんぞ?もしかして酒には弱くなったってか?」

 笑い上戸になりながら肘でタタラを小突きながら茶化してくるのは彼の友人、アスベニウス・クロロマリウスだ。戦闘時の鎧だけでなく、ローブに装飾がなされた普段着も赤一色で彼の戦闘スタイルだけでなく普段からの国に対する熱意の表れなのだろう。

「ああ、ごめん。少し昔の事を思い出していたんだ。ここの王になる前の―――」

「昔の女の話か?聞き捨てならんな。私が隣で甘えているというのに国王陛下は過去の女に縋るというのか?」

 タタラの昔話はローゼンによって中断を余儀なくされた。

 ローゼンはタタラへもたれかかり、口調こそいつものままだが、確かに隙を見せないローゼンとは一風違っている。

 肌理細やかな純白の髪がタタラの首元にふわりと落ち着き、くすぐったいわけでもなくむしろ心地よい肌触りにタタラも心が休まるような気持ちになった。


「ベニー、ごめんだけど外してもらっていいかな」

「友の陛下の命令とあっちゃ仕方ねぇな」


 アスベニウスは空気を察して酒瓶を持ち、その場から大衆の場へと移動した。

するとローゼンがタタラの腕に自分の腕を絡めてきた。

 タタラもそれを受け入れ、ローゼンのほうに目を向けた。

「あの事を思い出していたのか?」

「うん。僕が初めて救えなかった命だからね」

 タタラの腕に絡みつく力がぎゅっと強まった。

「あれはお前の責任じゃない。致し方のない…価値のある犠牲だ」

「嗚呼、特に責任を感じなおしているわけじゃないよ。ただアレがなかったらきっと僕は綺麗事を抜かして今日の君を止めていただろうなって」

 今考えると自分も変わったのだと。

 変わった代わりに過去に置いてきたモノもあると。

 嘆くほどではないけれど、どこか悲しい。

 タタラはそんな心境の中、ローゼンが寄り添ってくれている今の状況は凄く幸せだと認識している。

「ローゼン。もし、もしもの話だよ。僕は君みたいに未来が見えるわけじゃないから仮初の話しか出来ないけれど、もしも僕とミレハを秤にかけなくてはならなくなったら―――」

「ミレハをとってくれ。とでも言うのだろう?」

 タタラの考えを見透かしているローゼンに思わず彼の口から乾いた笑いが漏れる。

「だがそれは無理だ。私を受け入れられる器を持つ物好きはお前くらいしかいない。お前と出会う前の私に戻れとでも言うのか? もしそうだとしたら酷な話だ。どれくらい酷かといえば魔法を使えない騎士が北の竜族に挑むくらい酷な話だ。私であるならお前もミレハも両方救ってみせる。何が何でもだ。…というか少し一緒にいるくらいでお前は調子に乗りすぎだ。私を誰だと思っている。何度も言わせるな」

「そうだね。きっと君に不可能な事はないよ。イシュバリアの魔女、ローゼン・アルブレヒト。僕の愛する人」

 サラッと言うタタラにローゼンは酒瓶を持ち、その中に残っている酒を一気に飲み干す。

 その様子を察するとタタラは彼女を抱き上げ、皆に気づかれないように宿屋に向かっていく。

「今日だけだからな」

 タタラに顔を見せないようにしているローゼンがらしくない様子でボソッと呟いた。

「はいはい」

 タタラはその様子を内心で楽しみながら歩いていく。

「ミレハをテテリさんに預けておいて正解だったね」

「お前のその前準備の早さを見ると私の未来予知がバカバカしく思えてくるな」

「君の事に限定するなら僕は未来予知出来るからね」

 タタラの返しに思わずクスッと笑ってしまうローゼン。

 少し残った照れ顔を見せるとちょうどいいタイミングで月がローゼンの顔を明るく照らす。

「たわけ」

 捨て台詞のように吐くとローゼンは再び顔を背ける。

 夜は長い。

 宿の部屋の入り口につけられた小さな鐘は二人の夜の始まりを合図するようだった。







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