第11話:新たな謀略 後編
―――命令を下され、アルスレッド王国から南へ300㎞
辿り着いたのは不可侵の島。聖域と呼ばれし、イシュバリア島。
聖域と呼ばれている由縁はユクトワールにも分からない。
10人乗りの船5艘で丸2日。魔法を使える騎士によって手漕ぎをする必要性はなく、ただ舵取りをするだけだったが、その魔法を使える騎士も休憩をはさんでいたため、実質航行時間といえば32時間程であった
乱雑に生い茂る草木をかき分け、王下騎士団員50人を連れて目的の樹木のふもとまで来た。
来たというのにおーい、と声をかけようとも叫ぼうともこちらに気づかない魔女、らしき人物。襤褸切れのようなローブを着ていて、フードを深く被っているため口元すら見えない。
もしかすると殿下の言った通りに呼びかければいいのだろうか。
ユクトワールは試しに国王の言う通りに呼んでみる事にした。
「アルスレッドの使いです、貴女がイシュバリア島の魔女…でしょうか」
「騎士とは名ばかりの知能のない猿かと思ったんだが…多少の知性はあったか。いや、今の場合は知識を与えられてそれをそのまま真似した、ってところか。…嗚呼、質問に答えねばな。如何にも。この私が魔女ローゼン。ローゼン・アルブレヒトと言う。アルブレヒトというのは母の再婚相手の姓名ではあるが。なれば母親のメルトラーダという名前で名乗っておいたほうがいいか、いや、お前たちにはどっちでも良いであろうな、私の名など。さて、前置きはここまでにしておいてお前たちが求めるは私の何だ…?」
ユクトワールはその長い挨拶ではなく、その後ろに纏う雰囲気に圧倒されていた。上手く喋らなければ殺される。そう思うほどに。
「ユグレ・ウロオ」
その言葉をユクトワールが口にした瞬間、魔女ローゼンは麗しくも見つめると吸い込まれそうな瞳を点にし、暫くの間の後、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「はははははッ…いや、すまない。大変失礼な事をしたと思う。現在進行形だからした、ではなくしている、か。いやいや…お前は可愛い顔をして随分根性が座っているようだ」
「根性が座っている…?何故だ、私は―――」
ユクトワールはローゼンの発言に首を傾げて、事の経緯を事細かに説明しようとするが彼女の目の前に来たローゼンの右の人差し指で物理的に制止される。
「全てを語らずともこのローゼンには聞こえている。ああ聞こえているとも。その感情の渦巻く感覚といい、疑問に思っている顔といい…さては本当にただ”使い”として来ただけなのか。お前たちにこの伝言を伝えた人物はさぞ、非道な者なんだな。…その甲冑の紋章は…お前たちはアルスレッドの王下騎士団か。ハハ…ハハハッ!王下騎士団に使いを頼むほどにまでアルスレッドには脅威が迫っているとでもいうのか?それは…騎士団連合か、それとも公国…はたまた大司教国?いや、そのどれでもないという思考が今見えた。つまりは一度その脅威に敗走している、という事か。…しかし戦争ではない、と。何とも面倒な案件であるな。王下騎士団という事はお前たちにこんな命令を下したのは国王本人という事になる。ハッ、この場にいる…50人くらいか。全員に対してユグレ・ウロオだと?馬鹿げている。相手にするのは空飛ぶトカゲか?古代文明の自律機動兵器か?何にせよ、常軌を逸した存在なのだろうな。私にはどうでもいい話だった。その存在が何か教えてくれないか、答え次第では興味を持って気まぐれ的にお前たちに更なる肩入れをしてやらん事もない。…今そこの奥から5番目の騎士。お前甲冑の下で嫌な顔をしたな?私は魔女だ。見えないものなどない。そうかそうか。とりあえずそうだな…一つだけ質問させてやろう、5秒以内ならなんでも答えてやる」
とローゼンは手を前に翳す。ローゼンの手のひらの前に複雑な紋様をした魔方陣が浮かび上がる。
「ユグレ・ウロオとは一体―――」
ユクトワールが質問をしかけたところで騎士たちの視界は闇に呑まれた。
「もうお前たちに聞く耳はないだろうが答えてやろう―――狂戦士化だ。主の言う事しか聞かない最凶の獰猛生物になるんだよ。お前たちは」
ローゼンは口端を釣り上げると王下騎士団50名に訪れる体の変化を観察する。
皮膚は裂け、筋肉は増殖し、顔は原型から遥かに遠ざかる。理性の箍は外れ、ただ闘争本能と殺戮衝動に精神は汚染され、体と心は人間としては異常な巨体を生み出す。
「お前たちの命はもって3日だ。命の炎が燃え尽きるまで、その力を存分に発揮するがいい。それとその脅威とやらがどんなものか直接見たくなったのでな、私が直接アルスレッドへ出向こう。そして特別サービスだ、アルスレッドまでの海上を走れるようにしてやろう」
ローゼンが指鳴らしをすると一瞬で50もの狂戦士が彼女の目の前から消え去るようにアルスレッドのある方向へと疾走していく。
―――驚異の到来まで後2日。
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