第12話:収穫祭前

 ―――アルスレッドの町全体がかなり騒がしい。

それもそのはずだ。明日の夜は1年に一度の収穫祭。今年も農作物を収穫出来た事を豊穣の神へ感謝する日なのである。

供物などは収穫出来た農作物で行い、感謝の意は男女一組による踊りで行うという習わし。その習わしについて孤児院の子どもたちは食堂で揉めていた。

 輝夜と誰が躍るのか、という事で男子一同が口喧嘩をしていた。手が出ないのはシスターの”前日に傷が出来た人は踊りに参加出来ない”という嘘の一言があったためである。

「もうこの際だからカグヤ本人に決めてもらおうぜ」

「へ…?」

 口喧嘩では収拾がつかないところで、口を開いたのはギルバートだった。

 ギルバートの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする輝夜。

 オスロットや他の男子も満場一致で輝夜が自分の踊り相手を決める事になった。

「うー…んー…それじゃあ…」

 様々な思考を巡らし、考えた矢先、輝夜はギルバートの元へ歩いていき、彼の手を握る。

「カグヤ…!?」

 驚愕の表情を浮かべるギルバートに輝夜は満面の笑みを浮かべる。

「良かったら私と踊ろう?ね、ギルっ」

 そして突然のニックネーム呼び。ただでさえギルバートは輝夜に惚れているというのに彼の心臓を止めに来ている一言である。

 当然ながら輝夜を嫌っているイメージの強いギルバートは周りからブーイングを受ける。

「皆聞いてっ!ギルはね、私が気絶している間、ずーっと見守ってくれてたの。私はそのお礼をしたいから…そのためだからそんなにギルを悪く言わないでっ」

 ブーイングを輝夜はギルバートの目の前で両手を広げて制止を促した。するとブーイングはピタリと止み、その場から散っていく。

 その場にはギルバートと輝夜しかいなくなった。

「…ギルの手って意外とゴツゴツしてるんだね」

 輝夜は視線を落とし、ギルバートに背を向けたまま呟く。

「騎士になりたいからな…そんでその…騎士になって…カグヤを守る」

 頬を赤くしながら呟くギルバートにハッとなり、輝夜も長くおろしている髪を両手でいじりながら頬を染める。

「明日の夕方に玄関で待ってるからッ!」

 輝夜はその場の雰囲気に耐えられなくなったのか、慌てて二階にある自分の部屋へと駆けこんで行った。

 その場に残されたギルバートは自分の言った事に顔を真っ赤にして1人項垂れる。

そこに一部始終を影で見守っていたリリエルがニタァとした表情でギルバートへ近づく。

「上手くいったねぇーギルぅー」

 わざとらしく語尾を伸ばすリリエルにギルバートは彼女のほうに向きなおる。

「うるせーよ!…あんな笑顔見せられたら誰でも好きになるっての…くそ」

「騎士見習いの試験っていつだっけ…」

「明後日だよ。何が何でも合格してやる」

 ギルバートは拳を握り、グッと自分の胸に押し当てて決意する。

 輝夜は自分が一生守る、と。

「そういう事なら先に明日の服を選びに行かないとね~。騎士になるなら服装も礼儀の内だもんね?」

「分かってる…ちょっと付き合ってくれ、リリエル。あんまり服に詳しくねぇんだ」

「おやおやぁ?ギル君珍しいねぇ…人に何かを頼んだ事ないのにぃ~…輝夜の事になると必死なんだね、健気で可愛いよーギル君」

 ギルバートはリリエルに対して、それ以上言うな、と少し怒ったがリリエルは気にする事もなくケラケラと笑い、1時間後にねーと手を振りながら自分の部屋へと帰る。

「そこの僕。ちょぉーっといいかなぁ?お姉さんに教えてほしい事があるんだけど」

 ギルバートも自分の部屋に戻ろうとしたその途端、反対側の影から声が聞こえた。

 誰だ、と叫びながら近くに置いてあった木の棒を手に取り構えるギルバート。

「ふふっ、大丈夫大丈夫。私はタタラ様の部下だから」

「タ、タタラ先生の?!なんで…おかしいだろタタラ先生はいつも一人だったんだから仲間はおろか部下なんているわけがないっ」

「…結構な言いようね。ともかく…このままじゃ怪しいよね」

 と、影の中から浮上してくるメローナ。その首下から腰にかけては黒い甲冑に覆われ、その他は薄いゴムのような素材に身を包んでいるが、恥じらいはないのか太ももを露出している。物心ついたばかりの少年にはいささか刺激が強いらしく、ギルバートは影から浮上してきた事を気にする余裕もなく、持っていた棒をそのまま地面へ落とすなり、王下騎士も驚きの速度を以って両手で顔を覆う。

「は、はははは早くその足を隠せ!女の癖に恥じらいってもんを知らねぇのかよッ!」

 その様子にメローナはギルバートに近づいて思いきり抱きしめる。

「はーいよしよし。可愛いね…可愛い可愛い」

 ほのかに甘い香りがする中、甲冑に押しつぶされるギルバートはメローナの腕の中でもがき始める。

「…あ。ごめんごめん。忘れるところだった…」

 メローナは何かを思い出しギルバートを離す。

 そして太ももと脚部の甲冑に挿まれていた紙を彼に渡す。

「君の先生から。ギルバート君にだけ、秘密の伝言だってさ。秘密だから…その紙の内容とお姉さんに会った事も秘密にする、って約束出来る?」

 ギルバートはメローナに強く頷き、貰った紙を広げる。



 ―――今日もいい天気ですね。明後日には天気が崩れるってさ。     

                        タタラ


「この文のどこが秘密の伝言ダァァアアア!」

 ギルバートが紙を広げたまま硬直し、深く息を吸って思った事をそのまま大声に出したのは日が真上に見え始めた頃の出来事だった。




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