第10話:一段落
―――先日起こった商人パメルスとアルスレッド国王の共謀はタタラの機転と騎士団撃退のおかげでどうにか切り抜けられた。
タタラが張っていた遮音の結界によって子どもたちは昼寝の時間が終わるまでぐっすりだったようだ。時間通りに子どもたちが起きてきて、何事もなかったかのようにタタラの授業が始まり、日が暮れると同時にそれが終わった。
タタラがシスターに挨拶を済ませ、島の中心より少し西側にある孤児院から城下町へとつながる坂道を下りて行き、商店や酒場が盛り上がっているアルスレッド通りを横切り、港のほうへと向かっていく。
タタラの家は孤児院より少し南側に位置する一軒家だった。
その手前の道でローブを羽織った怪しい3人組がタタラとすれ違った。
―――3日後、せいぜい気を付けてくださいね。タタラ様
擦れ違い様に聞き慣れた声色を耳にした。
擦れ違い様に振り向くがローブの三人衆の姿は既になかった。
あの子がこの国にいるわけがない。その場でタタラが少し考えて出した結論だった。
その後は何事もなく寝床につき、眠りについた―――
―――朝起きて何事もない朝食をしようとタタラは思った。
自分の寝ているベッドの中に入り込み、足元でもぞもぞしているような人間はこの世にただ1人しかいない。
タタラは無表情でかけ布団を勢いよく捲るとそこには布一枚に体を隠した半獣猫族の女性がいた。
「タタラ様ぁ~…昨夜は、ッふぎゃっ!」
タタラは目の前のヒトがおかしな事を言う前に、デコピンを入れた。
「何をするんですかぁ…歴史的恋愛書物にも記載されている夫婦の営みを実践しようとしましたのに~」
「何をするはこっちのセリフだよ。ていうかその恋愛書物って何、君の甘い脳内で開かれている架空の書物の事かな。ていうか君と僕は夫婦でも何でもないよね。ていうか…いつどのタイミングで入ってきやがった」
タタラの目前で自分の手の甲を舌でぺろぺろと舐めている。茶色の毛並みに凹凸のある体のライン。そして何より、タオル一枚でタタラのベッドの中に入り込んでいる無防備具合が特徴的なこの女性の名前はメローナ。自称タタラの妻で、タタラと同じく先代アルスレッド国王直属の王下騎士団に所属していた騎士である。
「…どのタイミングって私の魔法忘れちゃったんですかぁ?…昨日お声かけした時に…ですね」
「気配断絶術式…。君はほんとに騎士ならざる騎士だよね…やる事が暗殺者のそれだ。家に入ったのが君でよかったよ」
「やぁだぁ、タタラ様ったら…。真面目に申しあげますと本当の暗殺者は始末しておきましたのでご安心ください」
と、メローナが家の入口と反対方向のクローゼットを開くと、そこから力なく倒れる薄着の男女5名の姿が。首から上があらぬ方向へ曲がっている事から始末の仕方は一目瞭然だろう。
「さすがにタタラ様と私の愛の巣を血で汚すわけにはいきませんので…」
「…違うね。僕だけの家だね。ここは」
と話している内に家の扉がノックされる。不規則に鳴る音を聞いてメローナは信号だと察知しタタラに敵だと耳打ちをする。タタラが近づき、ドアをリズム、回数を同じにして叩くと扉が開かれ、目の前に丸刈り頭の大男がタタラを見下ろす。
「…ほう。タタラを始末出来たか。さすがだな」
と、おかしな言葉を口にした。
「当然。死体の処理をしてから戻る」
「了解した。手早く済ませろよ」
最後にタタラが承知、と言うと扉は閉められた。
「…相変わらず術式の発動がお早いですね、タタラ様」
タタラはノックと同時に幻想の術式を展開。自分と自分の家の中に見えるものを幻術で置き換えた。あの男がタタラを見て仲間のような反応をしていたのも、タタラの姿が仲間の暗殺者に、後ろに倒れている死体がタタラの死体に見えていたからだ。
メローナ本人は自身の術で姿を見えなくしていた。
「これで僕は死んだ、という事になる。裏で動きやすくなるけど、表で動きにくくなる。メローナ、ここに来た事情はどうであれ手伝ってもらうよ。君の暗躍が必要だ」
「もちろんですとも。私メローナはタタラ騎士団長に一生ついて参ります」
「君が言うとストーカーみたいだね」
タタラの手をメローナが握った途端に冗談半分でメローナの言葉を弄るとジトーッとした目を向けながら頬を膨らませる彼女。
元王下騎士団 団長直属大隊所属 【暗影のメローナ】。騎士としては異端の暗殺術に長けた女騎士。彼女に目をつけられた標的で彼女から逃げられた者はいないという。
「この家は焼き払おうか。焼死体にすれば誰のものか分からないし、それを判別できるほどの術師はこの国には存在しないからね」
家の中から必要なものだけ手に取ると、死体が入っているほうではなくかなりアンティークなクローゼットを開く。中の光景にメローナは目を恍惚な表情を浮かべ、タタラを見つめる。
「まだ残していてくださったんですね…!」
「これを着ると気が引き締まるからね」
クローゼットの中にあったのは黒いマント付きの礼装。肩や腰などに軽くあしらわれた程度の黒鋼。これが元王下騎士団団長であるタタラの戦闘装備。
メローナに背を向け、すぐ様にそれに袖を通すとマントに刻まれた槍に見える白い紋様が顕わになる。
「それじゃあ行こうか」
「はい、タタラ様っ」
タタラとメローナが家の裏口から出て路地の陰に消えると同時にタタラの家は途端に焼けていったのだった。
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