第49話:大天使の剣

 展開された白い魔法陣は異形の存在を軸に聖なる光を放ち続けながらゆっくりと回転する。

 異形の存在は動かない。ローゼンを前にした途端、硬直したのだ。

 この場の全員に異形には勝てないと断言したローゼン。

 その場の全員を震撼させるほどの力を持つ異形の存在。

 異形が硬直した事、ローゼンの魔法陣の展開のどちらかの影響か動けなくなっていた騎士たちも少しずつ平静を取り戻し始めたようだった。ただ異形の存在に対する敵対心はもはや打ち砕かれていた。七聖天使のリーダーを相手に奮闘出来る実力を持っていたガデニアという男の喪失、国の主アステラーナでさえも怯える力をその身に受けて精神が正常である人間などアステラ聖騎士団員には存在しなかった。

「お前の復活も近いということだな。それまでに私も用意を整えるとする。さすがに今のままではお前の相手をするのは厳しい」

 ローゼンが独り言を呟いていると異形とローゼンの足元が白く輝き始め、ローゼンは身の重みが増した事を感じ取る。

「説明いたしますと拘束が解けましたので我々が魔なる存在を討たせていただきます。まずは私、ガブリエルの聖域によって体の自由を制限します」

 続くように光輪がローゼンと異形に4つずつ突き刺さる。

「ウリエルも討つべきだと思いますのでお二方共その場に固定致しました。もう魔術を使う必要はありません。ご苦労様でした。」

「バカが…動くなと言ったはず…さもなくばお前たちは…!」

 ローゼンは術を解かずに七聖天使に訴えかける。

 しかし聞く耳を持たず、自身の君主の赴くままにローゼンと異形に対して七聖天使たちから見て反対側には白く巨大な棺が用意されていた。アズライールの術である。

「二人合わせたらぶっ飛び強いアリエルと、このカマエル様がおかしな奴と魔女を大司教国のおもちゃにしてやるぜ!【大天使の雷撃】!」

 カマエルとアリエルによる白い雷撃の光線が放たれ、ローゼンと異形が聖なる棺の中へと入れられ、棺はそのまま閉じようとしている。 

 しかしすかさずローゼンの手は引かれ異形と共に大司教国の兵となることを回避した。

「動くなと言っただろうバカ者」

「嫁を見捨てる旦那がどこにいるんだ。君こそバカだよ」

 ローゼンの言葉を一蹴し、タタラは七聖天使に振り返る。

 タタラは眉間に皺を寄せると途端に七聖天使たちが両膝をついてもがき始める。

「他の者たちはともかく…ガブリエルの聖域の中で何故動ける…!」

 ミカエルがタタラの威圧に耐えながら顔を上げて怒号を鳴らす。

「体を動けなくする術じゃないんだから、いつもより早く動けば済むさ…。そんな事より…君たち程度じゃあの異形は封じきれない。それをローゼンが今上手くやっていたのに、よくも邪魔してくれたね」

「何が邪魔だ!顔が見えずとも私は覚えている!その魔女がした数々の大罪!我々への侮辱…そして何よりも我が君主へ一生残る傷を残したのだ。これが許しを請える事だというのか。それすなわち!国王がその化け物二匹を庇うのならセクバニア全土を我らは殲滅対象としよう!今すぐにだ」

 ミカエルは右手を点へと掲げると他の七聖天使たちがミカエルを囲み、両手をミカエルのほうへと向けて七聖天使全員で詠唱を開始する。

「くッ!…タタラ様!ここは私の破壊魔術デストラクションマジックで…」

アステラーナがすぐさま七聖天使たちに飛び掛かり攻撃しようとするが見えない壁に阻まれ、渋々タタラとローゼンの前に着地する。

「いや大丈夫だ。お前程の実力者が警戒するほどの力ならば…いい餌になる事だろう。アステラーナ、お前は残された兵を住民の元に向かわせ広場に近づかぬように指示しろ。私とタタラ、そしてお前くらいの力を持たない者がちょっとでも近づこうものなら生命を絶たれる。側近の死を無駄にしないためにもな」

「…分かったわ。王妃なんだから絶対タタラ様を守りなさいよ、魔女」

「え、ちょおま…」

 アステラーナの失礼極まりない発言に言葉を失うタタラ、それを食い気味にローゼンは頷く。

「当然だ。私は強いからな」

 アステラーナはローゼンの言う通り兵たちを鼓舞し、動ける兵たちを中心に白の中央広場からの退避を命じた。

「何が守るだ。冷酷非道のイシュバリアの魔女が随分と丸くなった事だ。それすなわち!弱さだ!」

 ミカエルの手のひらへと光が集まるにつれて徐々にその光が巨大な剣を構築していく。

「我らの称号が名ばかりと侮ったな!それすなわち!正真正銘の大天使様の剣である!」

 光の剣はおよそ10メートルにも及び広場全体を明るく照らすほどの明度がある。

「・・・ほう。ではあれか。逆をつけば大天使とはその剣のみというわけか。いやそうではあるまい? 剣を出すだけで精一杯ですと言っているようなものだ。七聖天使共。その程度では私の足元にも及ばないが…」

「黙れこの悪魔がァァア!聖なる剣で消え失せろォオ!」

 轟くミカエルの絶叫。

 それをローゼンは目を閉じて不敵に微笑む。

「…お前たちはいい餌になるよ」

 ローゼンが先の言葉に続けたと同時に背後にある白い棺を抉じ開け飛び出てくる赤黒い顎。

 その剥き出しの牙がローゼンたちに迫る光の大剣を喰らわんと欲す。


                     ガチガチ。


             ガチガッチ。


     ガキン。


 そんな子どもじみた音は光の大剣から。

 それはまるで金属であるかのように、はたまたガラスかのように割れ、異形の体内へと取り込まれた。折れた剣が異形へ降ってくると、それを喰らい異形の頭はより肥大化する。

 「バカ、な…」

 ミカエルを含めて七聖天使は異形の存在の圧倒的な力を再認識する。

 厳密にいえば”やっと実力差に気づいた”と言うべきだろうか。

 ―――死。

 残った剣の柄ごとミカエルを飲み込まんとするのは死そのもの。

 しかし硬直して動けないミカエルを抱えたアズラーイールが他の七聖天使と共に光の翼を羽ばたかせ猛スピードで飛び去って行く。我に返ったミカエルは仲間の行動を酷く罵倒する。

「ふざけるな!何を…何をしているのだ。敵前逃亡だと…大司教様のお顔に泥を塗るつもりか…!!アズラーイール!」

「前略。勝てるわけがない。あんな化け物。ミカエル…貴方を失う事こそ、大司教国の敗北に繋がる可能性だってある。あの化け物に勝てるよう…我らは更に尽力せねばならない…これは敵前逃亡ではない。我らが生き抜き次に彼らに会った場合に聖なる裁きをこの上なく与えるための戦術的撤退。神もこれは許す…いや、許さざるを得ないはずだ…」

 多くを語らない雰囲気のあるアズラーイールが時間が惜しいと言わんばかりに出る言葉の数々を七聖天使全員で噛みしめながら羽ばたいていく。

 この撤退によって七聖天使は安心しきってしまった。しかし今その”異常”に気づける落ち着いた精神の者はいない。気づいたとしても何かも分からないまま放置するほどの異常。

 ―――白い法衣についたほんの小さな黒い染み。



 異形の存在が残した恐怖は、その場だけに留まらない。

 それを知らず、七聖天使たちは自国へと消えていくのだった。




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